旅立ち2
下に降りると、そこには傷ついた魔物たちがいた。皆、このクリスタルタワーを守る為にここに住んでいる者たちだ。
「ああ、ヘイト様、どうしてこちらへ」
仲間の介抱をしていた武者風の魔物が言った。
「お前たち…」
ヘイトはそれらの光景を見て、言葉が出なかった。
ここにいる者たちは、来る日も来る日も攻め入ってくる人間を何とか食い止めようと、満身創痍になりながらも必死に戦ってくれていたのだ。
「申し訳ありません。我々も全力を尽くしたのです。しかし、あやつら来るたびに力を増しているようで…」
武者風の魔物はうなだれた。
「苦労をかけたな。今まで来てやれなくてすまなかった。もっと早くにここに来るべきだった」
「そんな、とんでもない…」
「悪いが、もう少しだけ辛抱してくれるか? 俺はこれからここを出る。魔物と人間の戦いに終止符を打つためだ」
ヘイトが言うと、武者風の魔物の顔に驚きの色が浮かんだ。
「ヘイト様自ら打って出るというのですか? それはなりません。もしそうなら、我々も総力を上げて出陣いたします。微力なれど、お力に――」
「ダメだ。ここの留守を預かる者が必要だ。俺が不在ということを知ったら、人間どもがどんな暴挙に出るか分からない。態勢を立て直して、守りを固めるんだ。お前にここの守備を任せる。頼まれてくれるか?」
武者風の魔物は少し迷った様子だったが、受理してくれた。
「分かりました。ヘイト様のご意向とあらば、その命、謹んでお受けしましょう」
「お前、名前は?」
「名、ですか? そのようなものはとうの昔に捨ててしまいましたゆえ、持ち合わせておりません」
「ならお前は今日からクザンだ。クザン、後は頼んだぞ」
「ははっ、ありがたき幸せにございます」
「ああ、それから」
ヘイトはそう言うと、クザンの額に手を当てた。
「ヘイト様?」
驚きの表情を浮かべるクザンに、ヘイトは言った。
「お前に少しだけ力を分けてやる。これは、俺がいない間、お前が俺の代わりになるための力だ」
「分かりました。このクザン、命に代えてもこの塔をお守りいたします」
ヘイトは頷くと、クザンと名づけた魔物に背を向けて、再びタワーを降り始めた。
98階から1階に至るまで、ヘイトはタワーの守護をしていた魔物たちにできる限り声をかけた。笑顔で返す者、奮起する者、礼を述べる者、踊りだす者…。いろいろな反応を見せる者がいたが、誰も泣いてすがってくるような奴はいなかった。皆、強い意志で生きている。ただ人間にやられるのを待っているような奴はいない。
ヘイトはそれを見て、なおさら元気づけられた。復讐の旅立ちには素晴らしい門出だ。
シルバを見やると、彼女もどこか嬉しそうだった。
俺は認識した。この世界における自分の立ち位置と、影響力を。
俺は、必ず成し遂げて見せる。