罪
「そこから先は、お前も知っている通りだ」
話し終えたフェガリは盃を飲み干した。
「その、光、というのは…」
察しのついたヘイトが言いかけると、フェガリはうなずいた。
「そうだ。お前を筆頭とする数多の魔物を生み出し、輪廻転生の理を完成させた力。この世界の特異点ともいえる力だ」
魔神は遠い目をして続ける。
「私自身、始めからこの力の正体に気が付いていたわけではなかった。使いこなせるようになったのも、つい最近の話だ。それも、あの男の旅の真意に気が付いてから」
魔人の言うところの最近というのが、どれくらい前のことを指すのかは推し量れない。
「フェガリ様は、その力で何を…?」
「私が為すべきこと――。それは何だと思う?」
問いかけに問いかけで返されて、ヘイトはうろたえた。
「私は、この力を利用して世界の均衡を保てればそれでいいと思っていた。だから、輪廻転生の理を創り出し、魔物と人とのバランスをとろうと考えたのだ。しかし、それが浅はかだった」
気が付くと、フェガリの頬には涙が伝っていた。
「争いは争いを生み、絶えない魔物に人々は容赦なく襲い掛かった。それだけで自然は破壊され、世界は無茶苦茶に壊れてしまった」
息を呑む光景だ。
口が裂けても「美しい」などと言える状況ではないが、哀愁漂うフェガリの表情が涙を際立たせている。
「だから、ヘイト…」
フェガリは音もなく立ち上がった。
今は女性のフェガリを包んでいたベールの衣装がはらりと床に滑り落ちる。
一糸纏わぬ姿となった彼女は、玉座の前の階段を流れるように静かに、ゆっくりと下りてきた。
「まずはお前に謝らせてくれ。本当に、すまなかった」
唐突に謝罪されたヘイトは、近づいてくるフェガリをただ見ていることしかできない。
その姿も相まって、思考が止まってしまったかのように体が動かない。
フェガリはヘイトの傍らまで来ると、今はない左腕に手を寄せた。
「これは、お前が受けた罰なのだな…」
そうして、ヘイトの後ろから今度は右側に周る。
右手をとった彼女はその手に口づけをした。
体が痺れるみたいに、言うことを聞かない。
しかし、それが魔法によるものでないことは明らかだった。
であれば、この感覚は何なのか。
ヘイトの身を襲う謎の感覚などよそに、顔を上げたフェガリは続ける。
「長きにわたる人との闘争の果て…、私は疲れ切ってしまった。だから、怒ることをやめた。悲しむことをやめた。戦うことをやめた。…考えることを、やめたのだ」
かつてない距離の近さに、息を呑むほど美しい女性。
人間ほどの感性は持ち合わせていないヘイトでも、心臓の鼓動が大きくなる。
「そのために、お前を生み出した。自分の責任をすべて押し付けて。感情の一切を、切り離した。お前には私の怒りや憎しみを与えた。そして私は、平穏を得た…」
「フェガリ様、私は――」
それでもいいと言いたかった。
自分が憎しみでできた破壊の化身ならば、フェガリの意を汲んで行動を起こすだけだ。
実際、人間の町を一つ滅ぼすにまで至った。
「憎しみだけを抱えて生きていくなど、あまりに惨い…。この感情は、私への罰だ」
フェガリに触れられている右手から、黒い粒子のようなものが立ち昇る。
「フェガリ様、何を…?」
「今この時より、お前から憎しみの感情を解き放つ。それは本来、私が持つべきものだからだ」
体から力が抜けていくのを感じる。
憎しみを己の力と変えてきたヘイトにとって、それを奪われるのは致命傷に等しい。
「フェガリ様、おやめください…」
抵抗しようとするが、力が入らない。
フェガリのか細い腕にも抗うことができない。
「許せ、ヘイト…」
力が抜けていくのと並行して、フェガリの体は禍々しいオーラを纏い始めた。
「ああ、こんなにも…」
フェガリがそう呟いたとき、ヘイトの意識は途絶えた。
◇
倒れたヘイトのおぼろげな視界の中、昏いローブを纏ったフェガリが、肩越しにこちらを見ている。
魔神の口元が動くが、ヘイトの耳には届かない。
そうして、フェガリは玉座を去っていった。




