フェガリの回想2
それからも私たちは、行き先を決めず、自由に旅を続けた。
相変わらず口数こそ少ないものの、男との旅は変化に富み、楽しいものだった。
それは、私たちがある点で、似通っていたからかもしれない。
何気ない風景に心を惹かれ、足を止めて感慨に耽る…。あるいは道端の花にでさえ、心を動かされることもある。
自然を愛し、慈しむ心――。
あの時はそんなことを考えもしなかったが、今になって思う。彼は私と同じ感性を持っていたのだろうと。
ある日、私は森の中で傷ついた魔物を見つけた。
恐らくは地元の狩人が仕留め損なったのだろう。四肢を持つ魔物の後ろ脚の付け根には、一本の矢が刺さっていた。
私は、ここでこの魔物を食糧として持っていけば、当分は食べるのに困らないだろうと思い、ナイフを取り出してとどめを刺そうとした。
しかし、男は私の手を止めた。
「私たちは食べ物に困っているわけではない。無駄なことはするな」と、そう言うのだ。
男の言いたいことは理解できた。
魔物とて、自然の中で生きる、いわば自然の一部。人にももちろん同じことが言える。
魔物が必要以上の殺生をしないのと同じで、自分たちもそうすべきではないと言いたいのだ。
私は取り出したナイフをしまって言った。
「ならば、この魔物はどうする? このまま放っておいては、いずれ死ぬのは確実だ」と。
すると男は、
「人も自然の一部なら、この魔物が死ぬのは必然だ。しかし、その逆も然り。人という生き物が他に比べて知能に優れていることは、自然の道理というもの。この魔物を生かすも殺すも我々次第というならば、せめて我々は、その選択を誤るべきではないだろう」
そう言って、弱り切った魔物を抱きかかえ、私たちのキャンプへと持ち帰った。
人が自然に手を加えること――。
一見するとそれは、人が家を建てるために木を伐ったり、食糧を得るために他の生き物を殺したりすることのように思える。
しかし、人間も生き物だ。
私たちが生きるための営みは、自然の一部だといえるのだ。
もちろん、線引きは難しい。
だが、栄華を極めた都市が膨らみすぎて周囲の環境を食い荒らすことを、自然とは言えない。
私は、彼の意見に賛同した。
彼は魔物を介抱し、私もそれを手伝った。
やがて、魔物が回復して歩けるようになると、私たちは逃がすために魔物を見つけた場所へと赴いた。
魔物が森の中へと去っていくのを見送ったのち、男は言った。
「君は、運命を信じるか?」
唐突な質問で、私は考えた。
――運命。
男は続けた。
「あの魔物がもし、この先また狩人に襲われれば、私たちのしたことは無意味だったと思うか?」と。
私は答えた。
「それも自然の摂理ではないのか」と。
男は何も答えなかった。
またそれからしばらく時が経って、私が旅の出発点とした国の王が、国民に勅令を出した。
内容はこうだ。
『国内あるいは世界における魔物の撲滅もしくは完全家畜化を宣言する』
国王の言いたいことは大体想像がついた。
魔物は他の動物に比べて凶暴で危険性の高いものが多い。そういった人に害を与えるものを敵とみなして根絶することで、国の発展に拍車をかけようというのだ。
王の命は瞬く間に国中に広まり、国民全体が魔物を支配する方向へと意識を変えていく。
報せを聞いたとき、私は怒り、悲しんだ。
もとより、魔物が周囲の環境に対して与えている影響も大きい。それを根絶やしにすることはつまり、生態系の破壊――自然環境の破壊に他ならない。
だが、憤る私とは裏腹に、彼は話を聞いても顔色一つ変えなかった。
まるで、最初から知っていたかのように。
勅令が下ってから少しの間も、私と彼は共に旅をした。
…私は感じていた。魔物と遭遇する機会が、目に見えて減っていることを。
国が魔物討伐の専門部隊を組織し、意識的に狩猟を行うことで、確実にその個体数は減少していたのだ。
それと同時に、ごく稀に、妙な現象に遭遇することがあった。
いつかの雪の日と同様に、通常では考えられないような自然現象が突然起こるのだ。
魔物の減少が関係しているのではと私は考えたが、彼にそのことを話すと、彼は首を横に振った。
――何かを、知っているようだった。




