調停者
ケプランは、突如として現れた魔将軍ヘイトと大量のゾンビによって一夜にして陥落した。
一部の逃げ出してきた者の証言によると、町は阿鼻叫喚の地獄の様相を呈していたらしい。
数日後にその話を聞いたランダバードは肩を落とした。
あの後、すぐ町を出たのが間違いだった。――せめて、妻だけでも救い出すべきだった。
しかし、過去を悔いても仕方がない。
ましてや、死体を見たわけでもない。彼女が生きている可能性は残されている。
「なんか、こう、振出しに戻ったって感じだね…」
エメネの一言に、返す言葉もないランダバード。
町の郊外に位置するエメネの隠れ家に身を寄せていた二人は意気消沈していた。
「これからどうすっかなぁ…」
壁に背を預けて埃っぽい室内の天井を見上げたエメネは遠い目をして言った。
ケプランでの戦いの際、新たな力を前にして敗北を悟った俺たちは逃げ出してきた。セバスが持っていた聖剣もその場に置いて。
判断したのは自分でもエメネでもなかったが、それが最善だとその時は思われた。
だが、冷静になって考えても見れば、あの聖剣だけでもなんとか回収しておくべきだった。
アンクランの言うことが正しいのであれば、魔将軍を倒す道筋をもう一度見つけ出すことができたかもしれないからだ。
――そう、アンクラン。
「エメネ、聞きたいことがあるんだが」
ランダバードはそう切り出した。
「何?」
「アンクランが言っていた、エラーやらなんやらという話は真実なのか?」
「ええ、真実よ」
「お前も、冒険者なのか?」
アンクランが理解不能な演説を始めたときのことを思い返す。
あの男は、俺とセバスだけをエラーと呼んだのだ。
「そうよ」
エメネは平然と言う。
「その、エラー、というのは、巨人を倒すのにどう影響する…?」
「正直に言うと、あたしにもよくわかってない。あれはあくまでもアンクランの仮説だからね…」
エメネは相変わらず天井を見上げたままだ。
「ただ、認めたくないけど、彼が言うなら、エラーであることは確実に必須なんだと思う」
「なぜだ?」
彼女はそこでため息をついた。
「なんだろ…。変な感じだね…。NPCであるあんたに、こんな話をするだなんて…」
そうして、彼女は語り始めた。
意志を持たないNPC。そして、冒険者と呼ばれるPCの存在。この世界が、システムという、いわばルールのようなもので構築されており、それを逸脱した、いわゆるエラーと呼称されるものは存在できないこと。一部のエラーはシステムから排除されずに残っていること。
そして、この世界にはエラーに対処すべき力を持った者が存在すること。
「それが、俺なのか…?」
「たぶんね。確かなことは言えない。あたしにもわからないからね。でも、フェガリという最初のエラーは確実に存在する。だから、それに付随するすべてのものはエラー扱いされるはず。魔将軍も含めてね」
「だから、紫眼の巨人の影響を受けた俺もエラー、というわけか…」
「そういうこと」
壁から離れたエメネはランダバードの前に立った。
「それから、これも話しておくべきかもね」
彼女の口から出てきたのは驚くべき話だった。
「一般に冒険者と呼ばれる人間はみんなプレイヤー――つまり、単に意思を持った人間のことを指す。だけど、冒険者の中にも特別な力を持った人がいる。あたしたちの間では『調停者』とか『デバッガ―』とかって呼ばれてる。何をするのかっていうと、発生したエラーを見つけ出して、修正もしくは消滅させるの」
「さっきのエラーに対抗する力というのは、それのことか。アンクランはその、『調停者』だったと…?」
「そう」
「まさか、お前も…?」
「…ええ」
エメネは小さくうなずいた。
「冒険者が執拗にクリスタルタワーを狙うのは、そこにエラーがあったからなのか?」
クアリの村にいた頃にも、よく通りかかる冒険者がいた。彼らは皆、一様にして水晶の塔を目指していたのだ。
「まあ、そうだねぇ…。実際のところは、調停者たちでどうにもならなかったから、エラーを冒険者に公表したからっていうのが、正しいかな」
エラーを正す役目を担っている者たちですら、どうすることもできなかったのか…。
そこで意思を持つPCにも協力を仰いだが、事態は解決しなかった…。
だから、アンクランは自らエラーを作り出して対抗した。結果は失敗に終わったわけだが。
「エラー…。いったいなんなんだ…」
ランダバードは自分の両手を広げた。
自分の意思で動いているはずの体…。それすら、幻だったというのか。
「あんたは、誰の意思なの…?」
ふと、エメネが問うた。
…どういう意味だ?
ランダバードが顔をしかめると、エメネは手をひらひらと振った。
「いや、なんでもない。忘れて」
部屋の反対側へと歩いていく彼女の背中を見ながら、ランダバードはさっきの言葉の意味を考えていた。




