最凶の魔物2
その頃、アンクランに死霊術をかけられた死人たちは、ヘイトの目前にまで迫っていた。
「な、なんでしょう、あの人間…。倒したはずなのに、また向かってきます…!」
シルバは困惑した様子だったが、ヘイトは動揺していなかった。
「死者の体を利用した魔法だ。人間にも使える者がいたとはな…」
死霊術に関しては、多少の知識があった。クリスタルタワーにも、似たような魔法を使う魔物がいたからだ。
その魔物は、塔で死んだ人間の体に魔法をかけて使役していた。
「ああなってしまえば、魔物も同然だ。俺たちに牙を剥くことはない」
「ほ、ほんとうですか…? わたし、すっごく怖いですけど…」
シルバは見た目の話をしているのだろうか。
そういえば、彼女の顔はどこにいってしまったのか。目や鼻といった特徴が、左腕の彼女には見られない。
ヘイトの言葉通り、死人の群衆はよろめきながら歩き続け、ヘイトたちの側を通過していった。
「ほんとだ…、よかった…」
目で追うのも退屈なくらいノロい連中相手に、なぜ彼女は怖がっているのだろうか。
「それにしても、あの死人使いの男は見た目に反して頭は良くないみたいだな。この町を死人で乗っ取るつもりなら、話は別だが」
「そ、そうですね! これは、今がチャンスかもしれません!」
気を取り直したシルバが意気込む。
ヘイトは剣を構えなおした。
「ああ。聖剣を倒す」
が、次の瞬間、予想だにしないことが起きた。
聖剣が、死霊術師の首を刎ねたのだ。
「――え?」
シルバが上ずった声を上げる。
首のない胴体が音もなく崩れ落ち、直後に刎ね上がった頭が鈍い音を立てて地面に転がる。
見ると、剣士の頬が濡れている。
「仲間割れでしょうか…」
シルバは呟いた。
「そのようだな…」
槍使いの女と弓使いの男も、呆気にとられた様子で剣士を見ている。
「こ、これは、ますますチャンスかもしれませんね…?」
シルバの声に、ヘイトの口角は上がった。
「行こう」
敵方に何があったのか知らないが、それはあちらの事情であって、考慮する必要など全くの皆無。
むしろ、敵が一人減って感謝したいくらいだ。
ヘイトは助走をつけて剣を振り上げた。
未だに首を飛ばした直後の体勢のまま、動かないでいる剣士目掛けて、剣圧の刃が襲い掛かる。
槍使いが何か叫んでいるが、剣士の耳には届いていないようだ。
ヘイトは視線を槍使いに向けた。
「喚くな」
剣を突き出すと、そこから溢れんばかりの黒い霧が垂れ込める。
地面に落ちて広がった霧から現れた無数のエネルギー弾が、黒煙をたなびかせながら槍使いと弓使いの両名に放たれた。
弾は精度こそよくないが、地面に着弾すると同時に小規模の爆発を起こし、二人のいた辺り一帯を破壊していく。
再度、剣士を見ると、彼はまだ立っていた。
なんとか凌ぎ切ったらしい。
「魔将軍、ヘイト殿!!」
剣士は、死霊術師の血で汚れた聖剣の切っ先をこちらに向けて叫んだ。
「私は…、私はまだ、分からない。なぜこんなことが起こっているのか…。なぜ、大勢の血が流れなければならないのか…」
彼は鬼のような形相になった。
「だが、これだけはわかる!! すべての元凶は、あなたにある…!!」
「…八つ当たりもいいとこだな。俺が戦う理由も知らずに、勝手なことを」
その言葉が届いているのかいないのか、剣士は一歩ずつ加速しながら猛進してきた。
ヘイトも剣を構える。
もはや防御の方法を考える必要もない。
無防備ともいえる体勢で、ヘイトは迫りくる剣士に斬りかかった。
剣士の聖剣による一撃は、案の定シルバの体で防がれる。
一方、ヘイトの邪剣は寸分たがわぬ精度で剣士の横っ腹を掻っ捌いた。
声も出せぬほど痛烈なダメージを負った剣士は、腹部を半分ほど引き裂かれて地面に転がった。
弾みで空中に放り出された聖剣が石畳を貫いて地面に突き刺さる。
「やった…!」
シルバが喜びをにじませた声色で言う。
剣士を葬ったことに大した達成感を得るはずもないヘイトは、残る二人のいる方角を見つめた。
弓使いの男、そして槍使いの女は、双方ともこれ以上戦いを続けるつもりはないようで、静かにその場から立ち去った。
それを見届けたヘイトは、次なる標的を探して町の中心部へと歩いていった。
◇
「やられたか…」
無残な死体を前に、呟く男がいた。
「ま、最初から予想はついてたんじゃない? アンクランが言うことなんか、信用できないってことよ」
弓を持って傍らに立つ女。
その背後には、さらに二人の人物が立っている。
「聖剣グラント…」
男は地面に突き刺さった光り輝く剣の柄を握り、引き抜いた。
高々と掲げると、それに呼応するかのように剣がきらめきを放つ。
「ようやく俺の手に…」
「クーパー、その剣、どうするの? もしかして、またエラーを起こすつもり?」
「いや、シェイディ。俺はあの男と同じ失敗は繰り返さない。俺は俺の手で、目的を果たして見せる」
歪みのない鏡のような刀身に移ったクーパーの表情は、醜く歪んでいた。




