エメネの憂鬱
「じゃあ、町の誰かから馬車でも借りたらどう?」
アンクランとランダバードが魔将軍ヘイトの輸送方法について不毛なやり取りをしているのに我慢の限界がきたエメネは、とうとう口を出した。
「ふむ…。では、なんと言い訳して借りるつもりですか?」
アンクランが聞き返す。
その考えるつもりのない言い方。腹が立つのよ。さしずめ、自分以外の意見は当てにならないとでも思ってるんでしょ。だったら、いつまでも言い争ってないで、とっとと決めろっての。
「知らないわよ。あんたのその減らず口でどうとでもできるんじゃないの?」
苛立ちを抑えきれないエメネは突っかかった。
「私の減らず口、ですか…」
ああ、まずい…。
こいつを怒らせると面倒なことになる。これだから自信過剰なやつは嫌いなのよ…。
「では、私のどんな点を見てそう思ったのか、よければ経験談をお聞かせ願えますか?」
口調は怒っていないように聞こえるが、こうやって嫌味を言うときは決まって不機嫌な証だ。
「ちょっと、そんな時間あると思ってんの?」
「まあ、目の前に考えなければならない問題はありますが、今後もべウィさんとは友好な関係を保っていきたいと、私は思っているのです。そういう意味で、この話はしてもよいかと」
「そんなこと話してたら、そのうち人が集まってきちゃうでしょ。仮にもまったく騒ぎにならずに済んだってわけでもないんだから。それに、あんたとの過去の話なんて、いちいち覚えてるわけないでしょ」
「はあ、そうですか、それは残念です…。せっかく、べウィさんとの仲を深められるいい機会だと思ったのですが…」
そうやって、思ってもないことを平然と言う…。
エメネがアンクランを嫌っている理由の一つでもあった。
「もう、その話はいいわ。とにかく、町の誰かに頼むかどうかよ」
話を強制的に戻そうとして、何気なく魔将軍のほうを見たエメネ。
「ちょっと、何よあれ…」
思わずそう言わざるを得なかった。
セバスに左腕を切り落とされ、ランダバードに胸を射抜かれたはずの魔将軍ヘイトは、その場に平然と立っていた。それも、失ったはずの左腕を再生させて。
アンクランとランダバードも目を丸くしている。
二人が口々に感想を漏らすのをよそに、エメネはすでに別の部分に関心が向いていた。
「あの腕…、まさか、シルバーメタリック…?」
考え得る可能性の中で、最も現実的なものがそれだった。
自分でもその結論に至ったことが予想外ではあったが、それ以外に見当がつかない。
「他の魔物で失った部分を補うなんて…」
「考えられないか?」
気がつくと、弓を持ったランダバードが隣に来ていた。
「とどめを刺しておけば、こんなことにはならなかったんだ」
「そうかもしれないけど、それを今言ったとこでどうにかなる?」
「…いや」
ランダバードは短く否定すると、前に進みだした。
「ちょっと、どうする気?」
「決まってるだろ、もう一度始末する」
エメネはため息をついた。
二人で精一杯だった相手に、たった一人で向かう気? 正気じゃない。
槍を出現させて、後を追う。
「待ちなさいよ。あんた一人でどうにかなる相手じゃないでしょ」
ランダバードは何も言わなかったが、参戦を拒否するわけではなさそうだった。
その時だった。
「遅くなっちまったな、すまねぇ!」
遠くで叫ぶ男がいた。
振り返ると、空き地の端のほうに人だかりができている。
「誰?」
エメネは声を大きくして尋ねた。
この期に及んで民間人の足手まといなんて必要ないのに…。
「俺はこの町の鉱夫で、ガストフってんだ。約束通り、来てやったぜ!」
意気揚々とツルハシを振り上げる大男。
彼の声に合わせて、後ろの男たちも「おおッ!」と声を上げる。
「何の約束か知らないけど、下がっててくれる? 危ないから!」
「おうおう、ねえチャン、そうはいかねぇなぁ。俺は騎士様と約束したんだよ。紫眼の巨人が町に現れたら、加勢するってなぁ!」
ったく、めんどくさい。どこのバカがそんな約束したんだか…。
呆れていると、もう一人、声を上げた人物がいた。
「ガストフ殿、来て下さったのですか!」
あぁ、あのバカか…。
合点がいった。セバスだ。
騒ぎのせいか、眠りから覚めたらしい。
「ちょっと、セバス! 戦闘経験もないような民間人が戦いに参加して、無事でいられるわけないでしょ! さっさと追い払いなよ!」
「そうはいきません。私は彼らと約束したのです。彼らとて、この町の住人。町にかける思いは私などの比にはなりません。戦うなというほうが無理な要望でしょう」
エメネは深くため息をついた。
どうして男っていうのはこうどいつもこいつもバカなの…。
「わかった、じゃあ好きにすれば? ただし、そいつらの面倒まで見てられないからね!」
「もちろんです!」
セバスが遠くで剣を振って答える。
あんたはさっき、あの魔将軍の脅威を身をもって知ったばっかりでしょうに…。
「ねえチャン、けっこう気概があんなぁ! 気に入ったぜ!」
ガストフもツルハシを片手に大衆を率いて向かってくる。
…どうなっても知らないからね。
エメネは億劫だった。
たとえこの場が地獄絵図になったとしても、彼らは今みたいに陽気でいられるのだろうか。
いや、きっと無理だ。現実を理解していない者には、酷すぎる仕打ちだ。耐えられるはずがない。
でも、止めても聞かないというのなら、仕方がない。
俯いたエメネは、手にした槍の柄を握りしめて自分に言い聞かせた。
「誰かを失っても、悲しくなんかない」




