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クリスタルタワーの魔将軍 ~最凶の魔物の復讐劇~  作者: 鹿竜天世
第一章 最凶の魔物
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銀色の魔物2

 いつものティータイムにはまだ早かったが、ヘイトは銀色の客人をバルコニーへと案内した。使うことのないだろうと思っていた二つ目のカップに紅茶を注ぎ、いつぞやの魔導士が持っていたクッキーも用意した。


 シルバーメタリックが椅子に腰掛けられるのか若干の興味があったが、彼女は器用に椅子に座っていた。足がないので、乗っていたという表現の方が正しいかもしれない。


「さて、話を聞こうか」


 一通りの準備が整ったところで、ヘイトはそう切り出した。


「はい…」


 シルバーメタリックはうつむき加減で話し始めた。


「わたしはシルバーメタリック族のモンスターです。モンスターの中でも、その強さは最弱級…。他のモンスターの方々には、いつも迷惑をかけてばっかりで…。

 人間たちは毎日のようにわたしたちの棲み処へ来て、友達や仲間を次々と殺していきます。わたしはそれをただ見ているだけ…。毎日毎日涙が止まりません。お願いです、助けてください。人間たちを倒してくれとは言いません。だからせめて、わたしに強くなる方法を教えてほしいんです。そうすれば、仲間を助けられる。モンスターの中でも最強の部類に入るヘイト様なら、強くなる方法を何か知っているんじゃないかと思って…」


 まただ。彼女の懇願するような目。頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。


「どうして、俺なんだ? 強い魔物なら他にも大勢いるはずだ」


「聞くところによると、ヘイト様は未だ負けなしなんですよね? こんなに頼もしい方は他にいらっしゃいません。わたしたちモンスターの間でも、ヘイト様は英雄のように語られています。数々のモンスターを倒してきた強い人間でさえ、ヘイト様にかかれば一網打尽だと。わたし、ずっとヘイト様に憧れてきたんです。いつも寝るときは、ヘイト様のことを想っていました。それくらい大好きなんです! ああ、その透き通るような白い肌。暗く冷たい群青の瞳。物憂げな表情も、まさにわたしの意中の方――。」


 おい、なんか話がずれてないか? そもそも、俺はそんなに有名なのか? だいたい、誰もここに来たことがないし、生きて出られた者もいないというのに、どうしてそんな話が広まるんだ?


「すみません、話が逸れてしまいました」


 目を輝かせ、嬉々として話をしていたシルバーメタリックは、自分の言っていることをようやく自覚したようだ。


「俺を選んだ理由は、なんとなく分かった。だが、あんたを鍛えるというのは少々無理がある。俺は誰かに戦闘を教わったわけじゃないし、教えたこともない。あんたの望むようなことはできないと思う」


「そんなことありません!」


 シルバーメタリックは即答した。


 どこからそんな自信が沸き起こってくるのか…。


 まあいい。かつてここにきた神官の男も、まるで何かに取り憑かれたかの様な熱狂的信者だった。何の神にすがっていれば、あんなに自身の能力を過大評価できるのか疑問だが、彼女も似たような感じなのだろうと、勝手に解釈しておこう。


「じゃあ、何を知りたいんだ?」


「人間を倒す方法です」


「人間を倒したことは?」


「ないです」


「戦闘経験は?」


「少しだけなら…」


「何ができる?」


「魔法が、ちょっと。あと、速さには自身があります」


 魔法と、スピードか…。たしかに、さっき見た感じだと今まで見た何よりも速かった。魔法が使えるなら、近距離戦より中距離戦に重きを置いた方がよさそうだ。ヒット&アウェイ方式で、攻撃と後退を繰り返してダメージを与えれば、勝機はあるかもしれない。もとより、魔法による攻撃力が十分であればの話だが。


「魔法を撃ってみろ」


 ヘイトが言うと、シルバーメタリックは困惑したような表情になった。


「い、今ですか?」


「ああ、今だ」


 ヘイトが本気であることを悟り、シルバーメタリックは椅子から降りた。


「い、いきます」


 かすかな魔法の気配とともに、彼女は空中に握り拳ほどの炎を作り出した。


 ――それだけ?


 炎は一瞬で消え去り、それと同時にシルバーメタリックは息を切らして地面に手をついた。


 今の炎の魔法で、もう魔力が尽きてしまったのか。これでどうやって人間に立ち向かえというのか。一撃に全てをかけたとしても、わずかな火傷を負わすのが関の山だ。


「分かった。じゃあ力はどうだ?」


「物理攻撃ですか?」


 肩を揺らしながら自信なさげにこちらを見たシルバーメタリックは、上体を起こして身構えた。


「えいっ!」


 拳が振り下ろされた。


「えいっ!」


 さらにもう一撃。


「えぇぇぇいっ!」


 彼女はげんこつを振り回し始めた。


 呆気に取られるヘイトをよそに、彼女はさっきよりも大きく肩を揺らして言った。


「どうでしょうか?」


「なんとなく分かった…」


 正攻法ではまず戦えない。それなら、トリッキーな動きをして相手を翻弄し、隙を突いて弱点を攻めるしかない。しかし、それには持久力と判断力、そして多少のダメージを受けられるだけの防御力がなければならない。


「少し、試させてもらってもいいか?」


「え? いいですけど…」


 ヘイトは試しに、彼女を軽く蹴り上げてみた。


 咄嗟の出来事で足をもろに受けた彼女だったが、軽く呻いただけであまり効いていないようだった。


 それなりに硬いらしい。では、もう少し力を込めてみるか。


 ガンッという鈍い音とともに、またもや彼女は一蹴された。


「痛いか?」


「いえ、あまり…」


「防御はできないのか?」


「どうやればいいのでしょう…?」


 疑問を疑問で返されて、ヘイトはため息をついた。


 戦闘に関してはまったくのど素人だ。これをどうやって鍛えろというのか。


 しかし、硬さはある。それに、速さも並大抵ではない。これをモンスター特有の個性だというなら、この種族の生き残る道は一つ。


 戦わないことだ。


「あんたは戦いには向いてない。物理も魔法も攻撃力は皆無に等しいし、戦闘についての知識も経験も乏しすぎる。まともに戦えば、必ず命を落とすことになる」


「やはり、そうでしょうか…」


 ヘイトの痛烈な一言に、シルバーメタリックは肩を落とした。


「わたしたちは、永遠に逃げ続けなければならない運命なのでしょうか…」


 そこまで言われると、同情の念すら沸いてくる。


 ヘイトは素朴な疑問をぶつけてみた。


「あんたらシルバーメタリックは、みんなそんな風に硬くて速いのか?」


「そうですね。そもそも数がそんなに多くないので、仲間を目にする機会も少ないですが、だいたいこんな感じだと思います」


「そうか…」


「でも、前からこんなだったわけではないんです。たぶん、進化の過程で――」


 進化の過程?


 ヘイトはその言葉に惹きつけられた。


「それはどういう意味だ?」


「えっと、わたしたちシルバーメタリック族は少し特殊なんです。ヘイト様は、魔物の輪廻転生についてご存知ですか?」


「いや、知らないな」


「やっぱりそうですよね。死んだことがないんですものね。わたしたちモンスターは、死ぬと必ず同じ種族に転生するんです。それは、この世界の均衡を保つためのノウハウが失われないようにするためだって、おじいちゃんが言ってました。もちろん、前世の記憶は引き継がれません。けど、わたしたちシルバーメタリック族は違う。死んでも前世の記憶が残った状態で転生するんです。

 わたしも何度か死んだことがあります。おじいちゃんが言うには、シルバーメタリック族は人間に倒されると、他のモンスターよりもたくさんの自信と力を人間に与えてしまうみたいなんです。だから、前世の記憶が残るのは、人間に対する恐怖をより多く感じさせることによって、本能的に人から遠ざかるようにするためらしいです。その何度も死んでは生き返る過程の中で、わたしたちはより強固で俊敏な特性を得るに至ったのです」


 なるほどな。やはりその防御力と素早さは人から逃げるためのものだったのか。


 そして、魔物の輪廻転生、か――。彼女の場合だと、死んでもその記憶が残っている。だから、殺されたときのことを思い出せる、というわけか。人間に対する恐怖を植え付けるためとはいえ、フェガリ様もえげつないことをされる。


「大体の話は分かった。でもそれだと、あんたはなおさら戦いには不向きなタイプだと言える。あきらめて逃げ回った方が無難じゃないか?」


 そう言うと、彼女は目に涙を浮かべて言った。


「もう、誰かが殺されるのは嫌なんです。わたしは死んでも、前の記憶がある。だから、転生してもみんなのことが分かる。けど、他のみんなは違う。せっかく仲良くなっても、殺されたらそこまで。同じ姿で生まれ変わっても、わたしのことは分からない…」


 ヘイトには、かける言葉が見つからなかった。


 長い間、ヘイトも一人きりだった。毎日のように来る刺客の相手をしても、孤独を埋める材料にはならなかった。自分の宿命に縛られ、友も、仲間も、家族もいない。自由さえ自分には遠い存在だった。


「わたしは、別に自分は死んでもいいと思っています。わたしが死ぬことで、他のみんなが助かるならそれでいい。だけど、そうじゃない。わたしが死ぬと、人間は強くなる。結局、悪循環なんです。それなら、わたしが強くなるしかない。だから――」


 ヘイトは、自分でも驚くような行動に出た。


 生まれてはじめて、誰かを抱きしめた。


 理由は分からない。もうそれしか、自分には出来ないような気がしたからだ。


 彼女は腕の中ですすり泣いていた。流体の体がかすかに震えているのが分かる。


 抱きしめながら、ヘイトは自分につけられた名の意味を理解した。


 遠い昔、魔神フェガリがつけた名。信頼していた人間に裏切られ、故郷を追われたフェガリが、どんな思いで自分を創ったのか。


 ――憎しみ。憎悪。


 知らず知らずのうちに人を殺し続けてきたわけだが、その行為には確実にフェガリの意思が組み込まれていた。人を憎み、殺す。それこそが、俺が生み出された理由なのだ。


「あんたのおかげで気がついたよ」


 ヘイトは言った。


「俺が生まれた意味に」


「それは、どういう――?」


 ヘイトは顔を上げ、虚空を睨みつけた。


「復讐だ」

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