戦いの後で
目の前に横たわる、大きな黒い影。
たった今、この手で仕留めた敵の亡骸。
傍らですすり泣くシルバーメタリックの姿に、セバスは見入っていた。
人の界隈では禍根として恐れられていた魔物にも、こうして泣いてくれる相手がいたのだ。
魔将軍ヘイトは、復讐が目的だと言っていた。
人が魔物を狩ってきた歴史に偽りはないし、それが魔将軍ヘイトのような知能の高い魔物の怒りを買う原因だったとしても、何ら不思議はない。
ただ、一度に大勢の人間が殺されたことで、一方的に殺した側を悪だと決めつけていた部分はあったのだと思う。彼には彼なりに戦う理由があり、それは間違ってはいなかった。自分が逆の立場でも、そうしていたかもしれない。相手の身になって考えてみれば、それが正義だったのだ。
しかし、だ。自分は紛れもなく人間側で、魔物に肩入れする義理はない。人々の穏やかな暮らしを脅かす存在が現れたとなれば、打ち倒すのは当然のこと。戦う理由は、こちらにもある。
今、泣きむせぶ魔物を目の前にして、多少は同情したかもしれない。けれど、戦うからして、どちらかが負けるのだ。
「ほんとに倒しちゃったよ…」
魔将軍ヘイトを尻目に歩み寄ってきたのはエメネだ。
「なんだか、勝った気がしませんが…」
遠慮気味に言ったが、事実だった。味わっているのは勝利の余韻ではない。
「あたしも未だに信じらんないよ…」
そう言いながら、もうメモを取り出して観察を始めているのだから、彼女らしい。
「さあ、さっさと止めを刺せ」
遠巻きにランダバードが強い口調で言った。警戒は解いてない様子だ。
「…はい」
剣を逆手に持ち、高く持ち上げる。
うつ伏せに倒れる魔将軍の、ちょうど矢が刺さっているあたり――そこを一突きすれば、この町は悪夢から解放される。
セバスは剣を突き立てようとして、踏みとどまった。
シルバーメタリックが、立ちふさがったからだ。
「おい、どうしてやめる?」
ランダバードが語気を荒げる。
セバスは、言葉が出なかった。
「珍しいねぇ…。人を前にして逃げないばかりか、魔将軍を庇うんだから…」
エメネが感心したように言う。
仲間意識はあっても、知能の低い魔物では考えられない行動だ。まして、ヘイトとシルバーメタリックは他種族。共存の道を選択していること自体が特殊だ。
「それを前にして躊躇するとは、ケンウィックさんは優しい心の持ち主ですね」
いつもと変わらない口調。穏やかな表情で言うのはアンクランだ。先ほどまでの狂乱っぷりが嘘のようだ。
「もしかして、高い防御力を誇る魔物として有名なシルバーメタリックを貫けるか、心配なのですか? ご安心ください。その剣ならば、いとも簡単ですよ」
…冗談のつもりなのだろうか。この状況で…。
いや、アンクラン殿にしても、ベウィさんにしても、さして重い事態だとは捉えていないのか。
彼ら冒険者の素性には、いささか謎な部分が多すぎる。
さっきのアンクランの話にしてもそうだが、恐らく、この世界で自分が知らないことの多くを、彼らは知っているように思う。
「決着は――もうついています」
セバスはそう言って剣をおろした。
「おいおい、今になって情が移ったってか?」
ランダバードの険しい表情を、セバスは黙殺した。
「まあ、この状態で動けはしないでしょう」
手に持っていた杖の先端で巨人の鎧をつつきながら、アンクランは言った。
「ですが、このままここに放置しておくのは得策ではありません。どこかに移動させた方がいいと思うのですが…」
「そうだね。あたしも調べたいことがあるし、どうせなら隠してしまいたいけど…」
観察を中断してエメネが言う。
「それならば、ベウィさん、あなたはちょうどいい隠れ家を持っていらっしゃいましたよね?」
「え? ああ、いくつかあるにはあるけど、運ぶってなるとどれも苦労する遠さだよ」
「かまいません。現状、それ以外にいい場所はないと思いますから」
場の意見が、魔将軍ヘイトの移送へと傾いたことで、ランダバードもそれ以上何も言わなくなった。納得はしていない様子だったが。
アンクランとエメネが移送手段についてあれこれ議論している中、セバスは建物の壁にもたれて腰を下ろし、休憩することにした。
アンクランからは後で聞かなければならないことがたくさんある。意味の分からない単語も多すぎるし、何より、語ったことが真実であるかどうか、まず確認しなければならない。
それもこれも、目前の問題を解決してからになるだろうが…。
腰を下ろすと、強い睡魔がセバスを襲った。
意思と関係なく、瞼が自然と重くなる。
そのままセバスは、ひとときの眠りについた。




