語るアンクラン2
「世界の真理を解き明かしましょう!!」
何が起ころうとしているのか分からない。分からないからこそ、嫌な予感がする。
心臓の鼓動が早い。それに、背筋が凍るような気分だ。でもそれはきっと、自分だけじゃないはず。
セバスは剣を握った自分の手の平が汗ばんでいくのを感じていた。
アンクランが意味不明な会話をエメネとし始めてから、魔将軍ヘイトも含め、その場にいた他の連中は完全に置き去りにされた。
先ほどまで凄んでいた魔将軍でさえ、声が出ないのだ。アンクランの迫力はそれくらいのものだった。
そして彼は話し始める。かつてないほど不気味な笑みを湛えて。
「…私は、冒険者ギルドのマスターです。それと同時に、冒険者でもある。ベウィさんも同様、冒険者だ。この世界には、冒険者と呼ばれる職業を生業とする人たちが多くいます。彼らは自由気ままに世界を旅し、それぞれの好きな目標を掲げて生きている。――では、冒険者とは何か。日々を自分の為だけに費やしても生きていける職業…。そんな都合のいいものがあると思いますか? 否。ありません。私たちとて、食べていかなければならないのですから」
まだ、彼の言葉の本質には辿り着けない。彼が何を言おうとしていて、何を伝えたいのか。
セバスは耳を傾ける。
「しかし、冒険者でまともな職に就いている者はほとんどいません。なぜか。それは――、我々が、この世の人間ではないからです」
ぞっとした。
おおよそ真実とは思えない一言。だが、嘘をついているようには思えない。この状況で、彼が嘘をつかなければならない理由があるとしたら、ただ一つ。時間稼ぎだ。
魔将軍ヘイトと思しき魔物が目前にいるのだ。まともに戦って勝てる相手ではないと、ここにいる誰もが思っているはずだ。だから、彼は時間を稼いでいる。暗闇に差す一筋の光を探し出すために。
そんな仮説を真剣に考えるほど、アンクランの声は真実味を帯びていた。
「この世の人間じゃない…? どういうことだ?」
少しの間のあと、声を発したのはランダバードだった。
「あなた方に説明するには骨が折れます。なぜなら、あなた方は正真正銘、この世の人間――つまり、システムの一部なのですから…」
「――は?」
しすてむ…?
「そう、あなた方はいわばNPC。システムに支配される側の存在です。対して私たちはPC。プレイヤーキャラクターです」
――思考が、追いつかない。
「何を言っているのか分からないでしょう? それもそのはず、NPCに規定外の行動や理解はできない…。私の発言も理解できなくて当然です」
ランダバードも困惑した表情をしていた。
が、アンクランは淡々と続ける。
「この世界は我々PCのために用意された舞台。あなた方はその構成要素に過ぎません。――ケンウィックさん、覚えていますか? 剣を手にしたあなたに対して、クーパーさんは怒っていましたよね?」
「…はい」
「私はあなたに資格がないからだと言いました。それは、あなたが意思を持たないNPCだからです」
――私が、意思を持たない…?
どういうことだ。それなら、今、私がこうして思考を巡らせているのはなんだ? 私の体が動くのは、私自身の意思によるものではないということなのか?
「あの剣は本来、プレイヤーに与えられたもの。とある報酬として、です。それを私は奪い取った。すべては、世界の調和を乱す、ある存在を滅ぼすためです」
「ある存在…?」
「ええ。この世界始まって以来の、致命的なエラー。――魔神フェガリです」
フェガリという名に、一同の視線は交錯した。
そして、やがてそれはひとところに落ち着く。…魔将軍ヘイトの方だ。
「私の主を、滅そうというのか…」
それまで沈黙していたヘイトが、憎しみのこもった視線をアンクランに向ける。
睨まれたアンクランは、それでも不敵な笑みを絶やさなかった。
「エラーにはエラーで対処する…。真実を語ってもなお、ケンウィックさんもテロッサさんも生きている。システムに排除されていないところから察するに、彼らは今、完全に規格外の存在です。さあ、ケンウィックさん、テロッサさん、あのエラーの産物を消滅させてください!」
セバスはたじろいだ。
狂ったような弁舌の彼に圧倒されていた上に、ヘイトを倒せと言われたのだ。
――果たして、自分にできるのか…?
ちらりとランダバードを見やる。彼もまた、どうしたらいいのか分からない様子だった。
ふと、握った剣の柄に目を落とす。まだその刀身は露わになっていない。
この剣を引き抜き、あるいは眼前の怪物に勝つことができたなら、私は自分の望みを叶えることができるのではないのか。この町の人たちを救い、ひいては故郷で苦しむ奴隷たちを救う足掛かりになるのではないか。
アンクランの言葉の真実を確かめる術はないが、賭けてみてもいい………のか?
セバスは、ゆっくりと、聖剣を引き抜いた。
夜の闇でも白銀に光る刀身が、小さな星々に至るまで、全てを反射している。鏡のようだ。
両手で前に構えると、ずっしりと重い。いつもとは違う柄の感触。ほどよい太さで、重さを考慮しても扱いやすそうだ。
「おい、やる気か…?」
ランダバードが目配せしてくる。
「ランダバード殿…」
セバスは生唾を飲み込んでうなずいた。
目の前にいるのはただの青年――そのはずなのに、どうしてこうも足が震えるのか。
ゾクゾクするような感覚に、セバスは快感さえ覚えていた。
「シルバ、そろそろだ。感じるか?」
さっきまでの威勢のよさとは程遠い、優しい声でヘイトが話す。
その視線の先には、ヘイトが連れ添っている少女がいた。名を、シルバというらしい。
「はい、ヘイト様。時間のようですね」
…なんだ? 様子がおかしい。
そう思ったのもつかの間、手を繋いで立っていた青年と少女は、光に包まれて見る見るうちに姿を変えていった。
片方は紫色の眼光をした巨人。もう片方は、銀色の体をした少女に。
そして、その姿を目の当たりにしたセバスの体を、突如として猛烈な震えが襲った。
嫌な汗が止まらない。
なんだ、何が起こっている…!?
すぐに理解できた。――怖れているのだ。相対している、強大な存在に。
「さっさと済ませよう」
至極落ち着いた口調でヘイトは言った。2メートルはあろうかというバカみたいに大きな剣を、軽々と持ち上げて。
一度はこの目で見ている、怪物の全貌。でも、一度見たからといって、慣れているわけでもなんでもない。むしろ、身長以上に大きく感じるあの出で立ちは、何度見ても恐怖するだろう。
…ここで怯えてどうする。隊長が命を賭してまで、我々を救ってくださったんだ。それを無駄にはできない!
なかなかいうことを聞かない体に鞭打って、セバスはようやく一歩踏み出した。
今は、アンクラン殿が言ったことは度外視するべきだ…。かの御仁が何を言おうとも、私はこの世界で生きていて、他の皆も同様に生きている。事実にだけ、目を向ける…。
そして、そう、目を向けた先には、あの『紫眼の巨人」もいる。倒さねば、我々に未来はない。
「私が相手だ!」
セバスは剣の切っ先をヘイトに突き付けた。




