遭遇
「近いぞ」
早足で先行するランダバードが肩越しに振り返り、緊迫した面持ちで言った。
まだ夜も更け切っていない、人の往来する町中に、本当に魔将軍がいるのだろうか。
一抹の疑問を抱えながらも、セバスは彼の後を追う。
さらに後ろには、エメネとアンクランの姿もある。
「もし仮にここで相対したとしても、戦闘は避けたいですね」
アンクランがそう言ったときだった。
ランダバードの足が止まった。
「どうしました?」
追いついたアンクランが尋ねる。
「いや、まさか、そんな…」
ランダバードの額には、目に見えるほど汗が浮かんでいた。
動かない彼を前に、他の三人も何が起こっているのか分からず立ち往生する。
「嘘だろ…」
ランダバードが振り返る。
その視線の先をセバスは追った。
二人の男女――後ろ姿でしか分からないが、片方は背の高い白髪の男性。もう一方は、まだ年端もいかない少女に見えた。
「あの二人がどうかしましたか?」
遠ざかっていく兄妹にも見える二人に釘付けになったまま動かないランダバードに、セバスは声をかけた。
「あいつらだ」
エメネとアンクランも、セバスたちの視線の先を追う。
「あいつらって、まさか、あの並んで歩いてる二人?」
「とてもそうには見えませんが…」
口々に言う二人。
「間違いない。この気配。あいつの力を持つ俺にならわかる」
ランダバードは確信しているようだ。
「それならそうとして、どうしましょうか」
冷静な声色でアンクランが言う。
「とりあえず、放置ってわけにはいかないでしょ。追わないと」
エメネの発言に無言で同意した三人は、追跡を開始した。
「追いかけながら、作戦を練りましょう」
アンクランが提案する。
「そうだな。まさかこんな展開になるとは思ってなかったからな」
ある程度落ち着きを取り戻したランダバードは、額の汗を拭った。
「幸いなのは、彼らがこちらには気がついていないだろうということと、すぐに事を起こしそうな気配がないということです。それを踏まえて、何かいい案はありますか?」
セバスは考えた。
アンクランの言う通り、魔将軍一行と推測される二人は、武器も持っていないし、急いでいる様子もない。
何か目的があって町に来たのだろうが、すぐにどうこうということはなさそうだった。
しかし、いつまでも猶予があるとは思えない。町中でいきなり暴れだしでもしたら、どれほどの被害が出るかは容易に想像ができる。
「とにかく、人気のない場所に誘導するのが先決ではないでしょうか?」
セバスは言った。
「そうですね。できればそうしたいところですが、いかにして誘い込むかが問題です。下手に刺激すれば、何が起こるか分かりません。それこそ、最悪の事態にもなりかねませんから」
そう言ったアンクランは、ハッとした表情になった。
「彼らが人間の姿をとれるのは、皆さんご存知でしたか?」
「いや」
「知らないな」
エメネとランダバードが否定する。
セバスが黙って首を横に振ったことを確認して、アンクランは続けた。
「これほど簡単に人の生活に潜り込めるということは、彼らは私たちの言語を理解できる可能性があります。あわよくば、対話することも――」
「それは無理だ」
アンクランの言葉を遮って、ランダバードは断言した。
「なぜです?」
「たしかに、あいつは人の言葉を理解できる。実際、俺はあいつと会話した。だが、あいつが対話に応じてくれるとは思えん。人間に相当な恨みを持っているらしいからな…」
「テロッサさん。確認ですが、それはあなたの私怨を除いても、言えることですか?」
「なに…?」
ランダバードはアンクランを睨んだ。
「あなたのことは深く存じ上げません。しかし、魔将軍ヘイトとなんらかの関りがあるのだとお見受けします。それも、並々ならぬ事情があるようだ。そのことに関しても、私が四の五の言う筋合いはないとは思います。ただ、この状況です。被害は最小限に抑えたい。考え得るすべての要素を、限られた時間で慎重に吟味する必要があります。テロッサさんがおっしゃる通り、交渉の余地が完全にないというのであれば、私も引き下がりましょう。しかし、わずかでも可能性があるのなら、賭けるべきだ。そうは思いませんか?」
「馬鹿げたことを…」
ランダバードはそう言ったものの、反論できないようだった。
アンクランは彼の反応を見て、決断を下した。
「私が話をします。それでどのような結果が得られるかはわかりません。もし、万が一の時は、ケンウィックさん、テロッサさん、頼みましたよ」
「はい、お任せください」
アンクランに視線を投げかけられて、セバスは腰の剣に触れた。
いざというときは、刺し違えてでも仕留めなければならない。今の自分には、それができるだけの力があるのだから。
返事をしないランダバードを待たずに、アンクランは足を速めた。
「待ちなよ、あたしも行く」
アンクランの後を追って、エメネも駆け出す。
セバスは祈るような気持ちで二人の後姿を見送った。




