銀色の魔物1
夕方から明け方まで続いた戦いの果てに勝利を手にしたヘイトだったが、最後の最後に手傷を負わされていた。仲間を犠牲にした捨て身の攻撃だったとはいえ、よもや自分がダメージを受けるなど思いもしなかった。
傷は防御の薄かった上腕の部分だけだが、あの背後からの攻撃にもし気が付いていなかったら、致命傷となり得る箇所に刃が入っていたかもしれない。
死体の掃除を終え、ヘイトは壁に背を預けて床に座り込んだ。
少し、疲れたな。
バルコニーへの窓を開け放っていたので、外から新鮮な外気が入り込んでくる。ひんやりと乾燥した空気は、世界の夜明けを感じさせてくれる。
疲労に身を任せてぐったりしていたヘイトは、不意に目の端に映った動く物陰に気を取られた。
陰の正体を確かめようと辺りを見回すと、ゆらゆらと踊るカーテンの後ろに、人らしき物体を視認した。
また客か…。それにしては、警鐘が鳴らなかったが――。
そう思いながら剣をもたげ、ゆっくりとカーテンに近づく。
ヘイトが近寄っても、陰はそこから動こうとしない。
剣の切先を向けると、カーテンの向こうから「ひっ」という悲鳴が聞こえた。
なんだ? こちらを油断させる演技のつもりか?
ヘイトはカーテンに手をかけ、勢いよくめくった。
が、そこには何もいなかった。いや、というより、めくった瞬間に何かがそこから高速で移動した。速すぎて、目で追うことすらできなかった。
かくれんぼのつもりか? 何者か知らないが、俺は今疲れて――。
ふと気配を感じて足元を見ると、それはいた。
まず、人ではなかった。全身が銀色に輝いていた。まるで液体のように柔軟で、体が常にたゆたっている。その体も上半身しかなく、地面に接しているところから銀色の水たまりのようなものが広がっている。容姿は、さながら少女だった。
「あなたが、ヘイト様、でしょうか?」
銀色の生物は少女のような声で言った。
モンスターか?
「ああ」
ヘイトは、あまりに突飛な出来事に身動きできなかった。
「わ、わたしは、シルバーメタリックといいます」
シルバーメタリックと名乗ったモンスターはヘイトを見上げたまま言った。
「俺に、何か用か?」
何と言っていいか分からず、ヘイトはそんなことを言った。
「あの、わたしはモンスターで、仲間がたくさん、人間が何度も来て、それで、えっと――」
合点のいかない話を始めたシルバーメタリックを見て、ヘイトは頭を抱えた。
いったい何なんだ、こいつは。
「かの有名な魔将軍ヘイト様なら、この状況を何とか――」
話半分で聞いていたヘイトは、呆れてバルコニーへと歩き出した。
「あの、待って――!」
声がしたかと思うと、足元にそれは来ていた。
なんて速さだ。
「話を聞いて!」
シルバーメタリックは叫んだ。
「悪いが――」
言いかけたヘイトは、彼女の懇願するような目に思わず見入ってしまった。
まあ、正しくは目と思しき銀色の何か、だが。
ここに客が来るとすれば、それは絶対に人間だった。それも自分に敵対心を抱いた戦いのプロばかり。モンスターでさえ、この場所に来るのは初めてのことだ。彼女――と呼ぶには少々の疑念があるが、会話ができる相手であることに違いはない。長い時間の中で、俺が求めていたのは孤独を埋めてくれる何かではなかったのか。それがモンスターであって何が悪い。多少の気晴らしにはなるはずだ。
少し考えたのち、ヘイトは言った。
「わかった。話を聞こう」