提案1
魔将軍ヘイトの情報を得るために、セバスとエメネは再びケプランを訪れていた。目指すは、ケプラン冒険者ギルドである。
エメネの話によれば、クリスタルタワーを目指す冒険者の大半はここケプランで最後の休息を取り、支度を整えるのだという。そして、その町に唯一あるギルドは、冒険者たちの集いの場になっているのだ。
細々とした裏路地を抜け、住宅の密集した人気のない一画に、ギルドはあった。
建物は民家と同じ造りで、看板がなければ他の家と区別がつかない。
「あんまりここは好きじゃないんだけどね…」
エメネはそう言いながら、扉を開けた。
中に足を踏み入れると、そこは一見すると酒場のようだった。
空の樽を机にした座席が点々と並び、正面のカウンターでは坊主頭の男がグラスを拭いている。
「マスターは?」
エメネは坊主頭のバーテンダーに話しかけた。
「奥に」
バーテンダーは一言それだけ言うと、カウンターの脇にある扉から奥へと引っ込んでいった。
「ケプランにこんな場所があったとは、思いもしませんでした」
セバスは率直な感想を言った。
「ま、冒険者以外は寄り付かないからね。それに、ここに来る冒険者はみんな、塔を目指す奴ばっかり。そんな連中が、社交的とも思えないでしょ?」
なるほど、とセバスはうなずく。似たような気質の人間が集まれば、おのずと場の雰囲気もそれに合わせて形成されるということか。
「いかがなさいました?」
奥から出てきたマスターらしき人物を見て、セバスは先の解釈を改めることになった。
高身長の美男子、という表現が正しいのだろうか。身なりは小ぎれいで、埃っぽい酒場の雰囲気とはかけ離れた存在感だ。
「アンクラン。またあんたと会うことになるとはね」
彼を見るなり、エメネはそう言った。
「エメネ・ベウィさん。お久しぶりです」
アンクランと呼ばれた男は恭しく礼をした。
「どうぞ、かけて下さい」
カウンターの座席を勧められて、二人は丸椅子に座る。
「何を飲まれます?」
「ブフレーヌ・ロウェン57年物、ストレート」
アンクランの問いに、エメネが間髪いれず答える。
「そちらの男性は?」
視線がこっちを向いたので、セバスは彼の背後にある棚に所狭しと並んだ酒の容器を見た。別に酒に詳しいわけではないので、見たところで、何がいいのか分からないのだが。
「いえ、私は…」
結局のところ、断ってしまった。
「そうですか」
アンクランはエメネと自分のために酒をグラスに注いだ。
「では、乾杯です」
まるで旧友のように、エメネとアンクランはグラスを突き合わせ、酒を飲んだ。
「…で、アンクラン。どこまで知ってる?」
「そうですね…。あなた方がお知りになりたいことは、恐らく存じ上げないかと。あなたも知っての通り、ここに来る方は皆、お喋りがお嫌いなので」
「それでも、噂くらい聞いてるはず。町中で流れてるものより、よっぽど信憑性の高い噂も」
「真偽はともかく、聞いた話でしたら、お話しすることはできるかと」
「お願い」
エメネがそう言うと、アンクランは顔をしかめた。
「その前に、そちらのお客人を紹介していただいてもよろしいですか?」
「え、ああ…」
煩わしそうに彼女は言う。
「この町の兵士だよ。名前は…」
「セバス・ケンウィックといいます」
名前を思い出せない彼女の代わりに、セバスは答えた。
「ケンウィック殿ですか。私は、ソールシュルツ・アンクランです。このケプラン冒険者ギルドのマスターをしています。以後、お見知りおきを」
アンクランはまたしても、丁寧にお辞儀をした。
セバスも座ったまま、会釈を返す。
「さて…、話を戻しましょうか。要件は、私が把握していることを話してほしい、とのことでしたね」
アンクランは二人を見た。
「ベウィさん、あなたは、うちの冒険者ギルドの所属ということになっています。だから、情報を渡すことにやぶさかではありません。ですが、軍の関係者であるケンウィックさんが、我々の持っている情報を聞いてしまうとなると、うちの血気盛んな冒険者たちはよくは思わないでしょう」
「つまり、話す気はない、と?」
エメネが鋭い視線を向ける。
「そうは言っていません」
アンクランは微かにほほ笑んだ。
「お二人のお話も、少しばかりお聞きしています。なんでも、軍と揉めたとか…」
「どうしてそれを…!?」
セバスは声を上げた。
「フフッ。まあ、これでもギルドの長ですからね。情報源はいくらでもあります。実を言うと、あなた方がここを訪ねてくることも、少し前から分かっていました。それに合わせて情報を仕入れた――というと、人聞きが悪いですが、要はそういうことです」
セバスは動揺した。それとともに、若干の不信感も抱いていた。言うまでもなく、彼の行動は理に適っているし、組織の長を務めるうえで必要最低限の自衛はしなければならないことも確かだ。そのための力なのだ。情報とは、時に有力な切り札ともなり得る。
しかし、この町にこれほどの切れ者がいるとは思わなかった。能ある鷹は爪を隠すとは、このことだろうか。彼なら、まだ何かを隠し持っているかもしれない。
「その辺の話はもう聞き飽きたよ。さっさと言いたいことを言いな」
エメネがうんざりしたように言う。口調からして、どうやら本当に彼とは知り合いだったようだ。
「つまり、ですね。今、ケンウィックさんには身寄りがない。ベウィさんに関しても、いくらギルドが寛容だからといって、軍と揉めごとを起こしたことに対して、何もお咎めがないなど、あり得ない」
「けっ。あたしも除名ってことかい」
「まあ、いずれはそうなるでしょうね」
エメネの苛立った様子を見ても、アンクランは落ち着いている。それどころか、微かに笑みを浮かべた表情は先ほどから少しも変わっていない。
「ま、別にいいさ。ギルドや軍に入ったところで、結局は何かと面倒ごとに巻き込まれるだけだった。ちょっとばかしいい思いもできたし、好きにしな」
「そう結論を急がないでください。私は、あなたを除名したいなどと、露ほども思っていませんよ。それどころか、いてほしいとさえ思っている。ですから、一つ提案したいのです」
「提案…?」
「ええ。ケンウィックさんが、このギルドの実情をどれくらいご存じなのかは分かりませんが、正直に申しますと、ここは例えるなら冥界行きの列車が出る最後の駅です。ケプラン冒険者ギルドを利用する冒険者といえば、ほぼ全員がクリスタルタワーという過酷極まりない魔物の巣窟に挑戦する猛者ばかり。しかし、如何なる強者といえど、あの塔を制覇することは叶っていません。そう、全員がもれなく、亡き者となっているのです。最近では、ここを墓場だという者さえ出てきました。――私は、そんなケプラン冒険者ギルドのイメージを払拭したいのです。その昔、このギルドは日夜採掘に明け暮れる冒険者たちで賑わったといいます。かつてのようなギルドの姿を、私は取り戻したいのです」
アンクランは少し咳払いをした。その顔から笑みは消えている。
「すみません、話が逸れましたね。提案の件ですが、内容はこうです。お二人には、これよりケプラン冒険者ギルド所属の冒険者として、動いていただきたく思います。そして、クリスタルタワーを制覇していただきたい」
「はぁ!?」
エメネはカウンターを拳で叩きつけて立ち上がった。
「冗談じゃない。その見返りに、あんたがしてくれることっていったら、なんだい? たかだか巨人の情報の提供くらいじゃ、割に合わないってわかって言ってるんだろうね?」
「無論です。可能な限り、私がサポートいたします。軍とのいざこざも、私が根回しすれば、なかったことにできるでしょう。それから、クリスタルタワーに挑むにあたって、最適なパーティーをこちらで編成いたします。他にも細かいことはいくつかありますが、枚挙にいとまがありませんので、その都度お答えしましょう」
「ふざけんじゃないよ。あたしらは攻略勢じゃないの。それに、そもそも冒険者でもない彼を巻き込むなんて、正気の沙汰じゃない」
「そうですね、前代未聞でしょう」
アンクランの表情に再び笑みが戻ってきた。
セバスには、彼の考えていることがまるで読めなかった。
彼の言っていることはもっともだ。活気を取り戻したいがゆえに、ギルドをこんな有り様にしてしまったクリスタルタワーとやらを恨み、世の冒険者を引き付けてやまない強敵を排除したいと思っても不思議ではない。
ただ、どうしても、それだけが理由ではない気がするのだ。
「話を整理しても?」
セバスが口を開くと、アンクランはうなずいた。
「私たちは、紫眼の巨人――つまり、魔将軍ヘイトの情報が欲しい。しかし、アンクラン殿。あなたはその見返りに、クリスタルタワーを制覇してほしいと、そういうことですか?」
「まあ、要約すれば、そういうことでしょう」
「ベウィさんが言う通り、これでは割に合わないことは、私にもわかる。仮にあなたが、魔将軍ヘイトを倒すための弱点でもご存知だとしても、タワーの制覇は荷が重すぎる。私たちにそれを依頼する理由は? 勝てる確証など、もちろんありませんよ?」
「おっしゃる通りですね…。クリスタルタワーに住む魔神を倒すとなると、命懸けです。それどころか、件の巨人――あなたは魔将軍とおっしゃいましたが、それを倒すことだけでも、下手すれば命を落としかねない。それでも、私があなた方にお願いしたい理由…」
アンクランの表情が曇る。何かを考えているようだ。
セバスとエメネは、彼の次の一言を待った。
「…仕方ありませんね。ついてきてください」
唐突にアンクランが奥の部屋へと向かうので、残された二人は顔を見合わせた。




