エメネの推測
息も絶え絶えにやっとの思いで到着したケプランの町で、セバスとエメネは軍部へと直行した。
調査隊の帰還を今か今かと待ち続けていた軍の上層部は、帰ってきたのが二人と聞いて顔を曇らせたが、二人の報告を聞いて言葉を失った。
すぐに審議が行われるとのことで、その場から立ち去るよう命じられた二人は、軍の医療施設で診察を受けていた。
「私たち抜きで、巨人への対抗策を考えようというのか…」
ベッドの上に座って体中のあざや擦り傷の手当てを受けていたセバスは言った。
「ま、いいんじゃない? それが上のやり方なんだし」
隣のベッドで同様に手当てを受けているエメネはあっけらかんとした様子で言った。
「あなたは、それでいいのですね…」
「あたしは別に、上の決定とか興味ないから。それよりも、アレの正体を突き止めることが先決。というか、まあ、おおよその察しはついたけどね」
エメネの思わぬ発言に、セバスはベッドから身を乗り出した。
「ほ、本当ですか!? どうしてそれを上層部に報告しなかったのですか!?」
看護師に制されてベッドに居直ったセバスだが、目は依然として食い入るようにエメネを見つめていた。
「だから、言ったでしょ? 興味ないって。それに、正体がつかめたところで、あの人たちがまともな判断を下せるとは到底思えないからね」
「ま、まあ、たしかに…」
ここまでも、急ごしらえの部隊で調査だの討伐だのと命令するあたり、軍司令部の無能ぶりが見て取れる。『紫眼の巨人』打倒を目指すあまり、そこまで考えが至らなかった自分に恥ずかしさを感じる反面、彼女の冷静さには驚いた。
同時に、セバスの興奮は幾分か収まった。
「さて、と。看護婦さんたちには悪いけど、今のあたしの発言は忘れてもらわないとね」
「え…?」
エメネの言葉に、セバスの目は点になった。
「息止めて!」
エメネが叫ぶや否や、部屋中に緑色のガスが充満する。
ほぼ同時に倒れ込む二人の看護師たち。
「何を…!?」
エメネは人差し指を口元に当てると、黙ってセバスの手を引いて部屋を飛び出した。
「説明している暇はないから、早く!」
セバスは言われるがまま、エメネの後を追った。
ケプランにある軍の施設は、兵士が駐留するための宿舎以外に大きな建物はない。魔物以外に想定する外敵のいない昨今、町自体の守備以外の警備はお粗末といっても過言ではない。
さほど複雑な構造でもない建物から難なく外に出て、二人は郊外へと走った。
鎧を着ていないセバスも、疲労があるとはいえ、苦労せずについていくことができた。
エメネが向かったのは、ケプランから南西の小高い丘に位置する、彼女の自宅だった。自宅といっても仮のもので、空き家を住める程度に改装しただけの古い民家だ。
「入って」
エメネに促されるまま、セバスは中に入る。
室内に部屋は一つしかなく、マットレスの代わりに埃をかぶった古いベッドがあるだけだった。
「いつもここで生活を?」
思わず気になったセバスは彼女に尋ねた。
「まさか、ね。落ち着くから、研究の拠点にしてるだけ」
エメネはそう言いながら、床下に通じるハッチの扉を開いた。
「緊急用に、いろいろと隠してるの。主に食糧とかね」
彼女が床下から取り出した大きなバッグには、缶詰が大量に詰め込まれている。
「緊急用って、今回のような…?」
「いつもこんなこと、やってるわけないでしょ。今回は特別」
入口で立っているしかないセバスを尻目に、エメネは出立の準備を整えていく。
「だってあんなのに出会えるなんて、夢にも思ってないじゃない。あれを追わずして、何を追えっての? あたしの生涯をかけた研究資料が役に立つ時が来たのよ」
あれ、とは、紫眼の巨人のことだろう。
「ところで、さっき、正体がつかめたと言ってましたが…」
「あくまで推測の域を出ない話。聞きたい?」
エメネは支度の手を止めて、こちらを向いた。
「もちろんです」
セバスはうなずく。
「そうだね…、どこから話せばいいのか…」
エメネはバッグから取り出した水筒を開けて、何かを飲んだ。
いるか?というような仕草を受けて、セバスがうなずくと、彼女は水筒を投げた。
セバスが恐る恐る口につけたそれは、ブドウ酒と思われた。
「あんた、冒険者って知ってる?」
冒険者…。会ったことはないが、聞いたことはある。ケプランにもギルドという冒険者の組合みたいなものがあって、彼らはそこで一般の人や組織から依頼された任務をこなすことを生業としているらしい。その内容は多岐にわたり、魔物討伐もすれば、民間人の警護もするし、物を作ることもあれば、奪うこともある。果ては人殺しまでする集団だ。セバスにとって、彼らの印象はいいとは言えなかった。
「話に聞くくらいです。詳しくは…」
「そう。ま、それでもいいの。冒険者のやることなんて、みんなバラバラだし、まとまった団体とは到底言えないもんね。かく言うあたしも、冒険者なんだけど」
「え…」
セバスは驚きを隠せなかった。
冒険者が従軍することなど、可能なものなのか…。それも、自分が知らなかっただけかもしれないが。
「軍にも、冒険者の特別枠ってのがあってね。あたしは世界中の魔物を調べてまわることに命懸けてるから、命令であちこち飛ばされて、しかも移動費や食費を負担してくれる軍はいい職場だったってわけ。まあ、その話はいいわ」
エメネはどうでもいいというように手をヒラヒラと振った。
「その冒険者の中でも、特に戦いが好きな連中がいる。そいつらは、世界を旅して強い魔物や名だたる英雄と戦って、名誉を勝ち取ることに命を懸けてる。あたしには理解できないけどね。んで、彼らが見つけた中で今、この世界で最も強いとされているモノ…。それが、さっきの巨人。名を、ヘイト。魔将軍って呼ばれてる」
魔将軍、ヘイト…。そんな存在、聞いたこともなかった。
セバスがピンとこないといった表情をしているのが分かったのか、エメネは補足した。
「知らなくても不思議じゃない。かの冒険者たちは、魔将軍のことは話したがらないから。自分が負けたことが悔しいのか、手柄を独り占めしたいからかは知らないけど」
「その――ヘイトというのは、魔物なんですか?」
「分類ではそうね。魔物という位置づけになってる。なぜかって言うと、それはクリスタルタワーの番人だから」
「クリスタルタワー…?」
「見たことあるでしょ。レヌシアの森の北に建ってるバカでかい水晶の塔。頂上には魔神フェガリが住んでるっていう…」
脳裏によぎる、光る水色の塔。
魔神フェガリというと、子供の時に母親がおとぎ話として、寝る前に聞かせてくれるような物語に登場するので知っているくらいだ。神話や伝説に語られるものが、まさか真剣な会話の中で真実味を帯びて出てくるとは思わなかった。
「魔神フェガリなんて、てっきりおとぎ話かと…」
「普通の人ならそう信じてるはずよ。遠い昔に魔物と人間とが共生してたなんて、誰も信じるわけないもの。けど、事実、そういう時代があった。ある時、人間が魔物に戦争を吹っ掛けるまではね。その時、唯一魔物の側で人間と戦ったのが、フェガリという人間の男だった。劣勢になって次々と死んでいく魔物たちを見て、フェガリはこれ以上悲しみを生み出したくないという一心で、あの塔を造って頂上に立てこもった。それ以降、ただの一人も彼の姿を見た者はいない。塔に向かえば、フェガリの力によって強化された魔物たちが襲ってくる上に、フェガリがいるとされる100階の一つ下――99階の広間には、人ならざる番人が、上に続く門を守っているから」
「それが、魔将軍ヘイト…?」
「そう。噂や文献でしか見聞きしてないから、確かなことは言えない。でも、あの特徴が一致するのは、あたしが知る中でも魔将軍ヘイトだけ」
「なるほど…、状況は、思っていた以上に深刻なわけですね…」
セバスは呟いてブドウ酒に口をつけた。
「もっといいことを教えてあげようか?」
珍しく、エメネはいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
セバスが答えないでいると、彼女はなぜか嬉しそうにこう言った。
あれは、未だかつて負けたことがないのだと。
無敗の神将…。そう呼ばれていたグリテッド王国の将軍なら知っている。その将軍は、如何なる逆境でも巧みな策を弄して、数々の戦場で勝利を収めていったという。まあそれも、まだ人と人とが戦争をしていた時代の話だが。
「数多の高名な冒険者たちが、魔将軍に挑み、敗北した。だからこそ、魔将軍ヘイトは全ての冒険者にとって仇敵であり、目指すべき目標でもある」
エメネは付け足した。
「しかし、そのヘイトというのはクリスタルタワー99階の番人なのでは? 塔の外にいるなら、別の魔物という可能性も…」
「もちろん、その可能性は大いにある。けど、そんな力を持った魔物が一体どころか二体もいて、片方はその辺をうろうろしてるだなんて、ぞっとしないね。あたしは大歓迎だけど」
彼女の言う通りだ。仮に別物だったとしても、『紫眼の巨人』の脅威はクリスタルタワーの番人と同等か、それ以上だ。腕利きの冒険者でも敵わない相手に、どう太刀打ちすればいいのか。
「さて、と」
エメネはセバスの持っていた水筒をふんだくると、まるで水のようにゴクゴクと飲んだ。
「ここまではあくまで推測の域を出ない。確証を得るためにも、向かわないとね」
「向かうって、どこに?」
「ケプランよ」




