黒きオーラの力
逃げ出した男女はシルバに追わせているが…、あまりここで時間をとられるのも得策ではないな。
ヘイトは今にも爆発しそうな復讐の炎を胸に感じながらも、冷静さを欠かずに保っていた。
俺はあの人間どもと会ったことはないはずだ。なのに、これほどまでに彼らが憎いのはなぜだ? 俺は、あの人間どもを知っている…?
そんな疑問も抱いていたが、今はなりふり構っている場面ではない。死に物狂いで自分を殺しにかかってくる集団が目の前にいるからだ。とはいえ、彼らがヘイトにとって取るに足らない存在であることは、紛れもない真実なのだが。
「奇襲のつもりか知らないが、相手の戦力を上回らなければ、意味を成さないな」
そんなことを呟きながら、ヘイトは右手を空に掲げた。
「終わらせよう」
そうして、掲げた右手を地面に振り下ろそうとした、その時だった。
「ん?」
右腕が途端に重くなった。それこそ、持ち上がらないほどに。
だらんと力なく垂れた腕を見ると、そこには深々と一本の矢が刺さっている。
今一つ、状況を読み込めなかったヘイトは、目の前で息巻く人間たちを見た。今や彼らは、全員が弓を捨てて剣を手に、今起きた出来事を見て沸き立っている。
彼ら…ではない。では、誰が…?
「また会ったな、デカブツ…」
聞き覚えのない声が、右の方から聞こえた。
見やると、そこには一人の男が立っていた。弓に矢を番え、真っ直ぐとこちらを狙っている。一見すると普通の人間となんら変わらない。ただ一つ、異様なのは、男が身に纏うオーラだ。どす黒く、燃え盛る炎のように彼を包んでいる。それは、ヘイトの心の内で渦巻く復讐の炎を具現化したかのような見た目をしていた。
「誰だ…?」
ヘイトは剣を地面に突き立てて、右腕に刺さった矢を引き抜いた。
ズブリと鈍い音がして、傷口から血が流れ始める。矢はヘイトにとって小さいもののはずなのに、傷口は槍で抉られたかのように深い。
「あんたは覚えてないだろうな…。この村に、俺がいたことを」
皆、一様にして二人のやり取りを見ていた。矢を放った者が見知ったものではないと分かって、射た人間か敵か味方か判別しようとしているのだろう。
「この村に…。そうか。俺が殺し損ねたのか」
「そうだ。お前が殺し損ねた。そのせいで、俺はこんな姿になってしまった」
こんな姿、というのは、恐らく黒い炎のようなオーラのことだろう。
まさか、自分に傷をつけ得る人間が現れることになろうとはな…。いや、まあ、存在しないと思っていたわけではなかったが。
徐々に塞がっていく傷口を確認しながら、ヘイトは考えていた。
あの男が身に纏っているオーラ。あれほど強烈な殺気を出していれば、普通であれば気が付くはずだ。それがなぜ、気配に気が付けなかったのか。そもそも、この村を襲撃していたときに、あの男は現れなかった。
「どうした? 不思議でたまらないか? 村を襲われた人間が復讐しに来たことが」
黒いオーラの男は鼻で笑った。
「いや、当然のことだ」
「なら、なんだ、どうして何も言わない?」
「答えるべきことだったのか?」
「何?」
「俺のせいか知らないが、お前がそんな姿になったことに対して、俺は何か言うべきだったのか?」
「なんだと…」
どうやら、黒いオーラの男の気分を害してしまったらしい。
「まあいい。俺はお前を倒すだけだ」
男は言った。
「神のいたずらか何か知らないが、俺はこの力を授けられた。ならば、存分に使わせてもらう。たとえこれが、お前の力の一部なのだとしてもな…!」
――俺の力の一部、か。なんらかの原因で溢れ出した俺の力が人の体に乗り移ったのか。
ヘイトは妙に納得した。
あの男には少なくとも、俺に復讐したいという感情がある。それを依り代に、俺の力の一部が憑依してしまった――。考えたくはないが、その推論が妥当だろう。
それならば、俺の体に傷をつけたことも説明がつく。なぜならあれは、疑似的な俺自身の攻撃なのだから。
疑問がある程度解決したことで、ヘイトの頭の霧は晴れた。
「好きにしろ」
ヘイトは言った。
「そうさせてもらう!」
黒いオーラの男は弓に矢を番えると、続けざまに三本の矢を射かけてきた。
人間が放つそれとはかけ離れた速度で飛んでくる矢を剣で振り払い、即座に反撃に出る。
「力の使い方を、まだわかっていないな」
ヘイトが右腕をかざすと、そこから黒い火球が数発放たれ、男に向かって放物線を描きながら飛んでいった。
「使い道が分かってれば、それでいいんだよ!」
男は地面を滑るようにして接近しながら、矢を放った。
それに対して、ヘイトは地面に剣を突き立て、そこから前方に地割れを起こす。
男が高々と空中に飛び上がったのを見て、ヘイトは剣を投げつけた。
真っ直ぐ男に向かっていく剣は当たったかのように見えたが、男は間一髪のところで身を翻し、通り過ぎていく剣の刀身を駆けてヘイトに向かってくる。
「無防備だな、怪物!!」
男が叫ぶ。
「バカが…」
ヘイトはそう言わずにはいられなかった。
至近距離にまで接近してきた男が番えた矢を放とうとした瞬間、ヘイトの手元に黒い炎を巻き上げながら剣が現出した。
「なっ!?」
男の視線が剣の方に向く。
ヘイトはそれを見逃さなかった。
空いた方の手で、男の死角からヘイトは強烈な打撃を食らわせた。
「ぐわっ!」
男が呻きながら地面に叩きつけられる。
「ろくに戦闘も経験していないと見える。よくそれで俺に復讐などと言えたものだ」
ヘイトは容赦なく男の頭を鷲掴みにした。
苦しげに喘ぐ男を紙くずのように天高く放り投げたヘイトは、後を追って飛び上がった。
「その力、返してもらうぞ」
ヘイトはそう言うと、重力で戻ってくる男に、剣の一撃を浴びせた。
ヘイトの大剣は、おおよそ刃物と呼べるものではない。刃は丸く、斬れるものなどありはしない。しかし、ヘイトという多大な力を有する者が扱うと、それは刃物にもなり得るのだ。
空中で、男の体は真っ二つに叩き切られた。




