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クリスタルタワーの魔将軍 ~最凶の魔物の復讐劇~  作者: 鹿竜天世
第一章 最凶の魔物
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邂逅、そして

 エメネが右へ左へと奔走する様子を眺めていたセバスは、ふと視界の片隅で光る何かを発見した。


「今――、何か光った…?」


 光源の正体を確かめるべく周囲をうろうろしていると、やがてそれが先の魔力測定器であることが分かった。


 先ほどまで弱々しく黒い光を放っていた測定器が、狂ったように光り輝いている。だが、ちっとも眩しくはないのだ。その中心は深い穴が開いているかのように黒く、見つめていると吸い込まれそうだ。


 どうやらエメネを含む他の調査員は痕跡の調査に集中するあまり、このことにまだ気が付いていないらしい。


「ベウィさん――」


 セバスが彼女を呼び止めようとした、その時だった。


 不意に言い知れぬ危機感が襲った。まるで蛇に睨まれた蛙のように、体が言うことを聞かない。ピリピリとした空気が辺りを包み、意思とは関係なく手が震えはじめる。


 ――異常だ。何かが来る。


 そう感じたセバス同様、調査員の何名かも同じ空気を感じているようだった。ピタリと動きを止めて、微動だにしない。


「セバス!」


 ふいに名を呼ばれ、セバスの体の硬直は解かれた。


 振り向くと、森の中を見つめたまま大声を張り上げるレオの姿があった。


「セバス! 来い!」


 言われるがまま、セバスはレオに走り寄る。


「感じるか…?」


 レオが静かに言う。


 森の一点を見据えて身動き一つしないレオに、セバスは若干の恐怖を覚えた。


「はい…」


「ヤツだ…」


 『ヤツ』。それが何を意味するのかは明確だ。だが、セバスにははっきりと理解できなかった。まだ見ぬ『紫眼の巨人』の全貌がつかめていなかったからなのか、予期せぬ遭遇に頭の理解が追いついていないだけなのか。どちらにせよ、ぼんやりとしかイメージできない脅威に対して、次に起こることが何なのか、全く想像もつかない。


「まさか、こんなに早く会うことになるとはな…」


 レオの言ったその一言は、この場で気配を察知している誰しもが思ったことだろう。


「いいか、セバス。今から言うことをよく聞け」


 レオの視線は依然として動かない。


「雰囲気だけで分かる。今の俺たちに、あの怪物と戦えるだけの力はない。対抗策のない今、無駄な流血は避けたい」


「はい…」


「お前は、エメネを連れてケプランへ走れ。そして、少しでも多くの情報を持って帰るんだ。それが、今後、あいつと戦う上で重要なカギになる」


「し、しかし、隊長は…?」


「俺は俺の任務を全うする。なに、タダでやられてはやらんさ」


 レオの表情が柔らかくなり、視線が一瞬、セバスに向いた。


 セバスは悟った。彼はここで、自分たちを逃がすために命を懸けるつもりなのだと。


 まともな判断ができないような緊迫した状況であっても、彼が死ぬつもりだと分かるくらいには冷静だった。だからこそ、反論せずにはいられなかった。


「私も残ります」


 レオの表情は険しくなった。


「この期に及んで、俺を困らせないでくれ。俺の言いたいことは分かるはずだ。一人でも生存者を残すことが、今は最優先事項だ。正直、エメネさえ生き残ってくれればいい。そう思って、お前を引き合わせたんだからな」


 これ以上、ここで論じるのは野暮だと思われた。


 隊長の言っていることも理解できる。私のことを、死んでもいい存在などとは思っていないことも。


 セバスは引き下がる。


「分かりました。ですが――」


「分かってるさ、言ったろ? タダでやられてやるつもりはない。それどころか、生き残ってやろうとさえ思ってる。もし、ここで巨人を倒して帰れば、俺は英雄だ」


 レオの口角が上がったのを見て、セバスは奮い立たされたような気持ちになった。


「隊長、ご武運を」


「お前もな」


 『紫眼の巨人』の襲来を予期して、もはや調査隊の誰もが森の一点を見つめていた。少しばかり戦い馴れている者ならば、感じずにはいられないほどの殺気だ。


 その静寂の中を、セバスは走り抜けていった。


「ベウィさん」


 エメネだけは、地面を抉った傷跡の深さを調べようと躍起になっていた。


「なに? 今、忙しいんだけど」


「巨人が来ます」


 単刀直入にそうとだけ伝えると、エメネは眼鏡を人差し指で上げた。


「嘘じゃないよね…? 嘘だったら、承知しないよ?」


「本当です。この気配、間違いない」


「へぇ…、あんたが感じた気配か…」


 エメネはまだ信用していないようだ。


「この場にいるみんなが感じている。私だけじゃありません」


「ふぅん…」


「隊長からの命令で、あなたを逃がせと言われました。すぐにここから立ち去りましょう」


「アレが来るってのに?」


「だからこそです。時間がありません。早く――」


「うわぁーーー!!」


 背後で爆発音のようなものが起こり、誰かが叫んだ。


 ――始まった。


 早まる鼓動を感じながらも、努めてセバスは冷静に振る舞った。


「ベウィさん、急いで」


 さすがに危機を感じて同意してくれるかと思ったセバスだったが、エメネの反応は違った。


「バカ言わないで。せっかくお目にかかれるってのに、これを逃す手はないじゃない?」


 すっくと立ち上がると、エメネは真っ直ぐ音の方に向かいだした。


「ちょ、ベウィさん!」


 制止しようと後を追うセバス。


 が、目の前に広がる光景を見て、その足は止まった。


 木々の間の暗がりに光る二つの眼光。全体は暗くて見えないが、森が途切れたこちら側に、馬鹿みたいに大きい剣の切っ先が現れている。そして、先ほど叫んだと思われる兵士が倒れている場所には、黒く焦げた跡と煙が残っていた。


「あれが…紫眼の巨人…」


 ゆっくりと現れ出でる巨躯を前に、調査隊の面々はたじろいでいる。


 即席の部隊で訓練などまともにされていない兵たちに連携などとれるわけもなく、調査隊は陣形もとらずに各々に剣を抜き、後退っていく。


 森から完全に姿を現した『紫眼の巨人』は、その巨大な剣を一振りした。


 第一に、人が頭上を飛んでいった。


 第二に、竜巻の如く風が巻き起こった。


 そして第三に、耳が雷鳴を聞いた。それが風の轟音と気が付くまでに、数秒を要した。


「す、すごい…。こんなのが存在するなんて…」


 エメネは感嘆の声を漏らしている。しかも、その足は一歩ずつ前進している。


 我に返ったセバスは、エメネに飛び込んだ。


 倒れ込む二人。彼女に覆いかぶさったセバスの上を一薙ぎの風が通り過ぎていく。


「正気ですか!? 突っ込んだら、間違いなく死んでしまう! あなたが死んだら、誰がアレの情報を伝えるんですか!?」


 セバスの剣幕に押されたのか、エメネの視線は宙を泳いだ。


「ま、まあ、この目で姿を見られたことだし――」


 言い終わらないうちに、地響きが轟き、彼女の声はかき消される。


 セバスは立ち上がって彼女に右手を差し出した。


「早く逃げましょう」


 エメネもうなずいて、セバスの右手を取って立ち上がる。


 そうして、二人は『紫眼の巨人』を背に走り出した。背後に金属のぶつかる音と悲鳴を聞きながら。


 脇目もふらずに森へ入り、全速力で木々の間を縫っていく。軽装のエメネも、訓練によって鍛えられたセバスの後を遅れることなくついてきていた。


 しばらく走ったのち、背後の喧騒が遠のいて聞こえなくなった頃、二人は小休止のために立ち止まった。


「とりあえず、ここまでくれば、大丈夫でしょう…」


 体力には余裕があるが、いかんせんスピードを上げてきたせいで息が切れる。


「そんなの着ていて、意外と、走れるのね…」


 木にもたれかかったエメネは言った。


「これでも、一応、訓練はしていますからね」


 警ら隊の正式装備は鎧だが、重装兵などと違って防御面では劣るが、比較的軽いものが採用されている。関節部分に身を守る装甲はなく、可動域も広くとれるように作られている。


「隊長…」


 もはや物音一つ聞こえなくなったために、戦闘の様子は全く把握できない。


 セバスはレオの身を案じていた。


「ま、助からないだろうね」


 あっさりと言い放つエメネ。


 苛立ちを覚えてもおかしくないセリフのはずなのに、不思議とセバスの心は穏やかだった。


 ――諦め。その表現が正しいのかは分からないが、恐らく、それに似た感情が、知らず知らずのうちに生まれていたのだろう。自分自身、そう思いたくはないのに、助からないという言葉は妙にしっくりときた。


 実家を出てケプランに来てからというもの、ずっと世話になってきた人物がレオだった。やる気だけでなんでもがむしゃらに取り組めば報われると思っていたあの頃、自分の手を引いて道を示してくれたのだ。「誰でもそうだが、望むのは平和だ。俺たちが活躍する場面なんて、ないほうがいいんだよ」。彼はそう言っていた。


 レオに拾われて警ら隊の仕事を続けるうち、自分自身にも変化があった。人々の役に立って父を見返したい…。その思いが消えるわけではなかったが、町が平和で、自分たちに仕事がない状況が嬉しく、誇らしくもあった。


 そういえば、ある夜の酒場での騒動でも、隊長にお世話になったことがあった。現場に居合わせたのが自分だけで、どうにかしないとという焦りが裏目に出て、仲裁するつもりが相手を逆上させてしまった。騒ぎが大きくなってきた頃、それに気が付いて場を諫めたのが隊長だった。あの場にいた誰もが頭に血が昇っていたのに、隊長だけは終始、冷静だった。後で聞いたら、「バカ言え、おっかないに決まってるだろ」と、笑って言っていた。


 過去を思い出して笑みを漏らしたセバスは、気持ちを切り替えた。


 感傷に浸るにはまだ早い。私たちには、やるべきことがあるのだから。


「もう少し休憩したら、進みましょう。『紫眼の巨人』がいつ町に来るかもわかりません」


 エメネは黙ってうなずいた。


 彼女の表情から心情までは読み取れなかったが、今が魔物について語るべき時ではないことくらいは察したらしい。


 ただ、セバスには、彼女が少し思いつめた目をしているようにも感じられた。

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