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クリスタルタワーの魔将軍 ~最凶の魔物の復讐劇~  作者: 鹿竜天世
第一章 最凶の魔物
19/103

調査隊

 そんなこんなで、ヘイトたちは集落の近くの茂みの影に息を潜めた。


 様子を窺うと、なるほど甲冑を身に着けた者たちが何人か、家屋の周りで話し込んだり、屈んで何かを調べたりしている。


 しばらく観察していると、甲冑を着けた者たちの中に異なる衣装をまとった人間が数名いることが分かった。彼らは服装に統一性がなく、恐らくはいずれの組織にも属さない存在か、何らかの役職を持った人間であろうことがうかがえる。


「シルバ、少し話を聞いてきてくれないか? 奴らがどこの誰で、どれほど俺たちの情報を掴んでいるのかを知りたい」


茂みの葉の隙間からなんとか人間を見ようと格闘していたシルバは、ヘイトに言われて目を輝かせた。


「任せてください!」


 彼女はそう言うと、極小の分身を作り出した。


 米粒ほどの大きさのシルバの分身は本体から産み落とされると同時に、消えたかと錯覚するほどの速度で走り去った。



「話には聞いていたが、実際に見てもにわかには信じられんな…」


 例の巨人の襲撃を受けたといわれる村の調査に来たレオは、足元にある地面を抉ったような巨大な痕跡を目の当たりにして言った。


「相当な力ですね…」


 セバスも言葉を失った。


 村の凄惨さを見れば、誰でも理解できる。この村で何が行われたのか。


 そこかしこに飛び散った血痕、クレバスのように裂けた地面、半壊した家々…。遺体は惨たらしく放置され、鳥もついばめぬほど虫が湧いている。


 村全体を覆う異臭に顔をしかめながらも、調査隊は村の中を進んでいった。


「へえ、なるほど…。珍しいこともあったもんだねぇ…」


 誰もが顔を覆わずにはいられない有り様を前に、一人興奮気味に呟く女がいた。


「彼女はエメネ・ベウィ。討伐隊に配属されたが、魔物に関して並外れた知識があるので同行してもらった」


 集合の時に、あんな女性はいただろうか。


 訝しげにエメネを見ていたセバスに、レオが説明をしてくれた。


「この状況を見ても平然としていられるなんて、よほど肝が据わった人なんですね…」


 呆気に取られていると、レオはスタスタと彼女に近づいていった。


「エメネ、何か分かったのか?」


 そう問われて、赤髪のエメネは答える。


「んまぁ、得られる限りの情報は大体ね…」


 そう言って赤い縁の眼鏡を上げる彼女に近づいて、セバスは目のやり場に困った。


 戦闘服なのだろうが、胴の半分くらいまでしかない革のジャケットと、胸に巻いたさらしで、素肌の半分以上が露出している。ホットパンツもギリギリの丈まで切り詰めているようだ。そんな身軽な格好とは裏腹に、肩から大きく膨れ上がったカバンをぶら下げている。


 いくら動きやすいとはいえ、体を防備する気など毛頭ないように思える。


「調査隊のセバス・ケンウィックです」


 セバスが手を差し出すと、エメネは黙ってそれを見た。


「握手だ、エメネ」


 硬直する彼女にレオが優しく言うと、エメネも片手を差し出す。その手はひどく汚れていた。


 恐らく、周囲に散乱した血や肉を触ったのだろう。


 気が付いた時には遅かった。さすがに手を引くのは失礼すぎると思われたので、セバスは息を止めてこらえた。


「どうした? 苦虫でも噛み潰したような顔をして」


 レオが薄ら笑いを浮かべて言う。何が原因か知ってのセリフだろう。


「い、いえ、なんでもありません…」


 べっとりとした感触から解放されて、セバスは息を吐きだした。


「それで、何が分かった?」


 気を取り直した様子でレオは言った。


「まず、これはあたしの知る範疇の生き物じゃない。大型の魔物は数知れず見てきたけど、そのどれにも特徴が当てはまらない。そもそも、地面にこれだけ大きな傷をつけられる時点でおかしい。魔法か、あるいは突然変異体か…」


 エメネが小動物のように周囲を探索するのを、目で追いかける。まるで木の実を探して奔走するリスのようだ。


「魔法を使うなら、その痕跡が必ず残る。ちょっと、これ持って」


 そう言って彼女がカバンから取り出したのは、手持ちのランタンによく似た代物だった。


「これは?」


 受け取ったセバスは尋ねる。


「周囲の魔力を吸収して、その強さと種類を調べる測定器」


 淡々と答えたエメネは、足早にその場を去っていった。


「よし、じゃあ、セバスはエメネの助手ってことでいいな」


 レオはいたずらっぽく笑みを浮かべて言った。


「え、ちょっと待ってください」


 セバスが言うのも聞かずに、レオは他の隊員のもとへ歩き出す。


 なぜか知らないうちに、妙な人に付き合う羽目になってしまった。


 しかし、と思い直す。


 エメネは一見すると偏屈そうだが、魔物に対する知識はかなりあるようだ。彼女に付き添っていろいろと聞くのは、後学のためにもいいかもしれない。


 魔力の測定器を持って突っ立っていると、やがてエメネが戻ってきた。どうやら調査隊が連れてきた荷馬車に向かっていたらしい。手には幾重にも巻かれたロープを持っている。


「ちょっと、いつまでそれ持ってんの? まさかずっと持ったままそこで立ってるつもり?」


 エメネに言われて、手元のランタンもどきに目を落とす。


「と、言われても、どうしたらいいのか…」


「え? 使い方、分からないの?」


 エメネは目を見開いて言った。


「ええ、まあ、初めて見たもので…」


「貸して」


 エメネはぶんどるようにセバスの手から測定器をもぎ取ると、傘の部分を取り外して地面に置いた。


「こうしてこいつが魔力を集めるのを待ってればいいの。その間に他のことするよ」


 彼女は持ってきたロープを広げ、片端を持つようにセバスに指示する。


「これは何に使うんだ…?」


 半ば独り言のつもりが、彼女にはしっかり聞こえていたようだ。


「これも測定器の一種。あたし専用だけど」


 これが測定器? ただの太めのロープにしか見えない。


「ほら、あちこちに紐が巻かれてるでしょ。これは各地で測定したあらゆるものを色別に記録したもの。これをあたしの手帳と照らし合わせれば――」


 エメネはカバンからボロボロに擦り切れた手帳を取り出した。あちこちのページに栞の代わりと思しき紐や紙切れが挟んであり、それがてんでバラバラな方向に飛び出している。


「ほら、すごいでしょ」


 エメネが開いたページには、なるほど、あらゆる測定値がびっしりと書き込まれていた。


「この緑の紐は、これ。クアラナクトルの尻尾の長さだね。こっちの緑はリビエルナル。この赤いのはガジャドーナドラゴンの翼の大きさ」


 説明されなければ分からないが、紐の位置と色でどんな生き物の何を記録したのか、彼女の頭には記憶されているようだ。


「すごいな。これは全て、あなたが?」


「当たり前でしょ。他に誰がやるって言うの?」


「いや、それは…」


 セバスが答えあぐねていると、エメネはロープの一端を持ち、大きく裂けた地面の亀裂の端に立った。


「亀裂の大きさを測るんだから、あっちの端に立って」


 言われて慌てて歩き出す。


 現地での調査には慣れているのだろう。エメネの手際の良さには目を見張るものがある。自分にも、普段、町で起こった事件の調査経験はあるが、ここでは到底役に立ちそうにない。


「オーケー。測定完了。…だけど、やっぱり規格外。デカすぎ。こんなの、どんなに大きい翼竜が暴れてもつくわけがないよ」


「話では、人型の魔物ということですが?」


「ああ、紫眼の巨人のこと? あたし、基本的にそういう噂話みたいなのは信じないの。その辺の人って、魔物のこと知らなさすぎるもんね。自分の体験とか、パッと見で勝手に決めつけたりするから、当てにならない」


「自分で調べたほうが、信頼性が高いということですか」


「信頼性が高い、じゃない。確実に信用できる。これまで自分が見てきたものは、間違いなくあたしが出会ったもの。そのすべてをあたしは解明してきた。今回も必ず突き止めて見せる。分かったら、ほら、次」


 揺るぎないエメネの自信のもと、調査は進んでいく。


 セバスはその後も裂け目の深さを測り、建物の残骸をあさり、巨大な足跡の型をとったりした。


「ええっ!」


 それはセバスが魔力測定器を回収していたときだった。


 近くで足跡の特徴を記録していたエメネが突然声を上げたのだ。


「どうかしました?」


 測定器を抱えて駆け寄ると、彼女は地面に這いつくばって何かを探していた。


「どうしたもこうしたも、これはすごい発見になるかもしれない!」


 ここにきて、かつてないほどの勢いでそう言うエメネ。


 セバスが見た感じでは、地面に特に変わった点は見当たらない。きっと、長年の経験で培われた彼女の感性が、何かを感じ取ったのだろう。


「見て、ほら、これ!」


 何の変哲もない地面を指さして、エメネは言った。


「な、何かあるのか?」


「何!? 見えないの?」


 セバスの一言に、エメネは声を荒げた。


「まあいいわ。あんた、素人だったもんね。特別に説明してあげる」


 エメネは立ち上がってセバスの横に立つと、自分の発見のすごさを説明し始めた。


「ここからだとよく見える。何かを引きずったような跡があるでしょ」


 目を凝らして周囲と見比べてみると、確かに地面の表面の土が、ならされている箇所がある。


「帯状に広がったこの跡は、スライム系のモンスターが通った証。その中でもこの大きさってなると、種類は限られてくる。かなり大きめだからね。挙げられるのは、グロウスライムかアーススラッグか、あと何種類か。けど、この足跡はその中の何にも属さない、決定的な特徴を残してる。それが、これ」


 エメネは鼻が地面にくっつくくらい顔を寄せると、セバスを横目で見た。


「あんたも見て」


「え、ああ…」


 少し抵抗があったが、ここまで来たら仕方がない。セバスもギリギリまで地面に顔を寄せる。


「帯状の足跡の真ん中…。少しくぼんでるところがあるでしょ。そして、それがずーっと続いてる。まるで二本足を持って歩いてるみたいに」


 エメネは四つん這いになってくぼみを追いかけながら、右、左、右、左、と呟いた。


 なるほど、そう言われてみると、そんな気がしないでもない。


「つまりこれは!」


 いきなり立ち上がったエメネが大きな声を上げる。


「これは、他ならないシルバーメタリックって種類の魔物に間違いない」


「シルバーメタリック…?」


 首を傾げたセバスに、エメネは呆れた。


「まさか、シルバーメタリックまで知らないとはね。冒険者の間じゃ出会えたら幸運って大人気の魔物なんだけど。まあ、仕方ないか。あんたはどう見てもただの兵士だもんね」


 ただの兵士とは失礼な。これでも市民を守っている自負と責任はある。冒険者のように世界を旅することはできないが、誇りをもって職務に励んでいるつもりだ。


 何か反論しようと口を開きかけたが、それを遮るようにしてエメネは言う。


「シルバーメタリックってのは、ヴェルツ大石窟を中心に広範囲に生息してる銀色の魔物で、スライムの一種。恐ろしく硬くてすばしっこいけど、その分、倒したらいいことが起こるっていうのは、冒険者の間じゃ有名な話。ま、あたしはそんなのには興味ないけど。それよりびっくりなのは、こんなところにまでいるってこと。シルバーメタリックは本来、戦いを好まないモンスターで、いくら広範囲に棲んでるからって、個体の活動範囲はそんなに広くないはず。しかも大きい。これだけ大きいのは珍しい。…ん?」


 まくし立てるように話していたエメネは、突如として動きを止めた。


 そして、セバスの抱えていた魔力測定器をふんだくった。


「あああああ!!」


 測定器を見たエメネが叫び声をあげる。


 周囲の調査隊の面々が顔をしかめてこちらに注目する中、セバスは恐る恐る聞いてみた。


「ど、どうしました?」


「やっぱり! そうか! そういうことだったのか!」


 興奮も最高潮に達した彼女には、もはやセバスの声など聞こえていないようだ。


 そこに、異常を察したレオが様子を見にやってきた。


「どうした、大声を出して。近くに魔物でもいたら襲われかねんぞ」


 ようやく救いが来た気分で、セバスはレオに状況を説明する。


「さすがは研究者って感じだな」


 セバスの話を聞き終わったレオは肩をすくめると、エメネに向き直った。


「エメネ。何が分かったのか説明しろ」


 少しきつい口調で言われたからか、流石のエメネも唾をのむ。


「は、はい…。ええ、と、結論から言うと、あなた方の言う『紫眼の巨人』の正体はいまだ掴めてない、です。ただ、相手が物凄く強大な魔力を有しているだろうことは判明し…ました」


 敬語を使い慣れていないのか、急に彼女の口調はたどたどしくなったが、レオは興味深そうにエメネの話を聞いている。


 彼女は持っていた魔力測定器をレオに見えるように掲げた。


「ご覧の通り、魔力の反応があれば強さによって明るさが、属性によって色が変わるこの測定器も、今は反応してい…ません。ただ、微量の魔力は残っていたらしく、薄っすらと黒く光っているのが分かる…ます。そして、村に残っている跡から、ここには二種類の生き物がいたことも判明済み…です」


「『紫眼の巨人』と、そのシルバーメタリックか」


 レオが口を挟む。


「はい…。シルバーメタリックの魔力は高が知れている…ます。なので、この黒い魔力の持ち主は間違いなく大型の魔物のものということになり…ます」


「だが、測定器の反応は大きくないのだろう? どうして『紫眼の巨人』が多大な魔力を持っているといえる?」


「それは、シルバーメタリックの持つ性質…です」


「性質?」


 レオはハッとした表情をしていたが、まだエメネの言うことの意味が理解できなかったセバスは尋ねた。すると、レオは自慢げに答えた。


「辺りに漂う魔力を吸収するのさ」


「そう…です。シルバーメタリックは食事を摂らない魔物。彼らの栄養は空気中の魔力によって補われ…ます。今回、足跡を見つけたシルバーメタリックも例外でない。無意識のうちに、『紫眼の巨人』が放つ魔法や魔力を吸収している…です。その証拠に、このシルバーメタリックの足跡は、通常のサイズよりもかなり大きい…です」


「なるほどな。大きな魔力の供給源に味を占めたシルバーメタリックが、常に付近をうろついているということか。しかし、その魔物は姿を目で追うことすら困難なほどすばしこい奴だ。『紫眼の巨人』を追う手がかりには使えなさそうだな」


 レオが冷静に分析する。


「同時に、魔力の痕跡を追って『紫眼の巨人』を追跡することも難しいことが分かった。手段を絞れたことは進展と考えていいだろう。それに、ま、エメネ的には大きな発見だろうな。よかったじゃないか」


 エメネは答えないが、微かに頬が赤く染まっているのが分かった。…照れているのだろうか。


「で、エメネ。一つ気になるんだが、魔力をこのまま吸収し続けたとして、巨人とシルバーメタリック双方が受ける影響はどうなる?」


 レオの質問に、エメネは考え込んだ。


「シルバーメタリックがここまで肥大化するのは極めて稀な話…。これはあくまで予想に過ぎ…ませんが、『紫眼の巨人』は弱体化の一途を辿り、シルバーメタリックはどんどん巨大化するものと思い…ます。まあ、村の様子を見る限り、巨人が戦闘不可能なほど弱体化するのはまだまだ先の話かと…」


「そうか…。期待はできないな」


 レオは呟くと、村全体に休憩をとるように言い渡した。


 一同は各々、落ち着ける場所に移動して休息を取り始める。


 セバスも温かいコーヒーを手に、村から外れた石の上に腰かけた。


 結局、『紫眼の巨人』を見つける――あるいは倒す手段に繋がる情報は得られなかった。


 戦おうにも、姿が見えないのでは意味がない。何か一つでも手がかりが見つかればいいのだが…。


 暗礁に乗り上げそうな調査の内容に、辟易するセバスだった。

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