復讐の感覚
数日前まで色鮮やかだった血も、今では乾いて黒いシミになってしまった。体にまとう鎧のいたるところに付着したそのシミを指で拭いながら、ヘイトは考えていた。
あの時――あの村を襲撃したとき、俺は果たして正気だったのだろうか。斬れば斬るほど、自分に歯止めがきかなくなっていくようだった。憎しみが溢れ出し、今にも己の理性を飲み込んでしまうかのような錯覚に囚われていた気がする。
「ヘイト様、どうかしましたか? 浮かない顔ですが…」
傍らに寄り添うシルバが心配そうな表情で見上げてくる。
「あの日のことを考えていた。俺は戦う意思のない人間まで斬った。斬りながら、もっと血を望むようになっていた。お前たちを痛めつけてきた人間どもに復讐できているのだと思うだけで、我を忘れるほどだった」
「後悔しているのですか?」
「違うな。後悔はしていない。ただ、あの感覚の正体を知りたいだけだ。俺をそこまでさせるものが何なのか、突き止めたい」
「それなら、前に進むしかありませんね。私は、ヘイト様にどこまでもついていきます」
シルバが慰めるように話すのを聞いて、ヘイトの心は幾分か落ち着いた。
それにしても、彼女は不思議な存在だ。俺が誰かに、これほどまで心を許すとは、今まで想像もしていなかった。あまりにあり得ない出来事ゆえに、想像しにくかっただけかもしれない。しかし、どちらにしろ、彼女は確かにここにいる。そしてそれを俺は許している。ましてや、どこかで心地よいとさえも思っている。
塔の守護者として日々戦いに明け暮れていた日常からは、到底予想できない未来だ。自分がこうやって自由に行動できるのも、彼女のおかげだといえるだろう。
俺は、彼女に動かされているのか? もちろん、これまでの行動は全て自分の意思だ。だが、きっかけは間違いなく彼女にある。
銀色の体に手を置くと、シルバはごそごそと身じろぎをした。そして、居心地がよさそうに猫撫で声を上げる。
復讐を果たすことによって得られるものは、平和以外にもあるということだろうか…。
そんなことを思った矢先だった。
手の中で突如、シルバの体が震えた。
「人です」
恐らく、彼女の分身が人の姿を確認したのだろう。
「どこだ?」
木に立てかけていた剣をもたげてヘイトは立ち上がった。
「あの集落、ですね。かなり多い」
とすると、逃げ出した村人が町にでも知らせ、応援が来たのだろう。
感覚を研ぎ澄ませると、確かに集落の方向が騒がしいのが分かる。衣擦れの音ではなく、鉄が擦れる音だ。連中は武装している。
「ここにいろ。様子を見てくる」
言われたシルバは頬を膨らませた。
「ヘイト様! もう私は役立たずではありません! 何かできることがあるはずです!」
忘れていた。彼女は戦闘能力こそからっきしだが、偵察能力はずば抜けて高い。それに、世間に疎い俺の頭を補完してくれる存在でもある。
「分かった。一緒に来てくれ」
ヘイトがそう言うと、シルバは銀の頬を赤らめた。




