人事異動
翌日、予てより検討されていた調査隊及び討伐隊の結成が決まり、ケプランに駐屯している兵士たちの配置転換が行われた。
もともとケプランに駐屯している戦闘可能な部隊は警ら隊、防衛隊、護衛隊の三つだ。警ら隊は町や郊外の警備や巡回を行い、必要であれば戦闘行為もする部隊だ。防衛隊は、主に町の要所にある施設の警備をしており、有事の際には町を外敵から守る役目も果たしている。護衛隊は、町に出入りする王族や貴族の護衛が専門である。
今回、新しく臨時的に設置されるのは調査隊と討伐隊の二つで、既存の三つの部隊からそれぞれ人員を割いて編成される。よって、町の守りは必然的に弱くなる。それを危惧したセバスたちは、鉱夫に疑似的な防衛機能を請け負ってもらうことで、空いた穴をカバーしてもらおうと考えていた。
昨日の一件でその心配はなくなったものの、今までろくに戦闘など経験していない兵士たちは、今回の人事異動について動揺していた。
グリテッド王国は長らく戦争をしていない。それは対人然り、対魔物然りだ。人同士の争いは昔あったものの、魔物の台頭でそれどころではなくなり、世界は一時、人と魔物が争い合う構図となった。その後、人の中でも特に力を持った一部の人間たちの活躍により魔物は激減。戦争は終わったのだった。
今でも小競り合いと呼べる程度のものは発生しているが、組織的に行動することの少ない魔物は軍勢で押し寄せてくる人に対抗できず、すぐに鎮火されていた。
よって、王国内の町は最低限の防衛機能を備えた設備しかなく、戦闘経験のある人員も少ない。そんな中で、近隣の村を破壊した魔物との戦闘さえあり得る部隊に万が一にでも配置されたらと、兵士たちは気が気でなかったのだ。
辞令はすぐにセバスのもとにも届いた。
「セバス・ケンウィック、貴殿にグリテッド王国ケプラン駐屯軍調査隊への配置転換を命ずる…」
渡された紙片に書かれた文面を読み上げて、セバスは落胆した。
望んでいたのは調査隊ではない。もちろん、危険が伴う任務ではあるだろうが、できることなら、この手で巨人を葬り去りたかった。
しかし――。
機会があれば…。覚悟はしておこう。
腑に落ちない気持ちを抱えたまま、セバスはレオに報告に向かった。
「そうか…」
セバスからの一報を聞いたレオは神妙な面持ちで言った。
「隊長に辞令は?」
警ら隊長ともあろう人間に配置換えがあるとは思えなかったが、セバスは聞いてみた。
「実はな――」
「はい…」
次の瞬間、レオは爽やかな笑顔で言った。
「俺もなんだ」
「ええっ!?」
セバスが驚いたのが嬉しかったのか、レオは笑って喜んだ。
「はははっ。いい反応だ」
「そんな…。隊長がいないで、警ら隊は誰が引き継ぐんですか?」
「年寄連中はあんまり働きたくないんだろうよ。警ら隊はなんだかんだで忙しいけどな。ま、危険が付きまとう巨人調査なんて、やりたかねぇんだろ」
レオはあっけらかんとしている。
「はぁ…」
これまた腑に落ちないセバスはため息に近い返事をした。
「これでまたお前と組めるな。よろしく、セバス」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それにしても、隊長が調査隊だなんて…。ということは、調査隊の隊長は誰がするんです?」
「どうやら俺らしい。それに関してはさっき直接上から説明を受けた。もともと警ら隊は町で起きる事件の調査なんかもやってるから、この手の仕事は俺たちが適任だろうってさ」
「つまり、そこのトップである隊長が必然的に抜擢された、と…」
「そんな感じだな」
レオ自身は、まんざらでもなさそうだった。もとより『紫眼の巨人』討伐に関心を寄せていたし、市民に協力を求める際にも積極的に動いていた。町で起こっていることに対して彼は広く把握していて、情報収集にも抜かりがない。それは事件などが起きたときにいち早く察知し、真っ先に動き出せるようにするためだ。今回の『紫眼の巨人』出現の一報を聞いて最初に行動を起こしたのは彼だと言っても過言ではない。
実権を握っている貴族連中にも話は届いているだろうが、軍に調査を命じただけだった。脅威と思っていないのか、はたまたすぐに解決するとでも思っているのか…。その両方という可能性もある。
二人はその後、調査隊の本部が設置されるという市内某所へと向かった。
町の中心地から少し外れた、廃屋同然の家にそれはあった。玄関先に無造作に立てかけられた看板には、『臨時調査隊本部』と書かれている。
「こりゃ掘っ立て小屋もびっくりだな」
建物を一目見たレオは呟いた。
「辞令交付を受けた者はここに集まるんですよね?」
セバスが確認すると、レオは頷いた。
「たぶん、もう集まってるだろう。知らされたのは今朝早くだったからな。中に入ってみよう」
レオとともに崩れ落ちそうな玄関をくぐって中に入ると、なるほど、数人の人間が集まっていた。皆、それぞれ癖のありそうな人間ばかりだ。
「さて、みんないるな。ちょっとこっちに来てくれるか?」
レオが声をかけると、調査隊の面々は廃屋のリビングに集まった。
ここからいよいよ始まるのだろうと、セバスはリビングを見渡して深呼吸をした。
まだ見ぬ『紫眼の巨人』との対面。それが叶う日も近いだろう。奴に刃を突き立てるのは自分ではないかもしれないが、人々を恐怖に陥れる存在を打ち滅ぼせるなら何でもいい。勇敢な人間は自分だけではないのだから。ここにいる仲間をはじめ、たくさんの人間が怪物討伐のために動き始めている。打倒巨人を掲げて。