レヌシアの森の悲劇3
村の明かりを見たときは、奇跡が起こったのかと思った。ほっとした反動で思わず崩れ落ちそうにもなったが、目の前まで迫っている脅威を知らせるべく、必死に思考を巡らせる。
まず向かったのは、自分の家だった。
ドアを開けて、玄関になだれ込む。
心配で寝ずに起きていた妻が駆け寄り、自分の夫の変わり果てた姿を見るや小さく悲鳴を上げて抱きかかえてくれた。
「あなた、いったいどうしたというのです…」
涙目で聞く妻に、ランダバードは答えた。
「逃げろ…。化け物が、すぐそばまで来ている。村のみんなにも、伝えて…」
「化け物…?」
「いいから、早くするんだ…!」
妻は自らの手を握り返す夫の握力が急に強くなったのを感じて、ただならぬ危険が村全体に迫っていることを察知したようだった。
「わ、分かりました。でも、あなたは――」
「俺は、もう少しくらい動ける。さあ、行くんだ、早く…!」
妻はランダバードをそっと床に寝かせると、着の身着のままで表に飛び出していった。
これで最低限の務めは果たせただろう。あとは、村のみんなが逃げてくれればそれでいい。
彼の意識は、そこで遠のいていった。
◇
次に目を覚ました時、ランダバードは妻の腕の中にいた。
「ノゼ、逃げなかったのか…?」
妻の名を口にすると、彼女は答えた。
「あなたを置いて逃げることなんてできません」
「すまない、ノゼ…」
「村の人たちには伝えました。最初は信じてもらえませんでしたが…。あなたが言ったように、恐ろしい化け物が来て、ようやく信じてもらえました。大半は逃げられたと思います」
ノゼが語る最中にも、家の外からは村の人と思しき悲鳴が絶え間なく聞こえていた。怪物はどうやらすでに村に来ているらしい。
「ノゼ。カザリのことだが…」
息子の名前を口にすると、妻の頬を涙が伝った。
「分かっています…。もう何も、言わないで…」
「すまない、本当にすまない…」
つられて目頭が熱くなる。
今際の際に、満身創痍になりながら、息子さえ助けられず、救えたはずの妻に看取られ、涙を流している。やり切れない思いがランダバードの胸を刺した。
二人は折り重なるようにして泣き崩れ、村人の悲鳴を聞きながら、運命を受け入れるかのように眠りに落ちていった。