変貌
グランは構えた剣を振り上げて一直線に走り出した。
愚直な攻撃だが、ヘイトと同等の体格を持ち、その武器もまた同程度の大きさだ。
これまでは明確だった力の差が、今回はないかもしれない。
ヘイトはいつも以上に警戒心を強めた。
「はあッ!」
最初の一撃で分かった。
彼女には戦う意思がない。
ヘイトはスッと身をかがめて体をスライドさせ、攻撃を避けながら懐に潜り込み、剣を持った右手でグランの腹部を殴りつけた。
軽く呻いてよろめくグラン。
鎧越しの拳だが、衝撃は確実に伝わるはずだ。
「はああッ!!」
今度は切っ先をこちらに向けて突進してきたグランの剣を、ヘイトはケラプディスで払いのけた。
まるで張り合いのない戦い。いや、そもそも戦いとすら呼べないような状況に、ヘイトは戸惑った。
「ああ、もう! なにトロトロやってんだよ!」
キャルルが怒りの声を上げる。
「戦う気がないってんなら、どうなっても知らねぇぞ、オラ!」
そう叱咤されても、グランの様子に変化はない。
もはや瞳から生気は失せ、ただの人形同然の姿だ。
「キャルル。これ以上やっても無意味だ。そもそもこっちは戦いを望んでない」
ヘイトは眉間にしわを寄せるキャルルを見上げた。
「ああん? だからなんだってんだよ」
「もう、やめにしないか?」
キャルルの額の血管が浮き出るのが目に見えるようだ。彼女の怒りは収まらない。
「だから・・・、いい加減にしろよ・・・、お前ら・・・」
食いしばった歯の隙間から、振り絞ったような低い声を出すキャルル。
「いったい、誰のせいで、こんなことに、なったと思ってんだ・・・?」
「ここにいる誰のせいでもない。お前は何か勘違いしてる」
「いいや、してない。あたしは、守らなきゃなんないんだよ。あんたらがぶっ壊した世界を・・・!!」
「ヘイト様!!」
かつてないスピードで接近するグランの攻撃を、ヘイトは間一髪のところで防御した。
シルバに言われなければ気が付かなかった。
あの短い時間の間に何があったんだ・・・?
鍔迫り合いになったヘイトとグランは、剣越しに視線をぶつけ合った。
彼女の瞳には相変わらず生気を感じられないが、さっきとは目の色が違う。異様なほど殺気立っている。
「どうなってる・・・!?」
「わかりません・・・!」
困惑する二人をよそに、グランは次の攻勢へと転じた。
ヘイトの剣を弾き返し、体を大きく仰け反らせて頭突きを繰り出す。
極至近距離では、シルバの防壁も間に合わない。
脳天に衝撃が走り、軽い脳震盪がヘイトを襲う。
「しっかりしてください!」
次の剣による攻撃はシルバの防壁が凌いだものの、一撃が重すぎて形状を保つことすらままならない。
そればかりか、シルバがダメージを受けていることが伝わってきた。
――クソッ、あの剣・・・!
まったく呼吸を乱すことなく、グランは剣を振るう。
「きゃあっ!」
シルバの悲鳴とともに、銀色の防壁が切り裂かれた。
グランの凶刃は勢いこそ弱められたものの、ヘイトの鎧にまで到達した。
衝撃で後退するヘイト。
グランの猛攻を、ヘイトはただ受けることしかできなかった。
ぼやける視界に、切っ先をこちらに突き立てようとするグランの姿が映る。
体を動かそうにも、頭が眩んで力が入らない。
ヘイトは、終わりを悟った。