森の住民3
「ドルイド!」
その魔物を見たシルバは真っ先に叫んだ。
「くっ…。我らの魔法がこうも容易く見破られるとは…。貴様、何者だ!?」
「さっきも言ったはずだ。クリスタルタワーのヘイトだと」
ヘイトが名乗ると、取り囲んでいたエルフ――ではなくドルイドの一人が声を上げた。
「思い出したぞ! クリスタルタワーの番人にして、史上最強の魔物…。クリスタルタワーの魔将軍といえば、ほかならぬあの方のことじゃあ!」
それを聞いてドルイドたちがざわめき始める。
「魔将軍様ぁ、さきほどまでの無礼をお許しください! 魔将軍様に失礼な発言をしたそこの奴の命を捧げますから、どうか、どうか…!」
ドルイドの誰かがそう言うと、他のドルイドも口々に仲間を売り始めた。
「我々はそこの奴に演技を強いられておったのです! どうかお許しを!」
「私は最初から反対を――!」
収拾がつかなくなってきたところで、今度はなんとシルバが大声を張り上げた。
「静かにぃぃーーーーっ!!!!」
今までヘイトの足元の銀色の塊など眼中にもなかったドルイドたちは、咄嗟の出来事に静まり返った。
「あやつ、何者――?」
「うるさい!」
隣の仲間に話しかけようとしたドルイドは、シルバに食い気味のお叱りを受けて怯んだ。
「ヘイト様、これで静かになりました」
穏やかな表情でシルバが言う。
もしかしたら、この場で最も恐れるべきは彼女ではないだろうか…。
これは、迂闊なことは言えないな…。
「ドルイド、といったか。すまないが、俺はずっと塔の上で暮らしてきたがゆえに、お前たちの存在を知らなかった。だが、同じモンスターだと分かった以上、敵対する必要はないと感じている。もちろん、俺に脅しをかけたこのドルイドを罰する気もない」
足元で怯えていたドルイドがほっと胸を撫で下ろす。
「俺の目的は、魔物たちの命を脅かす人間を倒すことだ。これまでは塔に上がってくる人間しか相手にしてこなかったが、その間にも外では大勢の魔物たちが殺され続けていることを俺は知った。だから、復讐をする。そのために塔を出た。もし、お前たちも人間に虐げられているというのなら、喜んで手を貸そう。俺はお前たちの味方だ」
静かにヘイトの言葉に聞き入っていたドルイドたちは、互いに顔を見合わせた。敵ではないということに安堵したが、強大な存在を前にどう立ち振る舞っていいか分からないといったところか。
やがて、静寂を破って一体のドルイドがヘイトの前に出た。
「魔将軍ヘイト様のお言葉、我々には涙が出るほど嬉しい話ですじゃ」
皆一様にして老人のような容姿をしているドルイドだが、彼は正真正銘、年老いているようだ。人一倍――ではなく、ドルイド一倍顔はしわだらけだし、声もすごくしゃがれている。
「ですが、わしらドルイドに何ができましょうか? 魔将軍ヘイト様が魔物たちのために戦われても、わしらには恩を返すことができませんですじゃ。人間はわしらを狩って、わしらの血を利用し力を得ようとしておる。所詮、わしらは狩られる側。今もこうして、エルフを騙って人間の目を欺き、狩猟の対象にならないように隠れて生きながらえておった次第ですじゃ。かつては森の賢者とも言われ、友好的な関係を築いておったというのに、時代の流れとはかくも残酷なもの。わしらは、ただ絶滅を待つ種族に過ぎんのですじゃ」
ヘイトは、この老ドルイドの言葉にひどく心を痛めた。信用していた人間に裏切られ、仲間を狩られ、殺されてきた彼らがたどり着いた生き方は、ドルイドとしてはなく、他種族を騙って生きることだったのだ。
今ここで俺が立ち上がっても、それでドルイドたちが救われるわけじゃない。
ヘイトはうつむいた。視点が下がり、自然とシルバと目が合う。
心配そうな表情でこちらを見上げるシルバに、ヘイトの心は揺さぶられた。
確かに、これまでドルイドたちが受けてきた傷を癒すことは不可能だろう。しかし、このまま放っておいても同じことが繰り返されるだけだ。せめて、これから彼らが平穏な暮らしを取り戻すための手助けをするだけでも、力になってはやれないのか。
傍らで身じろぎしているローリーに視線を落とす。
シルバのおかげで声を出せない彼は、必死の形相でこちらに何かを訴えかけている。
「シルバ…」
ヘイトはシルバに視線を戻した。
「はい…」
静かに答えるシルバ。
「建前での大義名分はできた。俺としては、いつでもこの森の人間を斬りに行ける。だが、本当にそれでいいと思うか?」
「私は…、これは私自身の意見ですけど、この森に住む人間は、ドルイドたちに到底許し得ない行為をしていると思います。だから、ヘイト様が力を貸して下さるというのなら、私は今すぐにでも戦いたいです」
「そうか…」
シルバの確固たる覚悟を目の当たりにし、ヘイトは自分の心の弱さを身に染みて理解した。結局、復讐してやるなどと意気込んでも、俺はまだまだ甘いということだろう。その点、シルバには人に対する憎悪の感情が強く根付いているため、今回のような件に関しての決断には揺るぎない覚悟がある。
ヘイトは顔を上げた。
「ドルイドよ。俺は人間どもに思い知らせる。が、これはお前たちの復讐ではない。俺自身の復讐だ。くれぐれも自分を責めるようなことはしないでくれ」
老ドルイドを筆頭に、彼らはうつむいた。
そして、ヘイトたちがその場を去るまで、誰も顔を上げようとはしなかった。