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98話 ミロディア王国六

特別に用意された席に座り、僕は目の前に組み立てられたステージを見つめる。


日は高く、輝く太陽は晴天を知らせる。


本日はライブ当日。

建前上は神子訪問を祝う為に、伝統芸である王族と音楽隊による演奏会だ。

かつては数ヶ月に一度の頻度で行われたが、スパイダーの一件以来おこなわれなくなり、もう二年は経つ。


その為か、一万人近い人達がこの野外会場に押し寄せていた。

神子見たさに、あるいは物珍しさに、あるいは懐かしさを胸に抱きながら。


この祭りに興じて多くの屋台が並びたち、これでもかと売りさばく。


あ! あの屋台はこの前食べたやつじゃん。本日も繁盛してるようでよかよか。


ちなみにこの席には僕と護衛のカルスとミーゼのみ。他のみんなは今回の一件であるスパイダー打倒に協力してもらう。

護衛がこの二人なのは、カルスは護ることに関しては一流だけど、それ以外が……こう、その、まあ……あれだから。ミーゼは魔法使いで近接戦は苦手かつ、都のど真ん中で派手な魔法を使うのは、アウトという理由だ。

おおっと! 二人の護衛と一匹の小竜だったね。僕はグーグー眠りこけるスピカを撫でる。


「しっかし暇だねぇ〜アタイも暴れたかったねぇ」


護衛の血の気が多すぎる件!


「まだ暴れるとは決まってないよ。基本的にライブの邪魔にならないように密かに各個撃破だから」

「ライブねぇ……変わった言い方だねぇ。それは神子様の地元での表現なのかい?」

「え? あ、うん。確かね……少数の移動民族が町とかによる時に開く見世物とかで使われた言い方とかなんとか、図書館で知ったんだ」

「へぇ〜神子様は物知りなんだねぇ」

「当然だろ。神子様は三大聖者のおひとりなのだから」

「あ、あはは……」


カルスは相変わらずヨイショしてくるなぁ。

なんとか誤魔化したけど、大丈夫だよね? バレてないよね?

ついね、ライブって言っちゃうよね。日本人なら。


たしか正式名称は……王族兼王族直属音楽隊定例演奏会とかなんとか。

みんな好き勝手に呼んでるみたいだからね。

だから、僕と心の中ではライブって呼んでたし。


「しっかし本当にスパイダーとかいう連中来るのかねぇ? ずっとそいつらに怯えてライブをしてこなかったってのに、今更こんなに大々的に宣伝してちゃ、罠を張ってますって言ってるもんじゃねぇかい?」


ミーゼの疑問は確かだ。運要素が多すぎる。

でも、ディア様が言ってことを思い出すと、悲しいことだけど、来る可能性は非常に高い。


「それでも来ると思うな」

「なんでだい?」

「スパイダーは精霊を捕まえて金持ち連中に引き渡す連中だよ? でもね、精霊が至る所にいるというのは嘘じゃないけど、嘘なんだ」

「……は? どいうことだい?」

「彼らが見えるのは下位精霊までだろうさ。その更に下……始まりとされる無垢なる精霊は同じ精霊にしか見えないんだ。無垢なる精霊は至る所にいるけど下位精霊は至る所にはいないというわけ」

「なるほど……奴らからしたら見える精霊しか捕まえられないわけか」

「ただでさえ精霊は自由な存在だよ? それを捕まえようとしたら大陸中を探し回して捕まえなくちゃいけない」


ましてや、スパイダーの客達にだって好みはあるだろう。動物の姿をした精霊がいい。人型の精霊がいい。幻想的な精霊がいい。そんな具合に要望もてんでばらばらだろうし。


「来るだけで、沢山の精霊が捕まえられるこの機会を逃すわけにはいかないだろうし。何より連中には過去にこの国で精霊狩りを成功させたという実績がある。つまり、舐めてかかるというわけだよ」

「そこをアタイらが逆に狩ってやるわけさね!」


バシッ! と手のひらに拳を打ち付けて、獰猛な笑みを浮かべる合法幼女。本当に後衛職なの? バーバリアンの間違いじゃない?


「までミーゼ。我々の務めはあくまで神子様の護衛だ。くれぐれも持ち場を離れたりするなよ?」

「あいあい。わーたよ。あーあ、こんなことなら格闘技でも身に付けとけば良かったよ」

「ミーゼの練習台になるロイドの姿が浮かぶね」


彼はきっと姉の技を涙を流しながら受けるんだろうなぁ〜。


「みこしゃまぁ〜!!」


僕が声の行方に目を向けると、小さな女の子が僕に手を振っていた。

僕の席は、少し高い櫓みたいなところで、他の観客は全員立ち見になる。野外だからね。椅子を用意すると手間暇も凄いし、汚れたり壊れたりする可能性もある。一万人分の椅子とかこの都しか土地がないミロディア王国では保管場所もないし不要のものだろう。


その為、櫓みたいな高いところに座る僕が、少女を見下ろす形になる。

手を振る少女は、慌てた両親に手を下ろされるが、また手を振るおうとする。


僕は少女に手を振り返しながら声をかける。


「この国の方ですか?」

「え? あ、いえ! ミリープ王国から行商ついでに立ち寄ったんです」

「へぇ! そうなんですね。私も少し前にミリープ王国には訪れまして、謳歌的で皆さんゆったりしてるご様子でついうたた寝をしてしまいました」

「あはは! それはそれは。みんなのんびり屋さんなんですよね国柄。満喫していただけたようで良かったですよ!」

「むぅ〜パパばっかみこしゃまとおしゃべりずるいっ!」


僕のお父さんのやり取りにお母さんに抱っこされた少女が拗ねたように言う。


……ふふ。可愛いなぁ。


『や、やっぱりロリコン……!』


うぉーい! 澪! なにがやっぱりだよ! ロリコンじゃないわ!


『ロリコンはみんなそういうんだよね……』

『今からでも遅くない! ……自首しよ? ねっ?』


ほら澪の悪ふざけに雛まで便乗しちゃったじゃんか。

と、相手にしてたらキリがない。


「ごめんごめん。パパもついね」

「むぅ〜じゃあつぎはあたしがおしゃべりするぅ」

「ご、ごめんなさい神子様!」


お母さんが僕に謝罪をするが、開始まで時間があるし、ちょうど暇をしてたんだ。みんな神子ってことで遠巻きに見てくるけどあんまり話しかけてこないんだよね。


『庶民からしたら王族みたいなものよ。簡単に話しかけられるわけないじゃない。あなたの機嫌一つで首が飛びかねないわけだし』


そんな物騒なことしないよ、僕!?


『あなたがどう考えようと、相手に伝わるわけじゃないでしょう? 権力を持ってるだけで、貴族の子供だって十分脅威に感じてるのよ彼らは』


まあ、権力を振り回して好き勝手する貴族のポンポンの話なんかは枚挙にいとまがないからね。

僕からしたら、貴族や王族より、庶民の人達の方が親しみやすいけどね。僕も庶民だったわけだし。


できる限り柔らかい笑みを浮かべて親子に話しかける。僕、悪い神子じゃないよ?


「いえ。私もちょうど話し相手が欲しかったんです。少しお話してくれませんか?」


僕の問いかけに、彼らは応えない。何故か固まってしまったのだ。


「あ、あれ?」


僕が何故だろうと首を傾げると、思わないところから答えが得られた。


「そりゃあ、いきなり天使とか女神とかそういう笑顔を向けられたら放心するだろうさ。神子様、相変わらず自分の見た目の良さに関して無自覚すぎるさね」

「俺は過去に三度放心したことがある」

「アタイも似たようなもんさ」

「ふっ……初めて意見が合ったな」

「そうさね……仕事終わったら酒でも飲みに行くか」

「よせ。俺が酒場の店主に叱られる」

「アタイは成人してるよ!」

「ドワーフらしく髭を生やしてこい。話はそれからだ」

「そんな眉唾な嘘を信じるんじゃないよ!」


二人が仲良くなっているのは嬉しいことだけど、放心している親子とその周りにいる人達についてはどうすればいいのでしょうか?

どりあえずスレを立てとけばおけ?



「レイン来たわよ〜」

「あ、ディオ様」


あの後は親子や他の人達とも雑談をして、時間を潰した。

そうして、開始時間が迫る中、普通の人では見えない状態にしてディオ様がやってきた。

彼女レベルにもなると、見えない人にも見えるようにできるらしい。

その為か、カルスとミーゼは僕と声で初めて、そこにディオ様がいることを知ったようだ。


「あなたがここに来たってことは」

「ええ。そうよ。もう準備は万端よ」

「そうですか……」

「緊張してる?」

「してますよ。当然じゃないですか」

「ふふふ。シャロンも緊張してるのよね。だから本番直前まで私がついていたわけだし」

「大丈夫なんですか?」

「将来の嫁が心配なのね」

「友達の心配です!」


本当にこの人はこういうやり取り大好きだなぁもう。

僕がため息をつくと、彼女は微笑みを浮かべた。


「大丈夫よ。いつもの事。あの子は本番に強いの、誰よりもね」


そこには確かな信頼と自信が感じ取れた。


「そうですか……。なら、黙って聞き惚れる準備をしないとですね」

「求婚の準備なら手伝うわよ」

「言ってねぇーよ!」

「……神子様?」

「あんたどうしたんだい? いきなり大声あげて」

「あ、いや別に、ディオ様にすこしからかわれただけだよ」


僕がなんとか自分の奇行にも見えるやりとりのフォローをしてる間もディオ様は楽しそうに笑う。


「そうして欲しいのはやまやまなんだけど、お願いね……あの子の未来の笑顔はあなたにかかってるわ」

「はい……僕のするべきことをします。そうして、次の機会には聴くことに全力を尽くせるようにしますよ……必ず」


今回は残念ながらシャロンの歌や王族の方々の演奏にだけ集中するわけにはいかない。


僕には、僕のするべきことがある。


「ありがとうね。お礼はシャロンとの同衾でいい?」

「良くねーよ!」



日も傾き夕暮れとき、辺り一帯に集められた大勢の客は今か今かと、ステージに目を向ける。


大勢の視線が集中する中、一同がステージに姿を表す。


最初に音楽隊の人達が手持ちの楽器を手にステージに均等に並ぶ。次に手ぶらの音楽隊の人達がステージに初めから設置された大型の楽器に歩み寄る。


そして、大勢の歓声に包まれて、王族の方々が姿を現す。


王様が王妃様が、王太子が第二王子が……そして、第一王女シャロン。


歓声に驚いたのか、スピカが起きる。この子もシャロンとは仲良しになってた為、彼女に視線を固定する。


彼女は凛としていた。


緊張を微塵も感じさせない凛とした花のように、まだ成人していない幼い姿ながら大勢の観客を魅入らせる。


「成人したらきっとすっごい美人になるわよ〜そうしたら、他国の王侯貴族が黙ってないわね〜どうするヤっとく?」

「ディオ様……永遠に、黙れ」

「あーん! つれな〜い」


人が場の空気に酔っているというのに。この人は本当にマイペースなんだから。


「それじゃあ、お願いね」

「はい」


僕はディオ様に頷き、魔力を会場全体、そして都全体へと広げる。


「凄まじいわねぇ。一瞬で都を支配しちゃうなんて」

「支配なんかしてませんよ。ある程度とこで何が起きるのか分かるようになるだけです」

「十分支配なのだけど……」


マナテリトリーを広げ、都にチリチリになっているスーニャ達を補足。そして次に、この会場に足を運んでいない人達を朧気に位置を記憶。この中にスパイダーがいる可能性が高い。

シャロンの歌が始まれば、その歌声に惹かれて精霊達が会場に集まる。その進行方向に人員を配置して捕らえるつもりだろう。


「あなたの言葉は私が風の精霊を介してみんなに伝えるわ。その時に敬語は不要よ。事務連絡として私を扱って」

「分かりました」

「あ、でも、扱うっていってもいやらしいのはダメよ? シャロンが悲しむわ」

「分かりました。お口チェックで少し黙れ」

「あーん! つれな〜い」


シャロンがステージのど真ん中、音声拡張器であるマイクみたいな魔道具の前に立つ。

その背後では王族の方々寄り添うように傍に並び楽器を構える。

その動きに合わせて音楽隊も一斉に構える。

その流麗な動きに会場に集まる人々は始まりを悟り、ざわつきがなくなり、今か今かと固唾をのむ。


「頑張れ」


僕も拳を握り締めて、開始を待つ。


シャロンは後ろに振り向き王族と音楽隊に頷く。


そして正面に向き直り目を閉じる。


小さく息を飲み込む。


そして……


『いっくよーーーーっ!!!』


音が爆ぜた。


シャロンの声は幼くも美しいもので、会場は大歓声に包まれた。


楽器から奏でられる美しい音色は、シャロンが手掛けたものだ。

そして、僕が歌詞を手掛けたものでもある。


『おはよう! 始まりの一言はお約束の一言』


シャロンが歌う。僕の懸命に書いた歌詞を歌う。


『気だるげ? 疲れ気味? そんなことを言ってたら損損』


明るくアイドルのように身体全体を揺らしてその声を届ける。


『だって今日も素敵な一日になるよっ』


胸の奥に、心のそこにすら届かせる声。


「窓を開けてみよう ほら! 小鳥たちが奏でるメロディ あの中にもいるのかな?」


シャロンの感情が気持ちが伝わってくる。


『外に出てみよう あら! 地面を見てみればアリの大行進 この中にもいるのかな?』


いけないいけない。シャロンの歌声に心を持っていかれそうになった。

僕のやるべき事をしないと。


「北東青色の屋根の上不審人物」


僕の言葉にディア様が頷き、聞こえない声で囁く。風の精霊に指示を出して声を届けているのだ。


『私たちの素敵な隣人さん 見える? 見えない? 感じる? 感じない?』


「南の細道に三人ほど集まってる。南東の大通りに駆け足で走る一人。西の外縁付近に伏せて隠れている人が四人」


怪しいと思う人達をピックアップする。

もちろんマナ達の力も借りている。彼女達は僕の広げた魔力の範囲なら視覚を飛ばすことができるようになったのだ。


『大丈夫! きっと見守ってくれてるよっ だって……』


「っ! 北から強い魔力反応……身体強化だと思われる。近くいるのは……ライオット対処して」

「来たわね、スパイダーの幹部!」


身体強化は一流の冒険者でも習得するのに難しいとされている。その為、それが使える時点で普通じゃない。間違いなくスパイダーの幹部だろう。


「生け捕りにして、アジトの場所吐かせてやるわ……クククッ」

「ディオ様、笑い声が不気味だよっ。それに加勢するように周りから人が集まってきた……数は六人! 近くには……って、ドロシーがやっちゃった」


幹部の援護だも思われる六人は近づく前にドロシーに倒された。もちろん殺してはいない。星騎士団(アスタリスク)は出来る限り、必要以上に命を取らないように僕がお願いしている。例え悪人でも、殺すのはやりすぎだと思うのだ。


『ここは素敵な水の都 人も精霊もいっぱいいーっぱいいるよ?』


「ってうそ!」

「どうしたの!?」


驚く僕にディオ様が少し慌てたように話しかける。


「西、東、南からも強い魔力の反応……身体強化!」

「幹部勢揃いってことね!?」

「舐めてるところか、本気でやりにきてますよ!!」


幹部の実力は少なく見積ってもAランク冒険者相当だとディオ様は言っていたが、それが四人。もしかしたら全勢力で仕掛けに来ているかもしれない。


「奴ら隠れる気がないみたいですよ! 都の門からざわざわやってきてます!」


『笑顔で溢れる 歌で溢れる 楽しい楽しい都 ねぇ? そうだよねっ!』


「私が結界に集中すると、伝言が伝えられないわ! どうすれば……」


こんなところで騒ぎを起こさせてたまるかっ! シャロンが今精一杯、不安とたたかいながら歌っているんだ。


ようやく笑顔で思いっきり声を出せているのだ! それをぶち壊させてたまるか!


僕は次にシャロンがする歌詞を思い出す。


出し惜しみをしている場合ではない。


「少しぐらいなら騒ぎが起きても大丈夫かも知れません」

「え? どういうこと」

「時間がありません。信じてください。みんなに伝えて、少し派手に暴れても大丈夫だって!」


僕の目をじっと見て、ディオ様は信じるように頷く。


さあ、シャロン。思っきり歌っちゃえ!


『さあ、目を閉じてみよう! きっと見えるよ 感じるよ 私たちの素敵な隣人さん とっても素敵な精霊さんがねっ』


シャロンの声に合わせて、僕は抑え込んでいた魔力を解放する。


「っ……なんて魔力なの?」


溢れた魔力は一瞬にして、会場を包み込み、その場にいる全ての観客が驚愕した。


……精霊が見えることに。


動物の精霊が。人型の精霊が。幻想的な精霊が。形を持たない精霊が。そして、球体の精霊が。


この会場にいる人達全員に見えるようになった。


見える人以外からしたら、存在そのものが怪しまれる精霊が、彼らと同じようにシャロンの歌声に、王族と音楽隊の奏でる音に引き寄せられて集まってきていたのだ。


その演出に会場は地震が起きたのかと錯覚するほどの大歓声に包まれる。


その中、シャロンは驚いたように僕に視線を向ける。

僕は頷き、彼女に語りかける。


「君の声は歌はみんなを笑顔にするものだよ」


届くはずのない音に、彼女は流れる汗を気にもせず満面な笑みで頷く。


「あなたは……いいえ。そんなことはどうでもいいわね。ありがとう」


僕は気にするなと手を振る。

会場外から、派手な戦闘が起きているが、精霊達に魅入られた人々は気づかない。


『こんにちは! 道行く人達にごあいさつ』


歌詞は二番に移る。


『元気に? はつらつに? 笑顔で思いっきり今日を楽しもう!』


『うぉーーーーーーっ!!!!』


観客が大歓声をさらに張り上げて応える。


そして、可視化された精霊達は歌のリズムにのり、尻尾があるものは尻尾をリズミカルに左右に振り。人型のものは体を左右に揺らすか、手をテンポよく叩き合わせる。

空を飛べるものは空を滑空して、時折人々の頭上すれすれを飛び、また歓声が上がる。


その光景を見て、シャロンは彼ら精霊に話しかけるように歌う。


『そうだよね 君たちもこんにちはっ!』


『きゅきゅ〜』『ブルルゥ』『カーカー』『ヒヒィー』『きゃあーい』『こっこ〜』


思い思いの精霊たちの応答に場が最高潮に達する。


『かわいいー!』『ママ〜せいれいしゃん!!』『ああ……ありがたやー』『いぎででよがっだぁ!!!』


『屋台を覗いてみよう おや? 美味しそうな食べ物にゴクリ ヨダレ垂らしてる?』


『うちの串を食べにおいでー!! せいれーいさ〜ん!!』


僕とシャロンも食べた屋台のおじちゃんが声を張り上げ、そしてそれに続くように周りの屋台の人達も精霊たちを呼び込む。


『お店を覗いてみよう おや? 煌めく宝石の宝箱にメロメロ 目を輝かせてる?』


『あたしゃの店にいらっしゃい!! いい宝石沢山あるよ!!!』


僕とシャロンがジュエルドームを作成した宝石店のおば様が手に持った宝石の数々をかがげる。それに負けじと魔道具の専門店や多くのお店の人達がおいでと呼ぶ。


『私たちの素敵な隣人さん 楽しんでる? 楽しんでない? 笑ってる? 笑ってない?』


『楽しんでるよねー!』『笑ってるよー!!』


小さな子供たちが精霊たちに問いかけたり、表情を教えてくれる。


『大丈夫! きっとあの子達も楽しんでるよっ だって……』


シャロンが息を吸い込み、みんなが期待するように彼女を見つめ、音楽隊が音色を強める。


『ここは精霊と人の都 暗い顔している人なんて居ないよね?』


『いないよーっ!!!』


『笑顔で溢れる 歌で溢れる 素敵なこといっぱいな都 ねぇ? そうだよねっ!』


『うんっ!!!』


子供も大人も関係なく初心に戻ったように頷く。あ、君たちもだよね? 精霊さん。


『さあ、触れ合ってみよう! きっと触れ合えるよ 感じるよ』


その言葉に精霊たちが人に寄り添うように近づき、人も彼らに触れる。


『私たちの素敵な隣人さん とっても可愛らしい精霊さんがねっ』


『わああああぁぁぁーーーー!!!!!』


「夢みたい……こんなにも大勢の人と精霊達が触れ合えるなんて、あなたは素敵な魔法使いね」


その歓声は会場の外側で行われている戦闘の音をかき消すのには十分なものだった。

ディオ様は瞳をうるわせて僕を見つめる。


「まだ終わってませんよ。ミーゼ、カルス」

「「はっ!」」

「みんなのお手伝いに行っておいで……好きなだけ暴れていいよ。あ、都を傷つけないようにね」


僕の提案にミーゼが目を輝かせ、カルスは僕の真意を探ろうと見てくる。

僕は二人の対比にクスッと笑い答える。


「せっかくならさ、スーニャ達にも見せたいんだよ……こんな素敵な光景をさ。それには、邪魔なんだよね……あいつらがさ」

「っ……か、かしこまりました」


カルスが気圧されたように頷く。あら? どうしたんだろう。どうも、魔力を解放してると気分が高揚してしまう。


「カルスやカルス。アタイをおぶっていけや」

「自分で行け」

「そんなチンタラしてたら、終わってしまうだろうがっ!!」

「はぁ〜……分かった。だが、おぶらんぞ?」

「じゃあ、どうするのさ?」

「担ぐ」

「へ? ……ちょ!? ちょちょまちぃぃーーーー!!!!」

「いってらっしゃーい」


僕は猛スピードで消えていく二人に一応手を振る。


『あなたが泣きそうで苦しんでたら 精霊さんはきっと寄り添ってくれるよ だってあの子たちはみんなが大好きだから』


先程の明るいメロディと打って変わって、しんみりとさせる曲調なる。


『だから ねぇ 泣かないで 苦しまないで ボクたちも寄り添うからさ 一緒に 笑顔になろうっ?』


言葉に従うように人々により一層、寄り添う精霊達。ステージの上にいるシャロン達にも大勢の精霊達が傍に寄る。


シャロンはその中の子犬の精霊を抱き上げ頬に擦り寄せる。


「きゅぅ〜」


それに負けじとスピカも僕にスリスリと頭を擦り付けて来る。僕にも頼もしい隣人さんがいたよ。


さあ、しんみりするのはここまで。また盛り上がっていこう。


『こんばんは! 子供は寝るお時間 大人のお時間』


言葉通り、日は沈みきり夜の時間へと移り変わる。

そして今の人々の代弁をするように、シャロンが歌を重ねる。


『えーっずるい? 今日は特別だよ? せっかくだからはっちゃけよう!』


『うんっ!!!』


『精霊さんもさあ ご一緒にいかがっ?』


『ご一緒にいかがっ!』


歌に合わせて、人と精霊が手を取り合う。


「ご一緒にいかが?」

「ええ」


僕が差し出した手をディオ様が握る。


「ディオ様も最後ははっちゃけませんか?」

「え?」


僕はトランスファーを発動させて、魔力を彼女に注ぎ込む。


「ちょっとね、みんなが苦戦してるから、お手伝いお願いします」

「んもう! ややこしいなぁー! うふふ……分かったわよ。大精霊級の魔力を注ぎ込まれたんだから、働かないとね!」


僕の言葉の真意を悟り可愛らしく、ぷくりと頬を膨らませる。


『精霊さんと勝負? 腕相撲できるかな かけっこできるかな かくれんぼは得意? そりゃあね!』


『いつもは見えないもんねー!』


と、笑い声が広がる。


「なら、特別サービスよ。これはね、大精霊が使える魔法? あるいは事象なんだけどね……」


そう言葉にしながら、彼女は手をかざし頭上高くに水球を生み出す。


「私がこれからするのは、それの模倣ね。本来の能力の一割にも満たないけど、それでも人智を超えた力の一端には触れられるわ」


ドン! 水球が一瞬圧縮したのちに、爆発的に広がる。まるで水面に衝撃が走ったかのように、水が会場覆い、やがて都全体をも包み込む。僕のマナテリトリーとは全く違うものだと、本能的に分かった。


魔力を拡散しているのと訳が違う。


自然界における水という要素全てを掌握しているのだ。


『精霊さんと踊ろう! 激しく楽しくクルクルと一緒に回る? ちょっと! 空はずるいよ!』


『ずるーーい!!』


「『水の世界(アクアワールド)』……それが水の大精霊の御業なら、これはさしずめ『水の領域(アクアテリトリー)』ね。さっき言った通り、規模も能力も本物には遠く及ばないわ」


テリトリーはあなたから借りたわ、とお茶目に舌を出して言うけれど、僕にはこれがその本物というものに劣るとは想像出来なかった。


それほどまでに圧倒的だったのだ。だったひとつの属性を極めたらこれ程の力を振るえるのか……恐ろしいと同時に美しくも感じた。


「この領域の中なら私は無条件で水を従わせられるわ……ほら」


そう言い、彼女が手を前に向けると、ステージの上に水が集まり、一瞬にして龍が現れる。


幸い観客もシャロン達も演出だと思っているのか、ただただ喜び上がる。


歌詞に合わせて水龍は空に舞い、そして各地で行われている戦闘に加勢しにいく。


『私たちの素敵な隣人さん 楽しいね! 嬉しいね! ワクワクするね! 愛しいね!』


『楽しい!』『ワクワクするー!!』


次の歌詞を紡ぐ本当に短い時間。


水龍が飛び去って数秒で、スパイダーと思われる者達は全滅した。


あの水龍はディオ様のただの演出だ。


あの水龍が飛び去る間にも、ディオ様はスパイダー達を全員補足して一瞬の間に無力化してのけたのだ。


圧倒的だった。


マナテリトリーでも、一瞬だけスパイダー達を水が覆ったと思ったら、全員気絶したのだ。


『憶測だけど、恐らく水球に閉じ込めた後に、死なない程度の血を抜き取ったんじゃないかしら。ちなみにね、まったくもって同時に、ラグはゼロ。行動開始から一コンマ秒も経ってない。その数、およそ百』


マナの予想に鳥肌が立つ。マナすらも混乱しているのか、話す順序がおかしくなっている。


つまり今、ディオ様がやろうと思えば、この都にいる全生物は一瞬にて全滅するということだ。


『幸せ! みんなみんな幸せだよね! だって……』


シャロン。君たちは本当に幸せだと思うよ。


君たちには最強の守護者がついているんだから。


正直言って、油断しなかったら僕もそこそこ闘えると思っていたんだ。でも、次元が違かった。


数百年の積み重ねは凄まじいんだよ。


ディオ様は言った。あなたの魔力は大精霊級だと。


でも、僕には今ディオ様が見せてくれた芸当ができるビジョンが一切浮かばない。


「大丈夫」

「……え?」

「焦らなくてもいいの。ゆっくり学べばいいわ。あなたには長くはないけれど、けっして短いわけでもない時間がある」


僕の心情見透かしたようにディオ様は言う。


「せっかく、曲も佳境なのよ? 楽しみましょう? ほら! え・が・お!」

「いひゃい! いひゃいですぅ!」


頬をつまれて引っばられる。


そうだよね。焦ったって、急激に強くなれるわけでも、天才になれるわけでもないし。


それに僕は一人じゃない。


マナ達精霊がついているんだから。


『ここはみんなの都 区別も差別も存在しないみんなの都だもん!』


曲も最後のサビに入る。


マナテリトリーからスーニャ達が会場に足を踏み込むのを感じた。


最後に間に合って良かった。


『笑顔で溢れる 歌で溢れる 今日も一日楽しかったっ!』


みんなにもね、見せたかったんだ。


『ねぇ? みんなはどうかなっ!?』


僕は息を吸い込む。そして、会場にいる全ての人と声を合わせるように声を張り上げた。


『楽しかったーーーーーーーっ!!!!!』


『さあ、聞いてみよう! 楽しかった? 楽しめた?』


会場を見渡せば、本当に大勢の数えきれない精霊達で溢れていた。

あ、全身緑コーディネートした吟遊詩人ぽい人がいる。きっとあの人が今日の出来事を大陸中に広めるんだろうなぁ。


『私たちの素敵な隣人さん とっても大好きな精霊さんにねっ』


「楽しかったですか、精霊さん?」


「ええ。とっても」


きっとこの場所にいる人々も精霊も、みんな笑顔に違いないや。

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