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97話 ミロディア王国五

「はぁ〜……」


先程、リハーサルの演奏を聴きました。

これはすごいと、作詞の意気込みを表明するかの如く部屋に脱兎のごとく駆け込み鍵をかける。


「すごい! すごいんだけど……僕の歌詞を採用するの? 本当に? お腹痛くなってきたかも」


お腹を押さえながら、うずくまる。


シャロンが作曲してから一日経ち、その間に王族の方々や演奏隊? っていうのかな。そういう人達が久々のライブということで張り切りまくって一日しか経ってないのに、既にシャロンの作曲した曲をほぼ完璧に演奏してのけたのだ。


シャロンと一緒に聴き惚れたね。

凄かった。


素人でも分かる。あ、これ軽く歴史に残るやつだ……ってね。


「そんな曲の歌詞を書けって? 見た? あのシャロンの期待に満ちた顔……うぷっ……プレッシャーで吐きそう」


今度は口まで押さえることに。


今、部屋には僕一人にしてもらっている。一人になりたかったのだ。


考えれば考えるほど、頭が真っ白になる。


「弱音、弱音……弱音を吐いたって意味ないのにね。……よしっ! 現実逃避がてら都の散策にでも行きますかっ!」


人間部屋に籠ってるより、外を歩き回ってた方が良いアイディアが思い浮かぶのだ。多分。


「そう言えばシャロンと一緒に出かけようって話もあったなぁ〜」


シャロンの期待はプレッシャーだけど、シャロンを避ける理由にはならないからね。友達になったんだから楽しい思い出を共有したいよね。


僕は部屋から出て、護衛のみんなを引き連れてシャロンの元へと向かった。



「賑やかぁ〜」


シャロンと姿を変える魔道具を使用して、二人兄妹のように手を繋ぎ、喧騒が立ちこめる城下町にくりだす。


近くにそれぞれの護衛が人混みに紛れ込んで僕達を見守る。その数、星騎士団含め約三十名。大所帯だ。


みんな一般人や冒険者などに扮してくれている。


これは僕というより、シャロンの為だ。


シャロンはスパイダーという闇組織に狙われている。その為、長い間城から出ることが出来なかった。

万が一があってからは遅いのだ。


ならば何故? 僕が居るからだ。その護衛も大陸随一の実力者ばかり。

少しぐらいならと、水の上位精霊のディア様が許可と他の王族の方々を説得したのだ。


つまり、僕の気晴らしが国家レベルの大事になっているというわけだ。


みんな神経を尖らせているし、見えないけどディア様も結界を通して僕達を見守っている御様子。


間違いなく、世界一大掛かりなお忍びです。


まあ、このことに関しては、シャロンには全面内緒だ。

彼女には、僕の都の案内役になって欲しいと連れ出したことにしている。

そうでもしないと、息抜きにならないだろう?


ディオ様に聞いた話だと、彼女がスパイダーに狙われる前は、よく城を抜け出しては走り回っていたお転婆娘だそうだ。


現に僕の手をぐいぐい引っばりながら、人混みを手馴れた様子で避けていく。


「……!」


喋らない代わりに、表情がコロコロ変わる。


彼女が指さす先には屋台があった。棒に刺さった物体Xを彼女は僕に紹介したいのか、はたまた自分が食いたいのか、分からないけど、まあ、買うのは決定事項だろう。


筋肉が鬱陶しいおじさんから、串を二本購入して、一本をシャロンに手渡す。


「……!」


ありがとうっ! と言わんばかりに、ニコッと天使の微笑みを浮かべる。

さあ、義務は果たしたと言わんばかりに僕から串の物体Xに視線を落とし、がぶりっ! と小さなお口で物体X……もとい、何かの揚げ物を噛みちぎる。


じゅぅぅと歯型を残した揚げ物から透明度の高い肉汁? が溢れてて、お昼ときを照らす太陽の光を浴びて、まるで宝石のように輝く。


ゴクリンコ……辛抱たまらん! と、僕はシャロンのあとを追うように、握りしめた串……もとい手作り感満載な木の棒に刺さった正体不明の揚げ物にがぶりっ! ……? ……!?


「ふふはっ!?」


うまっ!? なんだよ……なんなんだよ。この唐揚げのような旨みと、餃子のような味付けと、シュウマイのように勢いよく溢れ出す肉汁は!


おじさんの屋台の前で、まるで数日間何も食べれなかった浮浪児のように揚げ物にかぶりつく僕達を見た、道行く人達がごくり……と唾を飲み込み、次の瞬間には屋台に大勢の人達が殺到した。


……残念ながらお代わりは無理そうだと、残念に思いながら、気まぐれな猫のように、僕の手をまた握り、ぐいぐい引っ張り次の目的地に誘おうとする妖精さんに黙ってついて行くことにしよう。


視界の端に移る、僕の護衛っぽいドワーフの姉弟が屋台に突撃しようとして、エルフの女の子にゲンコツを食らわされている光景を今は知らんぷり。


そして僕は生涯この時食べた揚げ物がなんだったのかを知ることはなかった。

知らないけど美味しい。それで十分。そんなもんだろう? 旅先の食事ってさ。



よく分からないけど、うんめぇ〜屋台をハシゴしては、行列を作り、さすがにお腹パンパン。


駆け回った無尽蔵体力のシャロンお嬢様も上品にノシノシ歩きだ。

……太ったら、責任とれとか言われるかな?

そんときは痩せるように頑張らせるか、僕も富の証の体型を得て、食の深みに夫婦揃ってハマるのも悪くないね。


お腹いっぱい思考はゆるゆる、脳内ハッピーエンド。

幸せは空腹では得られないと知りえたり!


ぐいぐい。おおっと! お嬢様? もうわたくしめのお腹はポンポコリンなのですぞ?


「お店? わぁ……きれいっすねぇ〜」

「んふー」


ドヤるお嬢様。表情が本当豊かになったね。

一言も喋らないのに、何を言っているのか分かってきました。


ガラス張りに展示されたのは、スノードームみたいなやつだ。台座に乗せられた水晶の中は魚のかたちに削られた色鮮やかな宝石の数々。

なるほど、シードーム或いは、アクアドームというところか。


シャロンに引っ張られ、店内に入ると、なるほど、宝石屋だ。


宝石屋だからか、やたらと宝石を身に付けた、今の我々では一蹴されてしまうだろう、ふくよかさに全振りした店長のおば様に御挨拶。


外のドームについて聞けば、あれは状態が悪かったり割れてたり、売れるほどの大きさじゃない屑宝石をどうにか再利用しようと、作り出したものらしい。水晶の中は独自配合のゼリーを使って宝石を浮かせているのだと。


そしてシャロンが僕をここに連れてきたのは、なんとお金を払えば、このドームを自作出来るという。


それは素晴らしい! と、早速小銭を握りしめておば様にドームを作りたいと申し出る。


おば様はいいわよと言い、僕達を奥の部屋に案内した。


テーブルの上に所狭しと色ごと大きさごとに瓶に入れられた宝石達と、彫刻刀のような道具が丁寧に並べられて、ザ作業机に男心がくすぐられる。

残念ながら、ここでは火炎放射器やトゲ付きバットは作れそうにはないけれどね。


おば様はドーム作りの職人という若めな女性に後はお願いと、そのまま店に戻ってしまう。

不思議だった。温度が少し下がったような気がした。きっと気のせいだろう。


その後、お姉さんに教えてもらいながら、自分だけのドームを仕上げていく。正式名称も聞いた。ジュエルドームというそうだ。地味に外したことがショックだった。自信あったのに……!


ジュエルドームを作っている間、僕の脳内は非常にやかましかった。

ウチの精霊衆が揃いも揃って、バラバラの指示を出してくる。イルカが欲しい、クジラが欲しい、クラゲ? イカ? イカムスメ? それはアウト。

みんなには悪いけど、これは僕が作ったジュエルドームとして欲しかったので、意見は取り入れない方向で。


……今夜はあっちの世界で彼女達のドーム作りに強制参加される未来が確定だね。


正直、器用にバッドステータスでもデフォルトで付与されてるんじゃないの? ってぐらい不器用な僕にしては中々の力作だ。

カクカクしたポリゴンみたいなイルカはきっと新種としてどこかの海に居るだろう。きっと居る。そうでないと、やるせないじゃないですか……!

シャロンは楽器を演奏できる王族の一人らしく、すんげぇ〜器用にジュエルドームを作り上げていた。


なんだろうな……僕が積み木でポリゴンのイルカを作る隣で、3Dでモデルを作成しているプロぐらいの差を感じます。


取り敢えず、これがジェネレーションギャップか! と言っとけば誤魔化せるでしょうか?


出来上がった、二つのジュエルドームを専用の箱に入れてもらい、二人してそれを大事そうに抱えて、温度を上げる能力があるかもしれないおば様にお礼を言いながらお店を出た。


気がつけば夕暮れとき。もうそろそろ帰ることだろう。祭りのあとの寂しさみたいな気持ちを抱いた。


と、思ったら、本日何度目になるか分からないクイクイと、おててつないでいこうにより、僕は仕方ないなあと、彼女の手を握り、恐らく最後になるであろう目的地に連れていかれた。



都の隅っこ。他の所より少し高い位置に設けられた公園のような場所。中央には噴水が設置されており、そこそこの数のベンチが備え付けられ、疎らながら人がいる。

旅行客というより、地元の人達だ。憩いの場というやつなのだろう。


シャロンは噴水ではなく公園の隅、落下防止の手すりに向かう。

手すりの向こうは少しだけ崖みたいな高さだ。だが、彼女が僕に見せたいのは、そんなものじゃないのだろう。


前を向くと、そこには目を見張る光景が広がっていた。


沈みかけの太陽の光に照らされて、都が光っていた。視界の中心にはこの都の中心になる城が鎮座し、城の天辺付近、ちょうど水の上位精霊、ディア様の庭園の頭上から水がとめどなく吹き出ていた。


都が光って見えたのも、都全体に流れる水路の反射なのだろう。

夕焼けの暖かみを感じさせる橙色の光が都を包み込む。


間違いなく人生一の絶景だろう。


この絶景を見せてくれたシャロンの方に視線を向けると、彼女は歌ってきた。


「────」


音はなかった。はたから見たらきっと口をパクパクさせているだけに見えるだろう。


僕はそれが酷く悲しいことなのだと思った。


歌うことが大好きな女の子は歌うことが叶わない。


「大丈夫だよ」


僕は気がつけばそんな言葉を口に出していた。


「……?」


彼女はチョトンと僕に視線を向ける。


握った彼女の手に力を入れて、僕はほほ笑みかける。


「もうちょっとだけの我慢だ。もうすぐ君が自由に歌っていける日常がやってくる。だからもうちょっとだけの我慢だ」


僕の言葉にシャロンは目を瞬かせる。


でも、次の瞬間にはニコッと満面の笑みで頷いてくれた。


僕はその笑顔を見て、再度決意する。


必ずスパイダーを倒す、と。



2人並んで、しばらく夕日に照らされた都を見つめていたら、シャロンにクイクイと袖を引っ張られる。


彼女に向き直ると、シャロンは手に持った箱を僕に差し出した。


「えっ……それってさっき作ったジュエルドーム? えっと、くれるの?」

「……!」


コクコクと頷く。


「あ、ありがとう」


ニコッと嬉しそうに笑う。


「それじゃあ、釣り合わないかもしれないけど、良かったら……どうぞ」


今度は僕が持っていた箱。

……そう、世にも珍しいポリゴンのイルカ同梱版のジュエルドームだ。


「……!」


貰ってもいいの!? いいの!? と僕から箱を手渡され、目を輝かせて飛び跳ねる。


いやいや、喜びすぎだよ。

……なんか照れくさいじゃん。ごめんね、ポリゴンイルカで。


そして箱をギュッと抱きしめたシャロンは、夕日に照らされて、音のない言葉を僕に贈る。


「────」


うん。聞こえる、聴こえるよ。


君が紡いた言葉が。君の短い詩が。


だから僕も返そう。


世界で一番思いを乗せた言葉を返そう。


「ありがとう」

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