96話 ミロディア王国四
「……!」
シャロンは感激したのか、僕の両腕をガッチリ握りしめ、涙で潤んだ瞳を真っ直ぐ僕に向ける。
「シャロンが凄いよかったって言ってるわね……私も同じよ……拙いけど思いが乗った素敵な歌だったわ」
拙い……うぅ……やっぱり上手くはなかったか。生まれ変わってもセンスが変わるわけじゃないからね。
「……!!」
「あら? 本当に? ……そう……ええ。分かったわ」
「シャロンはなんて?」
「あなたに歌詞を書いて欲しいみたいよ」
「なるほど〜歌詞ですかーお安いご……!? む、むりむり! 無理ですよ!! 僕に文才などないです!!」
出来ることならなんでもするつもりだが、さすがにそれは僕のレベルだと無理です。そりゃあ、オタクなら誰しもがアニソンを自分で作ってみたいと思いはするし、そのツールとして機械音声のアイドルが生まれたわけだけど。
それは長年の経験やセンスがものを言う世界。才能ある人など機械音声で曲を作って大ヒットして、本人で歌い出したら日本一のアーティストになったような天才もいるのだ。
ええ……ハチで米の人です。
結局は挑戦する前に、心が折れた僕が人前で歌う曲の歌詞を手掛けろと?
ハハッ…………死ねと?
僕は必死に自分の無能っぷりを語るが、その度にシャロンが首を横に振り、ディオ様がシャロンの思っていることと、自分の考えも織り交ぜて説得してくる。
「もっと気楽にやりましょう? それに歌詞を書くかどうかはシャロンが作曲してからでも遅くないわ。というよりシャロンが作曲しないと歌詞は書けないでしょう? あなたが書いた歌詞を元にシャロンが作曲するという手もあるけど?」
「む、無理です! 僕から始めるなんて……」
「なら、シャロンが作曲してから、歌詞書いた方が楽よね? 世界観はシャロンが作るわけだから、あなたはその世界観を損なわない程度に頑張ればいいのよ? それに歌うのはシャロンだから、結局のところ注目されるのは歌姫シャロンなの」
「つ、つまり僕は目立つことは無いと」
「ええ。ハッキリ言って、見に来る観客達からしたら歌など二の次なの。みんな歌姫シャロンを見に来てるのだから。それに、歌うのは一度だけよ? あなたは一度聴いた歌詞を覚えきれるかしら?」
「むぅ……確かに」
「だから、ね? 気楽に行きましょう? それでも不安なら、私とシャロンもあなたの書いた歌詞を見直してあげるから」
「それなら……」
「やってくれるわよね?」
「……はい」
「言質は取ったわよ! シャロン」
「……♪」
「…………っは! 嵌められた!?」
「長生きしてる精霊を甘く見ないことね♪」
こうして、僕は気がつけば歌詞を書くことに決まったのだった。
それもこの優柔不断な性格のせいだ。もっとキッパリ断れる意思を持てればなぁ。
というわけで、シャロンが何日で作曲してくるか分からないけど、歌詞を書くセンスを少しでも高める為に、僕は精霊の箱庭に赴きました。
「第一回カラオケ大会! イェーイ!」
「「わーぱちぱち」」
僕のやけくそまじりな掛け声に、雛とライアが乗ってくれました。逆にマナと澪はジト目を僕に向けている。皆まで言うな……僕が一番分かっている。
場所は新たに生み出されたとある建物。
このファンタジーな空間にそぐわない四角い現代的な建造物の名は……そうビルである。
しかも中身はカラオケボックスのみというカラオケ好きにはたまらないビルになっているのです!
ぶっちゃけ急遽建てたから、実用性重視でこうなった。まあ、使う頻度が高ければ、色々追加されていくでしょう。
「今回はサウンドの方じゃなくで、三文字の英文字の辛口採点にしました。目指せ! 80点越え!!」
「「イェーイ!」」
ジョイの方じゃなくで、D〇Mのほうね。だってジョイの方は、何歌っても高得点取れる接待用なんだもん。
「と、言ってもリアルのカラオケみたいに無数の曲が入ってるわけじゃないからカラオケもどきなんだけどね……僕の記憶にある曲しか無いわけだし」
実質、アニソンとゲーソンのみのオタクカラオケである。知っている曲しか流れないとか最高じゃね?
「うっわ……項目がアニソンとゲーソンとちっさくJ-POPの三択しかないよ……この機械」
「海外の曲とか聴かないもん……聴いたって、歌えないし」
発音良すぎてあかんね。さっぱり真似出来ないし、覚えられない。
澪がリモコンをポチポチ操作して愚痴っているけど、どこか浮かれている様子だ。
「それじゃあ、最初はリモコンを持っている澪から」
「は!? いーやっ! こういうのは考案者が最初でしょ? はいっ!」
勢いよく突き出されたリモコンを渋々受け取る。
「そんなに嫌がらなくても……」
「さりげなく私の前に置くのやめてくれる?」
ちっ……渡されたリモコンを流れるように隣に座るマナの前に置こうとしたら、バレてしまった。
「あ! 皆さんは何を注文しますか?」
「そんなところまで再現してたの?」
ライアがたちあがり、扉の横に付いている受話器を取りながら尋ねてきた。
それに対して、澪が呆れ気味に言う。
まあ、要らないよね……僕達しか居ないし。
「雛はオレンジジュース!」
「なら私はウーロン茶かしら」
「あ、ずるい……なら私は乳酸菌」
「はい……カル〇スですね」
「ぼかしたのに……」
「マスターは何にしますか?」
「ふっ……みんな甘いよ……わたあめのように甘い!」
飲み物しか頼まないみんなを僕は嘲笑う。
「むぅ……なに? その態度」
「ふふふ……ライア」
「はいっ」
僕は優雅にソファに腰掛け、ライアに言う。
そう……大勢でカラオケに来るなら大体頼むもの。それは……!
「世界一有名な炭酸飲料とパーティーセットで頼むよ」
「かしこまりました」
「いや、そんなにドヤられても……」
「察してあげなさい。子供のようにはしゃいでいるのよ」
「お兄ちゃん! 今日はいっぱい楽しもうね!」
「やめて! 逆に恥ずかしいよっ!」
ドヤってたら、気を遣われたでござる。めっちゃ恥ずい。
「はい……そうです……よろしくお願いします……注文しました〜」
「おお〜ありがとう」
「いえいえ……では作ってきますね〜」
お礼を言ったらライアは照れくさそうに出ていった。
「……いや、お前が作るんかい!! てか、さっきの電話なんだったんだ!?」
「ライアちゃん浮かれてるねっ!」
「そう言えば、この建物作ったのライアだったね」
「あの子、こういうイベント大好きみたいね」
まあ、最近は構ってやれなかったし、寂しい思いをしてたのかも。
「お待たせしましたー」
「はやっ!」
ガチャと出ていって一分程度で料理と飲み物を乗せてトレイを持って帰ってきた。
「あ! ポテトフライだぁ!」
「枝豆もあるわね」
「野菜スティックとマヨネーズもあるし」
「パーティーセットの特徴は、片手でつまめる軽食だからね!」
別に自分で用意したわけでも、考案したわけじゃないのに、僕は再度ドヤる。
それにしても懐かしいなあ。どれも前世だとありふれたものだったのに。
ここは僕の精神世界みたいなところだから、記憶にあるものはなんでも再現できる。
その気になれば、日本の頃みたいな生活も出来るだろう。
「ポテトフライにいくらマヨネーズを付けても、ゼロカロリー♪」
さっそくポテトフライにマヨネーズをたんまり付けて口の中に入れる。
「〜〜美味い!」
「雛も!」
「いくら食べても飽きないわね」
「それにまったく減る気配がないね」
「ボリュームはインフィニティにしました〜」
みんなでパクパクと凄い勢いで食べるが澪が言った通り、減らない。
ライアが変なことを言っているが、普通に減らない設定にしてるのだろう。この世界ならこの程度余裕なのだ。
「……いやいや。早く歌おーよ。ほらほら、レイン君リモコン取って、あ、手はちゃんと拭いてよ」
「うぅ……やはり歌わないとダメかぁ〜」
「この期に及んでまだそんなこと考えての? いいじゃない、身内しかいないのだから」
それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのです。
そうは言いつつ、せっかくここまでしてもらったのだからと、僕はリモコンを取ってポチポチと操作する。
「……おい。何故、一曲一分半しかない上にアニソンじゃなくてJ-POPなん?」
「み、見たららめぇ!」
反対側に座っていたはずの澪がいつの間にか僕の背後から画面を覗き込んでいた。
「だ、だってどうせ最初の曲って上手く歌えないやん? うち、絶対声でぇへんねん……だから、サクッと終わって、そこまで歌唱力が必要ない曲にしてみました」
ふざけたら、絶対零度の視線を向けれたので、真面目に答えました。
「ふつーに、男性ものの曲歌えばいーじゃん。ウィー〇ーとか」
「有名すぎるアニソンって、逆に歌えずらくない? ほら、にわかとか知ったか扱いされそうだし……似てないの指摘されるし」
うぅ……会社での飲み会を思い出しちゃったよ……どうして、僕はあの時、有名な曲歌っちまったんだ。
その後に、同僚のイケメンが、俺も歌いたいとか言ってさぁ、僕の何倍も上手く歌って、場が盛り上がった。僕の心は盛り下がった。てか、恥ずかしすぎて死ねたね、うん。
「どうして、陽キャラって、歌が上手いんだろうね……そして、どうして陰キャは歌が下手なんだろうね」
「注意。個人的な意見です」
「普通に場数でしょう」
「だよねー」
経験値の差ですね、普通に。まあ、経験値を埋められても、私の方が歌が下手の自信がありますけどねぇ!!
「ならば! そんなに恥ずかしいマスターの代わりに、このメイドが、代わりに歌います! 聴いてください……」
僕達がなんやかんやしている間に、ライアがリモコンで曲を入れていた。
そして、モニターの前で、マイクを片手に持ち、もう片方の手は、胸の上あたりに乗せる。見たことある。テレビで歌が上手い女性が歌う時のポーズだ。
流れる前奏は……アニソンじゃない!
「これは……アイドルソング……っ!」
某48人の大ヒットソングだったはずだ。
全盛期だったころだから、僕も興味本位に買って聴いたんだ。さすが大ヒットしただけあって、いい曲だった。
「恋するふぉーちゅーん……」
「みらいは〜」
「へいへいへ〜」
なんと、僕が過去に数度だけ見たPVの踊りまで再現し完コピ! 更には、本人顔負けの歌唱力!
「やるわね……」
「……負けない」
マナと澪が悔しそうに言う。僕? はは、あの子本当に僕から生まれたの? 遺伝子ちがくなーい?
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「ん? なんだい雛」
横から雛が袖を引っ張ってきたので、彼女に顔を向ける。
「お兄ちゃんはライアちゃんの後に歌うの?」
「あっ……」
いや、無理っす。
プロの後に素人が歌うぐらい無理っす。
「やりましたーっ!」
「92点ね」
「踊ってなかったらもっと高いよね〜」
うぉい! 90点台など人生で出したことないぞ!?
「さっ、せっかくライアさんが歌ってくれたんだから、レイン君歌えるよね?」
ニコリと、今度は逃がさないという強い圧を感じさせる笑顔を向けられた。
「これ以上逃げたら、むしろ自分の首を絞めることになるわよ?」
マナは困ったように、気遣う。
「お兄ちゃんっ! 当たって砕けろ! だよっ!」
玉砕覚悟という雛。ある意味一番僕を信じている。
「マスター。マイクをあたためておきましたっ」
はいっ! とマイクを手渡すライアに悪意はない。
「ああ。ありがとう」
僕は手渡されたマイクを握り締め、もう決めた曲を素早くリモコンに打ち込む。
……さあ、始めよう。
僕と彼女たちのカラオケ戦争を!
カラオケを始めてから一時間以上が過ぎていた。
リアルタイムは深夜帯に入り、ここからは徹夜コース。
だが、逆に僕の……僕達のテンションは上がりっぱなしだった。
「おちてゆく〜すなとけいー……」
「さかさまに〜すれば……ほら〜またはじまるよー」
マナは某泣きゲー及びアニメを大量生産するメーカーのアニメオープニングの曲をメドレーのように歌う……唄う。
どうやら、マナはみんなにこのメーカーのアニメを全部見せているようで、僕含めて、少し涙腺が緩くなっていた。
「しばらく……みつめあ〜あってからそらすまでなにをかんがえてた〜の?」
「ごまかした〜あとの〜ひとりのから〜」
「ゆめなら〜! たぁ〜くさんみたぁ! さめ〜てからも、またあいたぁ〜い!」
今どきのJKこと澪は、なんとラノベ原作のアニソンを主体に熱唱。どれも力強く聴いていて胸が熱くなるなる。
オタクが好きなアニソンをJKが歌う……分かり合うことができるんだ。
「むねにやど〜る……あつきすいせいは〜はじまり〜のこどうをへ〜」
「たとえきえそ〜うな〜わずかな〜ひかりぃーだってぇー」
「てんにまう、てんしーのささやきぃー! たしかなきお〜く! たどぉーって!」
ライアはアニソンの女王と呼ばれている女性の歌を完コピで歌い上げる。
某魔法少女のオープニングを熱唱する姿は本人を思わせる。あのカートリッジのガシャガシャ音はたまらない。
「すいめんが〜ゆ〜らぎ、かぜーのおとひろーがる!」
「いぃーっしゅんにくだけちる! あ〜なたがすきよっ!」
「きらっ! りゅうせ〜いにまぁ〜たがって! あなたにきゅうこーか!」
雛はチャレンジ精神が凄く、本来なら歌うことに躊躇いそうなものばかりチョイス。
今回もきらっ! というセリフが有名すぎるし、名曲を可愛くポーズを添えて歌う。
か・わ・い・いです。
「しゅうちゅうでてきていないな〜まだからだがまよっているんだぁ〜」
「あじわうぅ〜のはしょうりのびーしゅかっ! それともは〜いぼくのくじゅぅ〜うかぁ!」
「ぜっこうのごーるでんたぁーいむ! このてでつかめ!」
僕は、唯一の男という強みをいかし、男性ボーカルの曲を歌いまくる。意外や意外、歌えば歌うほど自分が上手くなっているのが分かる。
それに楽しい。知ってる曲で好きなものばかりみんな歌うから凄いテンションが上がる。
デュエットもみんなで何曲も歌う。めっちゃ楽しい。
「気がつけば朝だぁ〜」
精霊の箱庭から帰還した僕が待ち受けていたのは、朝日だった。
どうやら、あれからぶっ通しで六時間以上歌っていたみたいだ。時間の感覚が麻痺してる。
コンコン。
ドアがノックされる。
「レイン! シャロンが作曲したわよ〜」
「はやっ!」
昨日の今日で、ディオ様がシャロンが手がけたと思わしき、譜面の束を持ってやってきた。
「一睡もせずに書いてねぇ〜寝なさいと言っても凄い集中力で止めきれなかったわ」
「僕も負けられませんね」
「あら? 随分とやる気ねぇ〜それに目がギラギラしてるわ……寝てないの?」
「いえ、たっぷり眠らせてもらいましたよ」
夜間テンションがまだ残っている。この勢いのまま歌詞を書いたほうがいいと僕の直感が言っているんだ。
ノリと勢いでゴーだ!
「そう。でもあなた譜面読めるの?」
「すみません昼過ぎに起こして下さい」
僕は毛布を被り直して眠りについた。




