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95話 ミロディア王国三

「演奏会をやりましょう」

「演奏会ですか?」


しばし、しんみりした空気を払拭するようにディオ様が明るい声で言う。


「そうよ。前はね、よくシャロンと他の子達……王族全員で演奏会をして、国民達を楽しませていたわ」


「まあ、伝統的な行事よ」と、朗らかに言う。

とても楽しそうな表情を浮かべている。彼女も王族の演奏会が大好きなのだろう。


「この国の王族は必ず小さい頃に、ひとつは楽器を学ぶの。これは初代女王が決めたルールね。強制力はないけれど、歴代の王族は守り続けてきたわ……バカ真面目にね」


ふふふと、嬉しそうに。

もしかしたら、初代女王が彼女の為に設けたルールなのかもしれない。


「きっとシャロンは嫌がるわ。自分のせいで引き寄せた精霊達が捕まってしまったからと……」

「シャロンのせいじゃない! 悪いのは全部スパイダーのせいです!」

「この子が起きたら言ってあげてちょうだい。きっと……救われるわ。あなたの真っ直ぐな言葉なら」


膝で眠っているシャロンを愛おしいに撫で、僕に向き直る。


「この演奏会は大々的に宣伝するわ。そうすれば、シャロンの能力を知っているスパイダーの連中は必ずこの気に乗じてシャロンを狙ってくるわね」

「狙ってこない場合は?」

「ありえないわよ。だって、奴らこの国にまともな戦力がないからと好き放題やってたもの。あなたは見下していた相手に細心の注意を払うの?」


その言葉には怒気がはらんでいた。

この国はエディシラ神聖国並に、同盟国が多い。その為、ここ数百年戦争など仕掛けられていないし、仕掛けてきても、水の上位精霊のディオ様の結界で返り討ちにあうのだ。

しかも、言ってはなんだけど、ミロディア王国はこの都の周辺までしか国土がない。

つまり、旨みがほぼないのだ。

攻めるには、ディオ様の結界を壊せる程の戦力を必要とするけど、そんな戦力で勝ち取っても、旨みは都一つ。割に合わないだろう。


だから、この国にて騎士や兵士というのは、都で乱暴な態度や行為をする者たちを取り締まる存在で、決して戦うことに長けた者たちではないのだ。

暴漢程度なら鎮圧出来ても、闇組織のスパイダー相手は難しいというわけだ。


「私の結界はかなり弱まっているのも原因の一つだわ」

「やはりそうだったんですか」

「あら、気づいていたの? さすがね」

「何となくですけど」


やはりあの時見た結界は本来より弱まっていたのか。


「元々、あの結界は他の精霊の子たちからも協力して強化して維持してたの。でもスパイダーが潜り込んで、次々と精霊を捕らえてしまって、それで怯えた子たちがここを離れてしまったわ」

「それじゃ、今はディオ様一人で維持を?」

「ええそうよ。あの子たちを縛る権利は私にもましてや大精霊にもないもの……精霊は自由なのよ」


彼女は物寂しそうに言う。自由とは言うが、彼女自身は帰る場所、居る場所の大切さを知っているのだろう。だからこうやってこの国を護り続けている。


「きっとまだ、精霊で賑わいますよ」

「レイン……」

「見てみたくなってきました。精霊の楽園」

「うふふ。ええ。凄いわよ〜何せ数百数千の精霊が集まるのだから」

「楽しみです。だから、教えてください。僕のすべきことを」


見てみたい。精霊達が楽しそうにしているのを。

見てみたい。シャロンやディオ様が不安なく楽しい日々を送れるのを。


「うちの騎士たちが弱いわけじゃないのよ? ただ、数が足りてないだけで。スパイダーが現れてからは、王族を護ることを優先したから、捕らえられなかったの。だから、レイン。あなたには演奏会の時に潜り込んだスパイダーの連中を全員捕らえて欲しいわ……手段は問わないわ。できる限りのことを私が許すわ」

「はい。大丈夫ですよ。僕には心強い仲間がいますから」

「あなたの騎士たちね」

「はい。彼らもきっと協力してくれます」


星騎士団(アスタリスク)は正義の味方だ。

なんてね。それでも確実なのは彼らは善人で悪を許す者たちではないことだ。



その後も話し合いが進み、ある話題により僕は頭を抱えることになる。


「演奏会でシャロンが歌う曲は出来れば新曲がいいわね。既存の曲だと盛り上がりに欠けるもの」

「作曲は誰が手がけるのですか?」

「王族全員で話し合いの場を設けるわね。と、言っても現在はシャロンが作曲を一人で手掛けているわ。あの子天才なのよ」

「凄いですね。まだ幼いのに」

「脱いだら以外とあったりするわよ?」

「なんの話ですか!?」

「あなたの将来の妻の話じゃなーい」

「だから! 何の話!?」


時折、こうやっておちょくってくるのが、この人の残念なところだね!


「作曲は出来るのよ。でも作詞が苦手なのよね〜やはり城に閉じこもってばかりじゃ似通ったものばかり出来て、この子の才能が発揮できないわ」

「新しいインスピレーションが必要だと」

「ええ、そう……あ!! あなた! 神子のあなたなら何かこう……新しいなにかを持っているんじゃないかしら」

「あ、アバウトに聞かれても……」

「なんでもいいのよ? 例えば神聖国で聞いた話でも、旅と途中での珍事でも、故郷で歌われてきた民謡でも」

「うーむ……」


僕の話でそんなにインスピレーションが湧くかな?

もっと、いいものがあれば……前世の話は出来ないし。


……

…………

………………ん?


「あ!?」

「きゃっ……どうしたのいきなり」

「アニソンがあるじゃないか!!」

「あ、あにそん?」

「はい! 僕の故郷の……古に伝わる歌の数々です」

「凄いじゃない! どういうものなの!?」

「そりゃあ、アニソンは凄いですよ。万人受け、老若男女問わず! の国民的なジャンルなんですから!」

「なにかすごそうね!」

「……!」

「あら、シャロン起きてたの」

「……!」

「話聞いてたのね……ええ。そうよ。あなたの王子様が助けてくれるそうよ」

「……♪」

「ええ。嬉しいわよね。私も嬉しいわ」


な、何故会話が成立してるのだ? 吾輩には理解出来ぬ。愛か? 愛がなせる技なのか?


「歌ってみてちょうだい。シャロンも聴きたがっているわ」

「……!」

「うえっ!? う、歌う? アニソンを? ワタクシが?」

「ええ。だってあなたしか知らないじゃない。それとも他に知っている人があなたの連れに居るのかしら?」

「……おりませぬ」

「なら決まりね! 楽しみだわ。長く生きてきたけれど、アニソンは知らないもの!」

「……! ……♪」

「ええ。シャロン。きっと素敵な体験が出来るわ。それを元に新曲、頑張るのよ」

「……!」


僕は汗がだらだらになっていた。

歌うの? アニソンを? 自分で言うのもなんだが、アニソンは万人受けするけれど、公衆の面前で歌うのはハードルがすこぶる高い。

ましてや、素人でカラオケの採点で79点の壁を超えられない下手くそが歌うとか、死刑宣告だ。

でも……二人ともめちゃくちゃ目を輝かせて待っている。

この期待に応えずして、神子やれるか!!

……神子関係ないけど!!


問題は選曲だ。

アニソンは一言で言えば、あらゆるジャンルをごちゃ混ぜにしたジャンルだ。

ホップなものから儚いものも、ロックもあればオペラもどきまで、本当に幅広い。

最近だと人間じゃなくて機械音声が歌うものまである。

それを含めれば、膨大な数になろう。


その中から、僕が選んだ神ソンベスト200から一曲選び取る。

ふ……久しぶりに脳が高速回転して、原始の記憶から曲を引っ張り出している。


『言いづらいのだけれども、精霊の箱庭(ここ)にあるわよ? あなたが前世、見聞きしてきた曲全てのデータが』

(…………)

「い、一時間ください! 今、飛び切りの選んできますっ!!」


返事を聞かずに僕は駆け出した。


僕が前世に聞いてきた曲?


「アニソンじゃなくてもいいよね!」


アニソンじゃなくて、国民的ソングでいい気がしてきたぞ!



「と、言ってもあなたのラインナップのほとんどがアニソンじゃない」

「ぐっ」


そう。生粋のアニソン好きだった僕は、前世に聴いた曲の九割以上がアニソンなのだ。

……僕の身体はアニソンで出来ている。


今、木にもたれ掛かるようにして、精霊の箱庭に来ていた。文殊の知恵ってね。

いつもの庭園ではなく、今は全方向にCDで埋め尽くされた大部屋にて、真ん中の円形テーブルにてマナ達と歌う曲会議をしていた。


「少ないアニソン以外の曲も、有名ところばかり……」

「ランキングの上を味見して、選んだんだよね」

「アニソン以外とことん興味ないんだねぇ〜」


手元にCDを取り寄せた澪がパッケージを凝視する。


「うっわぁ〜こんなロリロリしいパッケージの曲、聴いてるの?」

「ロリロリしいって……アニメは見てないよ。アニソンアサリして気に入ったやつを片っ端から買ってるだけだし。ここにあるアニソンはほぼ全て僕が厳選に厳選を重ねた良曲ばかりだよ! ぶっちゃけ、その一割もアニメ見てない!」

「アニソン好きなのに、アニメ見ないんだ……」

「原作派です!」


アニメは一回見始めると最低でも四時間、八時間ぐらいは時間を用意する必要がある為、社会人になっては、月に一本見るかどうかになったんだよね。働いていたから学生時代と違って原作を買い漁れるぐらいにはお金稼げるし。


「あ、これ雛に似てるー!」

「お、どれどれ………………き、気のせいだよぉー」

「あ、怪しい反応」

「十中八九、アニソンじゃないわね……吐きなさい。それはどういうジャンルの曲なのかしら?」

「マスター! どんな結果でもメイドはマスターの味方ですっ!」

「お兄ちゃん! 教えて! この女の子はお兄ちゃんのなんなの!?」


ぐっ……適当に流せればこんなことには。

覚悟を決めるしかないのか? それは、僕に死ねっていっているのと同義だぞ。


「安心なさい。この程度でどうこうなるような関係じゃないでしょう? ほら、私たちを信じて」

「マナ……」


そ、そうだよね。ぶっちゃけ今更だよね! この程度で僕達の絆は消えたりしない。


「この曲はね! アニソンじゃなくてゲーソン……しかもエロゲのね!」

「あなたの精霊辞めさせてください」

「お兄ちゃん……」

「さいっっってぇー!!」

「マスター……ごめんなさい。メイドモノなら味方をするのですが……これはないです」

「あっれぇ〜なんでぇ〜!?」


うおい! マナの目が絶対零度だし、雛の目にハイライトが消えたし、澪は犯罪者を見る目だし、ライアはなんか拗ねてる。


「ロリコン」

「お兄ちゃんはロリコンさんだったんだね」

「幼女愛好家近寄らないで」

「ロリメイドが本当は良かったんですか?」

「ぬぉぉぉぉ!! 違うのです! たまたまパッケージが一番人気のロリっぽい女の子になっただけで、実際はその子以外普通の女の子が出てくる作品なの!! そもそも、エロゲの登場人物は全員十八歳以上と相場が決まってるんだよ!! だから僕は悪くにゃい!」


そう。僕は悪くない。

悪いのはエロゲにロリっ子を出すメーカーなのだ!


「でも、この子、ランドセル背負ってるわよ?」

「それに一言セリフのどころに『大きくなったらお兄ちゃんと結婚するね!』って、書いてあるよ? 十八歳以外なら即日結婚出来るよね?」

「お兄ちゃん……もしかして、この女の子……身体的に障害を……それで幼児退行しちゃったとか……可哀想だよぉ」

「マスターのゲームライブラリを漁っていたらゲーム本体を見つけたのですが、表紙にメイドがっ! メイドが写っていますっ!! 私はマスターを信じていましたっ!」

「この物語の登場人物または団体は架空の存在です。現実には一切関係ありません。この物語は100%フィクションで出来ています。現実と混同なさらないでください」


その後もわちゃわちゃと騒いてしまった。

その結果……。



「レイン・ステラノーツ……いきます!」

「待ってたわよ!」

「……!」


今、僕はアニソン……ではなく、先程のエロゲの歌を歌っております。


ロリロリしいのです。


ロリロリしい曲なのです。


歌詞一つ一つがロリロリしいし、恥ずかしいものばかりだ。

例えば……


「しゅきしゅきだいしゅきぃ〜ときめいたのはだぁーりぃーんひとりぃ〜なのっ!」


ぐはっ! レインに9999のダメージ!


「おしえてぇ〜ただひとつのこいぃ〜くちずけぇ〜にておしえてぇ〜まいだぁわーりぃーん!」


ぐぼっばぁ!? レインに超絶ダメージ!


「こいにこいしてぇ〜いまぁ……みつけたの……わたしのいきるいみ……きみのいるしあわせ……すきなの……だいすきなの……」


ぐすっ……ええ歌詞や。エロゲの曲って基本的に本編の内容に触れる歌詞が多くて、このエロゲもネットで散々泣きゲーと言われている名作で、前半のラブコメでヒロインたちにときめいて、後半の個別にて彼女達の葛藤や苦しみを知り、そして最後に……。


「だからね……まいだぁーりぃーん……ずっといっしょに……いっしょーうに……いよ?」


ああ! ずっと一緒に一生にいよう!!


「ぐすっ……なによ……この曲……涙が……涙が止まらないわ」

「〜(ぽたぽた)」


ディオ様が目元の涙を拭いても拭いてもやまない涙に文句を言う。

シャロンは目を真っ赤にして涙を流して、放心していた。


『ご主人様……あとで……やらせて……このゲーム……ぐすっ』

『私も……ぐすっ』

『雛も……ぐすっ』

『わだじもやりだいでずぅ〜』


「エロゲって……素晴らしいものなんだぜ?」


満天の空を見上げて、僕も込み上げてくる涙を押されることなく、流し続けた。


…………アニソンどこいった?

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