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94話 ミロディア王国二

城のど真ん中に庭園があった。

頭上には天井が無く、どこまでも快晴が広がる青空。


「ここは……」


僕のつぶやきをかき消すような強大な魔力が眼前に収束する。


「あら? 王族以外の子がここに来るのは珍しいわね。シャロンのいい人かしら?」

「……!」

「あははっ! 冗談よ〜」


魔力は水にそして人の形に移り変わる。

次第に水色の人型から本物の人間になるように、色がつく。

そんないきなり現れた彼女は美しいソプラノ声でシャロン様をからかう。

そしてそんな彼女に遠慮なく拳を叩き込むシャロン様のやり取りからして、親しい仲だということが分かる。


「せ、精霊様……!」

「人型の精霊……上位精霊か!?」


後ろから追いかけてきていたスーとドワーフのミーゼが驚いた声を上げる。

精霊……僕の中に存在するマナ達と同じ存在。彼女達と同じように意思を持って喋れる存在は初めて見る。


「精霊様だったのですね……水の大精霊ですか?」


この国は水の大精霊と契約しているという伝承がある。

彼女の口ぶりからして王族とは縁の深い関係た。つまりは、彼女がこの国の始まりに近い古き時代からこの国を護り続けている水の大精霊ということになる。


「そうね〜長い間ここには住んでいるわ。大精霊など言われていることもあるけれど、ただの上位精霊よ? 大精霊はね、もっと凄いんだから」


シャロン様に抱きついていた精霊様は僕に向き直り、指を立てて、ちっちっちっと指を左右に振るう。


「水の大精霊ならね、ほんっっとうに、海を割れるし、一瞬で湖クラスの量の水を生み出すことも出来るのよ? 私なんか、都を覆う結界を維持するのに精一杯なんだから」


精霊様は誇らしげに胸を張り、鼻を鳴らす。

都ひとつ覆う結界を張れるのも随分凄いと思うのだけれど。


「大精霊というのは桁違いなのですね……」

「あら、そんな大精霊にも比肩する魔力を持つあなたなら同じようなこと、すぐに出来るようになるわよ」

「っ!?」


僕は驚きのあまり精霊様を凝視する。

今の僕は完全に魔力を体内に押さえ込んでいるから、『魔視』を使っても、魔力を感知出来ない筈なのに。


「うふふ。精霊は魔力で出来ているのよ? どんなに隠そうとも、見るだけで分かるんだから♪ それにしても驚いたわ〜数百年ぶりに驚いたのよ? こんなに驚いたのは昔の王様が同性愛に目覚めたとか言って家出したときぐらいよ」


やはり第一王子はそのケがっ!!!


驚いた驚いたと連呼する精霊様は僕の周りをふよふよと飛び回りじっと見つめる。


「あなた……精霊になりたいの?」

「っ……分かりません。でも、精霊は好きです」

「ふふふ……そう。私もね、好きよ。人間」


精霊様のいきなりの質問によく分からない返しをしてしまった。

僕に気をつかってか、小声で話しかけてくれる。


「でもね……精霊は人間にはなれないわ。その逆もそう……だったんだけどね〜あなた見たらいけそうな気がしてきたわ〜あはは」


凍えるような声で言ったあと、すぐに可笑しそうに噴き出して、宙高く飛び回り出した。


「それって……僕には精霊になれる可能性があるってことですか?」


ボソリと呟いた僕の声は精霊様の笑い声にかき消された。



その後、ミロディアの騎士の人達にここは限りた人しか立ち入らないようにということで、星騎士団は庭園の外側に待機し、庭園をシャロン様とシャロン様に手を引っ張れるように歩を進める僕と、そんな僕達を後ろからニコニコと浮きながら着いてくる水の上位精霊様。

名前はディオ様。


「ねぇ〜あなた。シャロンと結婚するの?」

「ぶふっ!? な、何いきなり言っているのですか!?」

「……!!」

「いえねぇ〜あのシャロンが同じ歳ぐらいの男を私に合わせにくるのだもの。これは結婚のご報告というやつじゃないかしら」

「……!!!」


シャロン様がまだしても拳をディオ様のお腹に叩き込むが、やはり元は魔力の塊なのか、堪えた様子はない。


「いえいえ、僕はシャロン様のお会いするのは本日含めて二度目ですよ? 結婚するにはあまりにも早すぎると思いますし、年齢的にも」

「あら、でも王族なら一度も見たことの無い相手と結婚することも珍しくないのよ?」

「……そうだとしても、僕はそうですね……シャロン様とはお友達になりたいと思っております」

「……! ……♪」


シャロン様は一瞬驚いた顔を浮かべた後、たたたと僕に歩み寄り、僕の両手を掴み取ると、目をキラキラさせた。

どうやら、彼女も僕とお友達になりたかったようだ。だから、この庭園に招いたのかもしれない。


「……ベッドの上の?」

「普通の! ふ・つ・う! のお友達ですよっ!! どこから持ってくるのですか! その知識は!!」

「……?」


ほら、シャロン様がチョトンとしてるじゃないか!

いきなり、なんちゅーうことを言い出すんだこの精霊様は!


「あら、なら不思議ね」

「な、何がですか?」

「私が知るお友達というのは、対等な関係よ?」

「そうですね。友達ならお互いを尊重しあえる対等の関係が望ましいと思います」

「そうよねそうよね。でもあなた、シャロンのことシャロン様って呼んでるじゃない」

「……っ」


僕はディオ様の言葉にハッ! とした。


「対等じゃ、ないわよね? ならどうするのが正解?」


まるで出来の悪い生徒に教える教師のように。


「ほら、言ってみなさいよ」

「で、でも彼女は王族で」

「ならあなたは神子ね? 他国においては王族と同等の扱いになるわ。やったわね、これで対等よ」


知らないと思った? と言わんばかりに追い討ちをかけてくる。

精霊が人間の事情に詳しいとかずるい。


「簡単なことじゃない。ここなら誰も見ていないし」

「はぁ〜。わかりました……」


これ以上押し問答しても、言いくるめられるだけな気がする。

立ち止まっていたシャロンに向き直り、声を出そうとする。


「……」

「シャ、シャ……シャロン……」

「……♪」

「ふふふ。上出来ね。それじゃあ次いきましょうか♪」

「次……? 次ってなんですか?」


喜んでもらえたようでよかったけど、こちらのライフは赤点滅だ。

そこに次っていう不吉な言葉は不安を掻き立てられる。


「それはもちろん! あなたはシャロンのお友達よね?」

「えっ……それはそうですけど」


真正面から答えるのは恥ずかしい。友達って自分から作るの、凄いハードル高いよね。

ゲームみたいにそこに居るだけで、便利な親友が出来るわけでも、近づくだけで相手が勝手に会話してくれるわけじゃない。

だからこそ、友達と名乗るのはとてもハードルが高い。

この場合はシャロンが分かりやすく喜んでくれるから自分の勘違いということはないのが救いだ。


「お友達なら、シャロンのこと……好きよね?」

「えっ!? ……な、なななにいってるんですか!?」


いきなり好きとか! 話が飛躍しすぎだ。

あたふたする僕はシャロンにチラチラと視線を向けると彼女はワクワクしたような顔で僕を見つめる。


「ショロンはレインのこと好きよね?」

「……(こくんこくん)」

「あら良かったわね。愛してるって」

「言ってねぇーよ!!」


つい、声を荒らげてしまったが、ディオ様は気にした素振りもせず、おちょくる気満々に言葉を続ける。


「あなたはシャロンのお友達でしょ? なら好きよね? まさか、好きでもない相手にお友達になりましょうと言ったのかしら?」

「ぐぬ……それはもちろん、仲良くなりたかったからお友達になりましたけど」

「あら、なら良かったわ。それじゃあ……好きって言えるわよね? まさか……言えないの!? お友達なのに??」


どんだけ好きって言わせたいんだよ! あんたは近所のお節介おばさんかよ!

って、こんな程度のことで取り乱してどうする。

僕は、確かに外見は子供だけど、中身は大人だぞ? いまさら、いくら美少女相手に好きという一言を言うのが凄まじぐらい恥ずかしいことでも、相手は子供だし、そこまで深く考えることはないだろうよい。


「い、言えますけど? 言っちゃえますけど? は? 余裕ですよ?」

「あら、勇ましい。なら、シャロンに向き直って言いなさいな」

「し、シャロン!」

「……!」


ガバッとシャロンの両肩を掴むと……掴む理由って? ……まあ、いいか。


「す、す、すす……すすすすす、す…………すきですぅ……」

「……♪」

「あら良かったわねシャロン。愛してるって」

「……!」

「だからぁ〜言ってないらぁ〜」

「ちょっといじり好きだわね」


興奮しすぎて、上手く呂律が回らないし、頭も回らない。



「ありがとうね」

「ん? 何故そんな事を言うのですか?」


庭園に設けられたベンチに座って眼前に広がる自然に荒んだ心を休ませてると、眠ったシャロンを膝枕したディオ様がボソリと呟く。

シャロンの髪を撫でる彼女は、先程までのからかうのが好きな一面とはまだ違った雰囲気を醸し出していた。


「この子ね。狙われてるの……悪い奴らに」

「っ!」

「スパイダーっていう闇組織なんだけどね〜精霊をとっ捕まえては売りさばいている最低最悪な奴らよ」


その目には強い怒りがこもっていた。


「精霊を……何故そんなことを」


僕の中にも魂を分けたマナ達精霊が居るが、それは僕が生んだ存在で純粋な精霊ではない。

それに僕が見てきた自然の精霊は、みんな意思もなくふよふよ浮かんでいるだけの存在だ。

原始の精霊は存在自体伝説みたいな感じだったが、その先、つまり形を持った精霊も別に強い力を持っているわけではない。

例えるなら、肉体の代わりに魔力で作られた小動物みたいな感じだ。

あの子らは人にイタズラすることもあるみたいだけど、基本的に無害。


「さぁーてね。どうせ精霊ってだけで、欲しがる馬鹿な連中は沢山いるもの。感覚としては、奴隷を買うのと変わらないんじゃないかしら?」

「……物珍しさから買ってしまった……いや、捕らえていると」

「あなた……優しいわね。私たち精霊を生き物扱いしくれるんだ」

「っ、当たり前じゃないですかっ!! 貴女達は生きているんですよ!? むしろ玩具や愛玩動物みたいな扱いしている人達の方がよっぽど人じゃないですよっ!!」


マナ達は生きている。

彼女達は生きているんだ。

生きとし生きるものには、自由に生きる権利がある。


「生きてる……かぁ。その言葉をかけられたのは二度目ね。……なら、お願いがあるの」

「なんですか?」

「この子を……シャロンを助けてちょうだい」

「……スパイダーを捕まえるということですか?」

「そうなるわね。あいつらがいる限りシャロンは声を……歌うことが出来ないわ」


その言い方からして、シャロンの声には何か特別な力……才能(ギフト)がある。


「シャロンには才能(ギフト)があるんですね?」

「そうよ。この国が誕生してから、二人目になる才能(ギフト)よ」

「二人目ですか」


つまり、一人目が過去にいたと。同じ才能(ギフト)を持つ人が。


「一人目はこの国を建国した初代女王よ」

「っ!」

「能力名は文字通り『歌姫(ディーヴァ)』歌に気持ちを乗せ、あらゆる生命に届かせる……精霊を引き寄せることが出来る唯一無二の才能(ギフト)と言っても過言じゃないわ」

「そんな才能(ギフト)が……」


精霊というのは自然そのものだ。

海に近づけば水の精霊が。山を登れば土の精霊が。火山の傍には火の精霊が。風が吹けば風の精霊が。

自由に生きていても、自分の属性に近い場所を好む。そんな精霊を引き寄せるということは、極論的に言えば自然を操るに等しい。


「と、言ってもこの子の場合は、歌が好きで歌い続けていたら精霊の方から寄ってきたわけね。初代女王が居なくなってからは、この国での年々精霊の数は減っていったわ。それこそシャロンが産まれた頃には、もうその数は一割にも満たなくなっていたわ」


「それでも他の場所よりは遥かに多いのだけれどね」と、付け出す。

その表情は昔を懐かしむそれであった。


「この子が無意識に歌って精霊を引き寄せるようになって……それはもう賑やかだったのよ? 精霊が見える人達からしたら精霊の楽園だと錯覚するほどにはいたるところに居たもの」


待って……確かスパイダーは精霊を捕まえてるんだよね? 精霊は普通の人間には見えない。つまり……


「スパイダーは……精霊が見える人間達ということですか……っ!」


僕は自分の中で暴れる感情を抑えるように、腕を掴む。


「察しがいいわね……そうよ。精霊が見える……精霊に愛された者が精霊を捕まえて売ってるの。捕まえた精霊を見えない人にも見えるようにする魔導具の鳥籠に放り込んでね」

「っ!」

「ふふ……何故あなたが泣いてるの?」


言われて気づいた。自分の頬を熱いものが流れ落ちるのを。


「わ、かりません……でも、抑えられなくて」


とめどなく流れる涙を拭いても拭いても流れることをやめない。


「本当に優しい子……冗談抜きでもシャロンのお婿に迎えたいわね」


「きっと子宝に恵まれるわよ?」そう、茶化しながら僕を引き寄せ抱きしめる。

ひんやりとした冷たさだが、不思議と温かいと感じた。

ディオ様の優しさに触れて、僕は決心がついた。


「助けます」

「ん?」

「必ず……シャロンを……あなたを……!」

「っ!」

「助けますっ!」


シャロンだけじゃない。彼女とて助けを求めていた筈だ。

これ程までに優しい彼女が傷つかないわけがない。


「そう……そう……」


そう繰り返し、彼女は顔を伏せる。

その頬には僕に負けないぐらいの涙を流して。


「レイン」

「はい」

「私たちを助けて?」

「はいっ!!」


スパイダーは滅ぼす。絶対にだ!!


神子の名に掛けて!

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