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93話 ミロディア王国一

──ミロディア王国

都市国家として知られ、数多の国からの侵略を防いたことで有名だ。

かの帝国ですら跳ね除けたというのだから凄い。

では何がミロディア王国を堅牢にしているのか?

それは精霊のお陰である。

ミロディア王国の唯一の都であり王都には、水の大精霊が住み着いているという。

歴代のミロディアの王族は水の大精霊に都を護ってもらう代わりに、精霊たちの自由を約束した。

故にこの国には目に見えなくても、数えきれないほどの精霊たちが住み着いている。

ミロディア王国の別名は……

──水と精霊の都ミロディア


「神子様、都が見えてきました」


行者をしていたライオットからミロディアの都が見える位置まで進んだことを知らされる。


「窓開けていい?」

「……ふふ。ええ。どうぞ」


ワクワクが止まらない僕に、スーが微笑ましそうに許可をだす。

早速、窓を開け放つと僅かな風が車内に流れ込む。


(水の匂いだ)


潮の匂いに近い匂いが鼻腔をくすぐる。

開け放たれた窓から、少し顔をのぞかせようとすると、スピカも気になったのかバサバサと小さな翼を小刻みに羽ばたかせ、僕の頭の上に乗っかる。

その小さな体躯でもかなりの重さはある筈なのに、予想に反して軽い。


「わぁー!」

「きゅぅー!」


一人と一匹で歓声を上げる。

そこには、まるで噴水を町にしてみましたと言わんばかりに、都の中心部である城が最も高い場所に位置して、そこから外側に近づくにつれて、低くなっていった。


(いや、噴水というよりは、ビュッフェやシャンパンタワーに近い?)


城の部分的などころから、水の滝が穏やかに流れ出て、都の外壁の外側を覆う湖に流れ着く。

そう、ミロディア王国は湖の中心に建国された稀有な国なのだ。

水の豊かなミロディア王国の水は、世界一の美味しさと品質を持ち合わせて、多くの錬金術師や薬師などが大事な調薬や錬金にこの国の水を買い求めに来るという。


「すぅ〜ぷはぁー! ……空気が凄くおいしい!」

「きゅるるぅ〜♪」


スピカと一緒に深呼吸すれば、まるで山の頂上付近で吸えるような新鮮な空気を連想させる美味しさがあった。


「ミロディア王国の都には水の大精霊が張った結界があるのですがどうですか?」

「あ、そうだね。ちょっと見てみよう」


ミロディア王国が他国の侵略を退けた最大の要因であるのが、水の大精霊が都を護る為に張った結界の存在が大きい。

この結界は魔導国と神聖国の首都に貼ってある結界の元になっているらしい。

魔導国と神聖国の結界は六属性の複合結界であるに対して、ミロディア王国は水の単一結界で同レベルの強度を誇るというのだから、水の大精霊がどれほど規格外なのか分かるだろう。


僕は両目に魔力を込める……『魔視』を使う。

すると先程まで普通の景色だったのに、一瞬にて幻想的な世界に変わる。

魔力が視認できるようになる為か、色鮮やかな景色に変わる。

『魔視』で都を見やると、確かに都を覆うほどの強大で巨大な水色の結界が展開されていた。


(ん? ……本当に六属性の複合結界に匹敵するの? なんだか魔力の波動が弱い気がするのだけれど……)


都ひとつ覆うほどの結界にしては、込められている魔力が少ない気がするのだ。

と、言ってもそれは僕の感覚であって、本当は何も問題は無いのかもしれない。


「神子様。そろそろ列に並びますので、窓をお閉めになってください」

「はーい」


少し気になったけど、ライオットに言われた通りに、窓を閉めて席に座り直す。



喧騒が四方八方から耳に入る。

馬車で整備され、石畳の道を進んでいく。

窓を少しだけ開け、外を見やると人々の日常がそこにはあった。

新鮮な魚をこれでもかと並べ、景気のいい声で呼子をする男性。

貝殻などで作られたアクセサリーを綺麗に並べ、若い女性たちを中心に呼びかける、着飾ったお姉さん。

口でシャボン玉を吹き出しながら、ボールの上を器用にバランスとる大道芸の人。

そんな光景に足を止めて目をキラキラさせて、見入る子供たち。

噴水の傍のベンチには、カップルがビニールのような透明な容器に入った果実水をストローで飲み比べイチャついていた。


軽く見るだけでも、楽しく、そして素敵な場所なのだと分かる。

暗い顔を浮かべてる人などいないのだから。


「冒険者は……全然いないね」

「実りとなるクエストもなければ、ギルドもありませんから」


水の大精霊の影響なのか、神聖国同様魔物が全く住み着かない為、冒険者の仕事がないのだ。


「でも、冒険者が好きそうなどころではあるよね?」

「ふふ。そうですね。確かに冒険者なら一度はこの都を堪能しにきます。中にはその心地良さから冒険者をやめてここに住み着く人もいるとか」

「へぇ〜そんなに住み心地いいんだ。滞在する間楽しみだよ」

「任せてください! 私も冒険者時代に訪れたことがありますから、ご案内を致します!! もちろん二人きりで!!」

「スーニャが発情期に入った」

「いや、通常運転だから……それに、案内は国の人が務めるでしょうし、二人きりも僕の立場上無理だよ」


ドロシーが茶々を入れてきたので、悲しい現実を教えてあげた。

スーも別に本気で言っているわけではない。彼女は聡いからね。冗談で言っているのだ……多分。


「きゅぅ……」

「おや、スピカ君はおねむです? ほら、ベッドでおやすみ」


眠そうな鳴き声を上げたスピカをバスケットサイズの籠の中の毛布に乗せて寝かせる。

本当によく寝る子だよ。


「よく分かりますね。私には全部同じ鳴き声に聴こえますが」

「それはスーには愛が足りないからだよ」

「愛が!?」

「愛があればまるで喋っているように聞こえるようになるよ」


僕は胸を張って、答える。

スピカは僕の子供みたいなものだからね。

愛情たっぷりそそいでいるから、意思疎通が出来るのだ。


「ドロシーもスピカの言ってること分かるだろう?」


僕の次にスピカを可愛がっているドロシーなら分かるだろうと尋ねる。


「……ごめん。何言っているのか分からない」

「…………」


もしかして、僕がおかしいのかな? アハハ。


ちなみにスーはスピカから警戒されてまともに触れてない。自業自得だけどね。


「王城に着きます」


ライオットの言葉で緩んだ気持ちを引き締めた。

僕が会ったことがあるのは、第二王子のルイス様と、第一王女のショロン様だけだ。

他の王族の方に失礼の無いように頑張ろう。



最初から開いていた王城の正門をくぐり抜け、城の中庭を抜けていく。

左右には噴水が設置され、その周りを色鮮やかな花々が囲い、見るだけで心が安らいだ。


馬車が止まり、馬車から降りれば案内の人達が頭を深々と下げ歓迎をしてくれる。

そのまま城内を案内され王族の方々が待つ場所まで進む。


城内は驚くことに、水路が設けられており、壁の至る所には小さな滝のようなものもあり、見渡す限り水の存在があった。


ドロシーに持たれた籠の中でスヤスヤ眠っているスピカ以外の面々もこの城の独特な雰囲気魅入られた。


大きな扉までたどり着くと、兵士の方々が左右から扉を開け、漏れでる光の先には、豪華な衣服に身を纏った王族の面々。

金髪で統一され、顔立ち、雰囲気も似ているからこそ一目で血の繋がりを感じさせた。


「よく来たのであーる。神子よ」

「……っ。初めまして、国王陛下と王族の皆様。私はエディシラ神聖国神子レイン・ステラノーツです。暫しのご滞在を致しますのでよろしくお願い致します。……それに伴い神聖国及び私の方から友好の証として、贈り物がございます」


あ、危ない。であーるなど言われたから一瞬固まっちゃったよ。

何とか言う必要のことは言えたから良かった。


スーが持っていた小さな箱を受け取り、ミロディア王に近づき手渡す。


「おおっ! 丁寧なご挨拶と贈り物……感謝なのであーる。我が国は見ての通り争いなどには縁遠い故、ゆっくりと休まれるとよいのであーる」

「ありがとうございます」


争い。つまり貴族などによるあれこれのことかな? ミロディア王国には貴族は存在しないから実質、王族だけが身分の高い存在になるが、威張り散らさない様子はとても親しみやすい。

その為、王政を敷いているというより、民主制に近い感じで、王権が猛威を振るうことは無いみたいで、王族の方々もそこまで肩肘張らずに過ごせる。


「あらあら私たちも御挨拶するべきでは?」

「おおっと! 忘れていたのであーる。こちらは私の妻である」

「カスタネットですわ」

「第一王子の」

「チェロ・D・ミロディアであります……美しき君」

「え?」


第一王子のチェロ様が僕の前で跪き、僕の手を取り口ずけをする。

おい、おいおい! それは淑女にする行為だろう!


「あ、あの? 僕は男デスヨ?」


口元がひきつってることを感じながら言う。 確かに髪はロングだし、童顔で遠目に見たら女の子に見える容姿ではあるけれど、僕の性別ぐらい王族なら知らないわけが無い。


「おおっと! 失礼……つい、神子殿が美しかったものだから」

「そ、そうですか……ありがとうございます?」


優雅に一礼をして、顔をあげる時に、舐め回すような……視線を感じた。


(ま、まさかぁ〜第一王子だよ? 将来の王様だよ? そんな……いやいや。うん。気のせいだ)


きっと気のせいだと信じて第一王子から目をそらす。


「兄が失礼しました。……お久しぶりですね神子様。第二王子のルイスです」

「お久しぶりですルイス様」


第一王子のチェロ様と違い、第二王子のルイス様は至って普通だ。

いや、見た目はイケメンなんだよ? 柔らかい雰囲気があるし。きっとモテまくる人だ。


「最後に第一王女であるシャロンなのであーる」

「……」


ちょこちょこ……ぺこ。たたた。


みたいな感じで僕の前に来たあと、ぺこりとお辞儀をして、家族の元へ戻ってしまった。

挨拶する暇も無かった。


「気を悪くしないで欲しい。あの子が喋らないのには事情があるんです」

「いえ。事情があるのなら仕方ないと思います」


ルイス様がフォローしてくれたお陰で、嫌われたというショックを受けた心は和らいだ。

もしかしたら、声が出ないのか?

この国は歌を歌うことが好きな人達が多く、大陸各地にいる吟遊詩人も大半はこの国出身だったりするみたい。

そんな国で声が出ないというのは、あまりにも酷だ。

だからお節介と知りつつ聞いてみた。


「もし宜しければ、私の回復魔法で治しましょうか?」

「……あはは。ありがとう。でもシャロンは声が出ないんじゃないんだ。出さない理由が……あるんだよ」


ルイス様は砕けた口調で少し悲しそうに言った。

……どうやら深い理由があるみたいだ。


「差し出がましい申し出でした」

「いやいや。素直に嬉しいよ。僕もシャロンもね。ありがとうね」

「うーむ。どうだろう、シャロン。神子殿をお前のお気に入りの場所に案内してあげるのは」

「えっ……でも」


僕のこと苦手じゃ……と言う前に、シャロン様がたたたと僕の元へ近づいて、僕の手を両手で握り引っ張った。


「……」

「え? ……あ、うん」


その表情には怯えなどなく、キラキラした瞳が僕を見つめていた。

言葉は発してないが、存外に「行こう?」と言っているように感じた。

スピカで鍛えられた意思疎通が役に立った?


シャロン様に引っ張られるまま、場内を小走りに突き抜けていく。


そして、たどり着いた場所は……


「自然庭園?」


道のりから逆算すれば、ここは城の中心……つまり国の中心になる訳だが、そこには大自然が広がっていた。

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