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89話 剣聖

ガタゴトと馬車が城の中へ進んで行く。

剣聖様の登場により、住民達がいそいそと離れていってくれた。

そんな助けてくれた剣聖様は馬車の屋根の上から降りず、そのまま座り込んでいる。

背中には鞘に収められていながら、強力な魔力を発する大剣が担がれている。あれが有名な魔剣グラムウィル。あれを抜く時は、敵が斬殺されることが確定するとさえ言われている防御不可の斬撃を繰り出す最強の魔剣。

代々剣聖の家系……セーバー侯爵家に継がれている代物だ。

この世界には魔王は居れと悪にあらず。かの者は魔族の王であっても、敵対者ではない。むしろ彼らは人間との接触を避けてきた大人しい種族だ。

故に、この世界に勇者という単語は存在しないし、聖剣と呼ばれるものもない。

お姫様を救うのは騎士だし、ドラゴン退治は冒険者。戦争では傭兵もしくは兵士が活躍して英雄と呼ばれる。


馬車は止まり、剣聖様の案内で城内の一室に案内される。道中のでの城内は質実剛健。実用性優先でインテリアの飾られている剣や槍などは、どれも業物だとロイドがボソッと言っていた。流石は物作りの匠ドワーフと言ったどころか。


「まあ、座れや。スマンな。今、謁見の準備をしているから……少しまでは呼ばれるだろうよ。ある程度、来るタイミングは予測してたからそんなに待たせねぇぜ」

「はい……お手数おかけします」

「まっ、その間少し話をしようや。俺はよぉ、これでも相手の実力を一目で見抜ける自信があるんだ」

「はぁ……」


それって、魔眼と言うこと? それとも、経験に基づいた観察眼とても言うの? でも、このタイミングで言うということは、僕達の実力をある程度見抜いているという……むしろだから何? って話じゃない? だって、敵対している訳でも、闘う予定も無いんだから、無抜かれようが何も問題ないんじゃ。


「なんだよ、その気の抜けた顔は……お前さんぐらいの年齢なもっと好奇心旺盛だろうが。側近のねぇーちゃんの胸にばっか視線いくもんなのに、お前さんは一度も目を向けねぇよな……枯れてんのか?」

「失礼です! 僕の年齢的にまだ女性に邪な視線は向けないと思いますっ!」

「……主様は……やはり……巨乳好き……」

「私も……ミーゼもぺったんこ」

「なんでアタイも入ってんだよ!?」


そう……ウチの女性勢はみんなぺった……って何言わせようとしてるんだ! 別に胸の有無は関係ないよ!!


「まあ、いい。要は……俺には見抜けねぇのさ。神子の実力とやらが……あの時から」

「…………」


あの時とは、初対面の時以外にない。あの時からよく視線を感じるとは思ったけど、僕の実力を見抜こうとしていた訳か……。

こういう品定めみたいなのは苦手。


「だからよ……試させてくれねぇーか?」

「えっ…………!?」

「貴様っ!!」


ライオットがいきなり怒鳴り出した。彼が怒鳴る姿など初めて見た。

そして、その原因は僕にあった。

僕の頬に一筋の切り傷。そして、少しだけ髪が切られていた。

ライオットが目の前の机を蹴飛ばし、僕の前に出る。他のみんなも即座に左右後ろを警戒して武器を抜く。

僕は自分の頬に触れる。軽くだが血が零れていた。

何が起きたのか分からなかった。気が付いたら、頬が少し熱くなって、そよ風が髪を撫でたぐらいだ。


「そんなに怒るなよ……少し試しただけじゃねぇーか」

「少し? 関係ない! 貴様は今、国賓である神子様を意味も無く傷付けた! これはエディシラ神聖国に対する宣戦布告と取るぞ!!」

「おーおー怖いねぇ……だがよぉ〜良いのか? そんな事言っちまって。お前たち今の一瞬に反応出来たか?」

「……っ」

「もっと言えば……今ので神子が死んでいてもおかしくなかった……お前らそれでも護衛か?」

「「「!」」」

「今、宣戦布告と言ったな? そんな事したら俺と戦わなちゃならねぇーぞ? 死にたいのか?」

「…………」

「まぁ……冗談だよ。そんなことしたら無貌の断罪者(ノーフェイスギルティア)無双の鬼神(クレイジーオーガ)、もしくは無表情の戦姫(ノースマイルヴァルキリア)とやり合わなちゃならねぇーから……死ぬわな、俺」


いきなりなに、厨二病発症してるの? この人。そんな二つ名持ってる人ウチの国に居ないけど?


「ああ……あと、無慈悲な聖女(アイアンメサイア)も居たか」


あ、その人だけは知ってます。

っと、そんな悠長にボケッとしている暇はないんだった。


「みんな武器を収めて……僕は大丈夫だから……ほら」


頬を撫でながらライトヒールを使い傷跡を消し去る。


「ひゅ〜。無詠唱ところか魔法名すら必要ないか……やはりやべぇなお前さん」

「全部剣聖様が悪いので、僕とみんなに謝ってください……土下座で」

「土下座!? やりすぎじゃね? 謝るだけでいいだろ」

「嫌だ。土下座して。土下座しないと許さないよ? 泣いて帰っちゃうからね?」

「ぅ……わ、わぁったよ! 土下座すればいいんだろ! ……ちぃ、嫁以外に土下座する羽目になるなんてな」


嫁さんに土下座するようなことしてるんだ。いい事聞いたかも♪ 後で、剣聖様の嫁さんに御挨拶しに行かなきゃ!


「それでは、僕の言葉に続いて言ってくださいね」

「は? いやいや。普通に謝ればそれで」

「嫌ならやんなくてもいいよー僕泣きながら城内走り回って、剣聖様に酷いことされたって言い振り回して、剣聖様の奥さんの居場所を聞いて突撃しにいくから」

「おまっ!? 悪魔かよっ!!」

「ほら、言われた通りにしたら水に流してあげるんだから感謝してよね」

「ちぃ……もっと大人しいと思ったのによぉ。予想外だぜ」


そりゃあ、僕だって少しは怒ってるからね。僕を傷付けたことより、みんなを煽ったり、馬鹿にしたことに。


「ほら、じゃあ行くよ……私、剣聖は」

「私、剣聖は」

「今回このような不始末をしでかしてしまい」

「今回このような不始末をしでかしてしまい」

「大変反省しており」

「大変反省しており」

「そのお詫びとして」

「そのお詫びとして」

「魔剣グラムウィルを」

「魔剣グラムウィルを」

「神子レインに差し上げます」

「神子レインに差し上げ……ねぇーよ!? これ! 国宝! あげたら、俺、嫁に殺されるわ!!」

「王様じゃないんだ?」

「俺の嫁は、現国王の妹だよ! 知ってるだろうが!!」

「知ってるけど、人格とかは知らないよ」

「聖母の仮面を付けた修羅だと言えば分かるか?」

「……そんな人居るの?」

「居るの!! マジで今回のことチクッてみろ? ……俺一ヶ月はベッド生活だぜ」

「うわぁ……」


会ったことないけど、笑顔で人を締め上げそうだということは伝わった。何せ剣聖様がめちゃくちゃ震えてるもん。

多分、闘いなら剣聖様が圧倒するだろうけど、愛してる人を傷付けれる人では無いだろうから、一方的にフルボッコだね。


……コンコン。


「あの〜謁見の準備が整いましたので、お呼びに参りました」

「お、もうそんな時間か。ほら、行ってこいよ」

「切り替え早いですね? でも、土下座は継続して日が落ちるまで」

「ちょっ!? 足痺れるだろうが!!」

「だってぇ〜心が篭ってない謝罪受けてもぉ〜ねぇ?」

「鬼! 悪魔! 人でなし!」

「あ、謁見ということは他の王族の人も居るよね? 降嫁しても剣聖様の奥さんならその場に居たりしないかなぁ」

「はん! 残念でしたねーウチの嫁はもう王族じゃないから居ないよーだ」

「あ、あのクローゼン様は今回、御出席しており……ます、はい」


呼びに来た文官っぽい人が言いにくそうに言った。


「ほっっっと! すいませっっっしたぁっぅ!!!」


大の大人がガチの土下座と謝罪する姿はこう、何とも言えないよね。

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