86話 帰郷
「おかえりなさい! レインちゃん!!」
「お母様ぁーーっ!!」
「レイン……おかえり!」
「お父様! レインはレインは帰ってきましたぁ!!」
左右から痛いぐらい抱き締められ、幸福感に包まれる。
自然と涙が流れ落ちる。
ああ……愛されている。満たされている。
そう実感すればするほどに、幸せになる。
「いやはや……あの坊主が神子様になって、今はえれぇーベッビンさんだぜぇ」
「そうだなぁ〜昔から変な子だったけど、今や神子様だもんなぁー」
「こらっ! そんなことを言って、怒らせたらアンタらなんか簡単に消されちまうからな!」
「あはは。そんな事しないよ〜昔みたいに接してよ」
「ほら、坊主がそういうんだから、いつも通りにしてようぜ……そっちの方が坊主が喜ぶだろうさ」
「そうだな……あの顔。きっと俺たちには想像出来ないぐらい大変な思いをしてきたにちげぇーねぇ。この村でぐらい、普通のガキにもどりゃあいいんだよ」
「そうさね……それにしても」
「ああ……」
「「「ちっとも身長伸びねぇーな」」」
「そこになおれ! 僕は神子だぞ! 身長だって少しは伸びてますぅー!」
「本当かぁ〜? 違いが分かんねぇーや。その帽子みてぇので、ごまかしてんじゃねぇーのか?」
「ぐっ……なぜ、ばれ……ちがうよ! これは正装なの! 神子の正装だから被ってるの!」
何故バレたし。
実はこの二年間ほとんど身長伸びてないんだよね! 別にいいもん。
成長期が来たら伸びるし!
「そうねぇ〜レインちゃんは、二センチと三ミリ伸びたもんね〜」
「どれ、体重は……っと! 体重も最後に抱っこしたときより、三キロと四百と四十五グラム増えてるじゃないか! 美味しいものを沢山食べた証拠だな! はははっ」
「う、うん! ソウダヨ」
(……今、僕鳥肌が立ってるんだけど)
『安心なさい。私もよ』
『お兄ちゃん……二人ともの言ったこと全部大正解だよ……ヒナ怖いよ』
『私っ……手が震えて、お茶が淹れられませんっ……』
『す、凄い愛されてるね……いきすぎだと思うけど』
スー……すまん。君の愛情はかなりのものだと思ってたけど、相手が悪すぎたみたいだ。
両親の愛が凄すぎて、僕は幸せを通り越して、少し怖くなってしまいました。
涙が引っ込んで、ちょっびり、ちびった。
*
「我が家だ。懐かしい……」
「うふふ。レインちゃんがいつでも帰ってきてもいいように、模様替えはしてないのよ」
「部屋もそのままにしてるからね」
「うん! ありがとう」
決して、大きとは言えない家だけど、住み慣れた木造建築の家屋は、神殿の自室よりも心が落ち着いた。
「レインちゃんはどれぐらい居れるの? もしかして一生?」
「ははは。母さんそれは無理があり過ぎだよ。良くて十年ぐらいじゃないか?」
「えっと……」
冗談だよね? 冗談なんだよね!?
お母様がボケて、お父様もボケたんだよね!?
二人とも本気で言ってるように聞こえるのは気のせいなんだよね!?
「お二人には申し訳ないのですが……数日程度の滞在になります……はい」
いつも堂々としているライオットですら、ドン引きして言いずらそうに言った。よく言った!
「数日……ですって?」
「なんだ、と?」
二人は雷に打たれたような顔で固まる。
だけど、直ぐに再起動する。
「いけないわ! なら、急いで予定を組み直さなきゃ!」
「ああそうだね。組んでいた一年スケジュールを数日にまとめないと!」
「イチネンスケジュール?」
「神子様……その、申し訳ございません」
「主様……ごめんなさい。ご挨拶をって、思いましたけど、またの機会にしたほうがよさそうですね……」
「私、両親しらないけど、きっとこんな人達じゃないのは確実」
「悪ぃ……笑えねぇ」
「あたいも酒の力を借りても笑い話に出来そうにない……」
「神子様愛されてるっすねぇ〜」
「ああ……素晴らしいご両親だ」
「「「「「「「!?」」」」」」」
*
『お兄ちゃんお兄ちゃん!』
(うむ。どうしたのだ? 我が妹よ)
『王様が乗り移ってる!? ……ええっとね。お母さんの中にね……いるみたいだよ?』
(お母様のお腹にいる? ………………!? ご懐妊!?)
『そうみたい!』
(マジかよ! やった! 弟か妹が増えるんだ!! 兄弟が出来るんだ! やったね)
『うん……おめでとう。お兄ちゃん』
(妹と弟……どっちも捨てがたいけど、弟の方が欲しいかも)
『なんでー? お兄ちゃんは妹の方が欲しいと思ってた』
(何言ってんだよ〜もうヒナが居るんだから、今度は弟の方がいいでしょ?)
『っ……お兄ちゃん! 大好き!!』
(うお!? どうしたの? いきなり……思わずキュン死するところだったぞ?)
『ヒナはどうやら貴方に本物の妹さんが出来たら、自分はもうお兄ちゃんって呼んじゃいけないんじゃないのかって悩んでたみたいなのよ』
(本物も何も、ヒナは僕が望んだ最高の妹じゃんか。むしろ呼ばれなくなったら凹んで泣いちゃうよ)
『うぅ……ありがと』
普段から甘えん坊に思えて、違いと甘えてこないヒナだからね。もしかしたら、ライア同様に遠慮してたのかもしれない。
みんな意外と遠慮しがちだよね。もっと甘えてきてもいいのに。僕から生まれた存在なんだよ? 僕の血肉と魂を分け与えたと言っても過言じゃないんだから。
例え、僕以外が視認出来なくても、彼女達は確かに僕の中で生きている。
「よしっ……お母様! お父様!」
「あらあら、どうしたの? お乳が欲しくなったのかしら?」
「はははっ。もしそうなら遠慮することはないよ」
「ち、違うよ!! もう赤ちゃんじゃないんだからね!! ……お母様、その……ご懐妊です」
「嘘……孫が出来るの!? やったわ! あなた!」
「ああ! まさかこんなに早く孫の顔が見れるなんて……!」
「相手は!? スーニャちゃん? ドロシーちゃん? もしかして……ミーゼちゃんかしら!?」
「こ、これは早く子供を産めとプレッシャーをかけられているのでしょうか……? は、早く既成事実を作らねば……!」
「レインの……子供? 産むの? 私」
「アタイは関係ないだろ!?」
ちゃうわ! 何故、孫が出来る方に流れるんだよ!!
「違うよっ! お母様が! ご懐妊なの! 僕に弟か妹が出来るってこと!!」
「あらあら、これは催促されているのかしら」
「母さん……今日は寝かせられないね」
「うふふ。頑張りましょう」
「そうだね」
「ちっがーうっ! 今! お母様の! お腹に! 赤ちゃん! い・る・のぉーーっ!!」
「本当かい!? 母さん!」
「あなた!」
ガバッ! と二人は抱き合う。
ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……ようやく伝わったぜ。
「レインちゃんやったわね!」
「ああ。家族が増えるぞ!」
「あ、うん。そうだねっ!」
二人が喜んで良かった。
まあ、その後、何故分かったかを聞かれたから、神子になって身に付けた能力だと誤魔化した。
*
「驚いた……カーソンが村から出て、冒険者になったなんて」
見かけないなぁと思ってたけど、まさかもう村に居なかったとは。
二年も経てば、こうなるか……また、会えたらいいなぁ。なんだかんだ言って、一番仲良かったし。ある意味、僕のお兄ちゃんみたいな人だったな……。
今、僕はスーとドロシーを引き連れて、僕の魔法の師匠でもあるアレックおじいちゃんの元に向かっていた。
なんでも、最近具合が悪いらしく、寝たきりのようだ。僕の魔法で良くなったらいいなぁ。
「主様のお師匠様ですか……一体どのような傑物なのでしょうか……ごくり」
「凄い……強いと思う」
「いやいや。アレックおじいちゃんは普通の人だよ! 昔、冒険者? やってたみたいだけどね」
「ならば、名のある方に違いありませんね」
それは……ないと思う。アレックおじいちゃんはライトヒールとヒールの二つしか使えてなかったから、そこまで有名にはなってないんじゃないかな?
アレックおじいちゃんが住まう小さな木造建築の家に辿り着く。
コンコンと扉をノックする。
「アレックおじいちゃん! 僕だよ! レインだよ!」
…………返事がない。留守なのかな?
再度、コンコン。
「アレックおじいちゃーん! 居る?」
「…………ぉぉ…………レインかぁ…………鍵はかかってない…………入りなさい」
「居たんだね! 入るよー」
「お邪魔致します」
「おじゃまします」
許可を得て、扉を開けて家の中に入る。
少しホコリっぽい。
「ワシは……奥におるよ」
「うん。今行くよ!」
最近使わている様子のない台所など気になったけど、奥に向かう。
奥の部屋の扉を開ければ、ベッドに横たわるアレックおじいちゃんの姿。
「アレックおじいちゃん! 久しぶり! ……大丈夫? 最近、お母様が見かけてないって言ってたから」
「ああ……大丈夫じゃよ。少し身体が気だるくてのぅ。豪華に昼寝をしておったところじゃよ。ほほほっ」
声も掠れていて、覇気もない。身体も記憶にあった時より、痩せているように思う。
『お兄ちゃん……アレックおじいちゃんは……』
(分かってるよ……でも、きっとアレックおじいちゃんはそんな扱いはして欲しくないんだと思う。だから普段通りでいくよ)
『うん……』
僕は傍に置いていた椅子に座り込む。椅子にはホコリは乗ってないし、傍には食事を載せてたトレイが置かれていたことから、誰かが面倒を見てあげていたことが分かる。その事には触れずに、僕はアレックおじいちゃんに接する。
「後ろに偉いベッビンさんを二人も引き連れておるのぉ……レインも隅に置けんなぁ。ほほほ」
「初めまして……アレック様。私はレイン様の私兵のスーニャと申します」
「私はドロシー。同じく私兵」
「そうかいそうかい。なんじゃ、レインの嫁さんではないのかのぉ」
「将来はその予定です!」
「同じく予定」
「そんな予定ないよ!?」
「ほほほ。レインは愛されておるのう……それに、随分と成長したようじゃな」
アレックおじいちゃんは嬉しそうに笑い、そして僕の頭に手を乗せて、撫でる。
僕は苦笑する。
「身長はほとんど伸びてないよ」
「身長のことじゃない……お前の顔を見ると、多くの経験をして来たことは分かるぞ? 立派になったのう」
「うん……多くね……話したいことが……あるんだ……聞いてくれる?」
溢れそうになるものを押さえつける。
流してはダメだ。この時間をしんみりとした思い出としてではなく、大切な思い出にする為に。
「何を言っておる? 聞くに決まっておろう。それを楽しみに待っておったのだからのう」
「うん……話すね! そうだなぁ……まずは何から話そうか」
「ほほほ。なんでもよい」
僕は思い思いに自分の体験してきたことを話した。
アレックおじいちゃんはしきりに嬉しそうに頷くだけ。
そして、話し終えた時、アレックおじいちゃんが目を閉じた。
「少し疲れたのう……少し眠るから、続きは……まだ……今度……」
「ゔん……おやずみなざい……おじいちゃん」
「主様……」
「レイン……」
僕はどんな病だって治せるし、どんな怪我だって癒せる。
でもね、僕は神様じゃないんだ。
寿命だけは治せないんだ。
後日、アレックおじいちゃんの葬式が行われた。
お母様は言う。
「あの人は、あなたの帰りを待ってたのよ……最後に願いが叶って……きっと幸せに逝けたわ」
僕はメアのことを思い出した。
彼女は一体このような、別れを何度体験してきたのだろうか。
こんな思いを何度も抱かなくてはならないならば、長寿というのは、どれほどいいものなのか。僕には分からなくなっていた。
数日間をうんとお母様とお父様に甘えて、名残惜しい別れを済ませて、僕はまだ旅立つ。
決して、自分が万能などではないと確信しながら。




