82話 ルノワール王国パーティ
歓迎パーティ。
庶民が聞けば、まずは知り合いや知人を呼び寄せた、普段より少し豪華な食事に舌鼓を打つ、そんな楽しいイメージを思い浮かべるだろう。
「神子様、本日はようこそ我がルノワール王国へ……是非我が国を楽しんで下さい」
「ええ。もちろんです」
「どころで……後日のご予定などに、空きなどありませんでしょうか。是非、我が家に起こしをと、思いまして。何せ、私の娘が神子様の大ファンなもので。あはは」
「お誘いは嬉しいのですが、既に予定がございます……申し訳ございません」
「それは、残念です……では、いずれお暇があれば」
「はい。機会があれば是非」
「では、失礼します」
「はい。ドルフ伯爵」
「これはこれは、神子様! 思っていたよりも可愛らしい! 私はグローカ・ミノラ侯爵である」
「はい。ミノラ侯爵さまですね」
…………疲れる。こんな調子で、パーティが開かれてから、延々に挨拶を続けて、まともに豪華な料理に手を付けれないし、貴族達のお誘いを失礼にならない範囲で断り続ける。
僕は、エディシラ神聖国から旅立ち、第一の国であり、僕の故郷のハジ村があるルノワール王国に赴いた。
ハジ村に直行したいところだが、他所の国に入った以上、神子としての務めとして、真っ先に王都に向かった。
その結果、国境を超えた瞬間に、兵士が早馬を出し、王都に辿り着いた時には、歓迎ムードに包まれ、翌日の今日には、歓迎パーティが開かれる。手際が良すぎる! 王侯貴族が数えきれないほどの人数が僕に話し掛けようと、長蛇の列をなす。
神子とはいえ、みんな12歳児に必死になり過ぎだぜ。
僕的に、御挨拶をしたいのはシュシュのご両親ぐらいだ。彼女は手紙すら送っていないようなので、僕からご両親に彼女の様子を伝えたいと思っている。
聖女候補として選ばれた時から、シュシュはルノワールの国民では無くなったし、貴族としての立場も失ったが、だからと言って、家族との関係が無くなるわけではない。
(マナ。シュシュの家系って公爵だっけ?)
『ええ。シャーテル公爵ね。七つある公爵家の一つね』
(お父さんの名前がシリウス・シン・シャーテルだよね?)
『よく覚えてるじゃない。正解よ』
まあ、唯一覚えている人だとも言える。もしもシュシュのお父さんじゃなかったら、記憶の片隅にすら残っていない。
昔から、人の名前を覚えるのが苦手なんだよね。他人に興味を抱けないからなのか、それとも関わりを持つことは無いと思っているからなのかは分からない。
声優さんやイラストレーターの名前なら結構覚えられるのに……。
まあ、彼ら彼女らは、特徴があるからね。普通の人より遥かに覚えやすいだけ。
そういえば、あの漫画は完結しただろうか? あのラノベは結局、ハーレムに走ったの? それとも一人だけ選んだのだろうか。あの歌手のシングルは発売されただろうか。
うぅ……。気になれば気にするほど、気になる。
もちろん、今の僕が一番ファンタジーだし、最高の人生を送っているに違いないけど、でも好きな物が無いのは少しだけ寂しい。
「はい。是非機会があれば……」
「初めまして神子様。私はシリウス・シン・シャーテルです。公爵家の末席に座らせてもらっています」
「はい……シャーテル公爵様ですね。本日は素敵なパーティをありがとうございます」
あの終わりがないファンタジーのリマスターは少し気になってたんだよねー。僕はクエスト派だったけど。
そう言えば、僕の好きなギャルゲーの続編の発表もあったっけ。はぁー、きっと傑作に違いない。泣きゲー最高峰だよ。
「では、本日はお楽しみ下さい」
「はい。楽しませてもらいます」
好きなお笑い芸人の新ネタとか見たかったなぁ。
新年に一度の24時も見たかったぁー。
『ご主人様? シュシュのお父様が行っちゃったけど、良かったのかしら?』
(は? ……はぁ!?)
やっべ! スルーしちゃったよ!!
なんであんなタイミングでくるかな!
って、僕が悪いですよね! すみません!!
(マナ! シリウスさんはどこに居るの?)
『右斜め後ろの少し離れたテーブルでワインを飲んでるわよ』
(挨拶……は、よし! もういいでしょう! どうせ覚えないんだから!!)
「申し訳ございませんが、お恥ずかしながら私も少し料理を口にしたくなってしまいまして……御挨拶はまたの機会に」
「それは残念です。ですがそうですね、主賓をいつまでも拘束するのも悪い……どうぞお楽しみ下さい。我が国の料理はきっと神子様の舌に合いますぞ」
「はい! 楽しみです。では、失礼します……」
ササッ! と、すり足で裾を踏まないように、シリウスさんの元へ向かう。
今の僕の護衛は、鎧を脱いだ制服姿のスーとライオットの二人だ。
スーはめちゃくちゃ美少女だから貴族の未婚男性の視線を釘付けにしてるし、ライオットは元この国の騎士だったこともあり、色んなところで貴婦人達にキャーキャー言われている。それを抜きにしても、めっちゃイケメンだもんね!
そんな二人を引き連れた法衣姿の子供はさぞや目立つでしょう。
僕はシリウスに近付くと周りがザワつくから、シリウスさんも気が付き僕に視線を向け、軽く頭を下げる。
僕、今公爵家の当主様に頭を下げられているんだ。
ムズムズと痒い気持ちになるけど、我慢我慢。
「先程ぶりですシリウス様」
「はい。神子様。えっと、なにか御用でしょうか?」
「はい……実はシュシュ様の事で」
「シュシュが何か粗相を! 大変申し訳ございません!!」
「えっ!? いえいえ! 違いますよ! むしろ彼女とは仲良くさせてもらっているぐらいですよ!」
「そ、そうですか……良かった」
シリウスさんが胸を撫で下ろす。その額には汗が吹き出ていた。
(なんでそんなに過剰反応を……)
『忘れたの? 他国にとって神子の立場は、最低でも王族、そして基本は国王クラスの扱いでしょう? 一国の王の機嫌を損ねれば、公爵家とはいえどうなるか分からないもの』
(マジかよ……ユリアさんが過剰に盛ってると思ってたぜ)
『ユリアがわざわざ盛る必要ないでしょうに……むしろ逆にこれでも控えめかもしれないわね』
(やめてくれる!? 僕は王様扱いで既にギブアップ寸前だよ!)
『相変わらずメンタル豆腐だねぇーレイン君』
(おう? なら変わりますぅ? 澪殿ぉ〜?)
『い・や!』
断言すんなし! 全く……見ているだけだからどうとも言えるんだよ。
「シュシュ様に話を聞けば、聖女候補になってからは、ご実家に連絡を取っていないとか……ですので、もし宜しければ、彼女のご様子をお伝え出来ればと」
「そ……それは是非! シュシュは、シュシュは元気にやっているでしょうか!? あの子はああ見えて意地っ張りなところがありますから、いじめられていたりしないでしょうか!? あの子は、心優しいし本当は寂しがり屋だったりするので、寝る時は必ずクマのぬいぐるみを抱いて寝てるんですよ! 本当に寝てる姿は天使のようで……いやぁー若い頃の妻そっくりで! 将来はきっと美人になると思うんですよね! ははっ! 神子様もそう思いますよね!? そうそう。クマのぬいぐるみはですね、妻があの子が一人で寝れるようにって、私が治めている領地一の裁縫師に一時期弟子入りしてこっそり作ってたんですよ! 本当に家族思いで私には過ぎた妻です! そうそう、家族と言えば、長男が最近学園で気になる子が居るとかで、私に女の子の口説き方を教えて欲しいなど言い出しましてね……時の流れは早いと言いますが……いやはや、本当に最近まで腕に抱く程の我が子がこんなにも成長したのだと考え深いものです。まあ、教えて欲しいと言われましても、私は妻一筋で妻以外口説いたことないんですけどね! あははっ! あ、神子様、聞いてます?」
「あ、はい……キイテマスヨ?」
「そうですか? ならば、そうですね、シュシュが才能に目覚めて、我が家がてんやわんやしたところから話しましょうか……いやぁびっくりしましたよ。何せ…………」
……
…………
………………
話長くない?




