79話 孵った!
夜も帷。月明かりに照らされる自室で、僕は魔力の波動を感じた。
その元を辿れば、それは僕に抱き抱えられた卵からだった。
「うぉっ!? 孵の!? 孵っちゃうの!? ど、どどどうしよおおおぉぉっ!!?」
卵を持ち上げて右往左往してしまう。
今宵は一人。スーとドロシーは寝に来ていない。こんなタイミングで孵か! もしや計ったか? 計ったのか! 貴様ぁ!
『誰に対して怒ってるのよ……』
「マナ! おはよう! ごめんあそばせ!」
『今は深夜よ……』
『お兄ちゃんうるさ〜いー』
「はろはろ!」
『どうかしましたか〜?』
「ぐっもーにん!」
『あ、これはこれは御丁寧に……』
『丁寧じゃないてしょう!』
『みんな、騒がしいなー私、氷の中で永眠してたのに……』
「そうなんだ! 寝心地はどう!?」
『ボケにボケで返されたよ!?』
『澪、諦めなさい。今、ご主人様は状態異常:混乱になってるから』
「はっはっは! そうです。私の名前は混乱太郎です!」
『お兄ちゃんが壊れたっ! えっとえーっと……キュア! リフレッシュ! 浄化!!』
「……はっ! 僕は今まで何を?」
『え、嘘、治ったの? 本当に混乱状態だったの?』
『お兄ちゃんは最初から正気だったよ?』
『長いボケね!!』
混乱してたのは本当なんだ。こんなタイミングに来るなんて思わなかったからさ。
でも、やるべきことは分かっているんだ。
「ねえ! 地面に叩き付けるのと、ハンマーで叩き割るのどっちがいいかな!」
『ヒナ! 治ってないわよ!?』
『お兄ちゃんは正常で異常ですっ!』
『なんでそんな二択になったのさ〜ふぁ……』
眠そうな声で訊ねられたけど、もう少し興味を示して? 澪さんや。
「そんなの決まってるよ。僕が毎日抱き締めようが、たまに落としても傷一つ付かないんだよ? めっちゃ頑丈じゃん」
『たまに落とすって……大事な卵じゃなかったぁー?』
『ご主人様は、欲しかったら出来る限り頑張るけど、手に入ったら雑な扱いをするタイプなのよ』
『取り敢えず、ポチッとこうか! ぐらいな感覚なんですねっ! 分かりますっ』
『分かるでしょうね。私たちは彼の一部何だから』
届くまではワクワクするのに、届いたら放置しちゃうんだよね。不思議ー。
「だからー! こんな頑丈な殻をさぁ、割れるが勝手に割れるわけないの! きっと中の子も……あれ? あ、あかねぇ……っ! 開けろよぉゴラァ! っオラ! ……って、感じに僕が叩き割るのを待ってるんだよ!」
『ない』
『ないよ』
『ないわね』
『ないですねっ』
「そうかなぁ……」
十分ありそうなんだけど。
……バキっ!
「おや? なんだか卵の様子が……」
『BBBBBB』
『びーびーびーびー!』
『チャンセル連打』
『カセットを』
「最後の壊れる可能性あるからね!」
そんなバカなことをしている間に、殻のヒビが徐々に広がっていく。
「う、産まれるぅー!」
『もう産まれてるわよ! 孵ところよ!』
『名前何にしよう?』
『フォトンとかライトとかどうでしょうかっ?』
『光に関するもんじゃん。なら、私もぶりゅーなくとかにぶるへいむとかにするよ?』
『ならヒナは〜ナイチンゲールかぁ〜マリアとかが良いな!』
『なら私は、ネッシーとかユーマとかにするわよ?』
「おふざけがすぎるぞ! 星から取るに決まってるでしょうや!」
空から降ってきたんだよ? なら星に因んだほうがいいに決まってる。
『フォーマルハウト?』
『北斗?』
『あたたたたたたたたたた?』
『ホワチャ?』
「途中からちげぇーもん入ってますよ!!」
バキっ! バキバキっ! パカッ!
『『『「あっ!?」』』』
『産まれた〜』
卵の殻が零れ落ち、卵の中が見えるようになる。
「きゅぅ……きゅぅ」
「か」
『『『『「かわいいぃ〜」』』』』
姿を表したのは、鱗にまみれた小さなドラゴンだった。
一生懸命、殻をその小さな頭をぶつけて割ろうとしている。
「頑張れ!」
『頑張れ頑張れ』
『止まるんじゃねぇーぞ』
『貴様の力はその程度か? 今こそその殻を割って出てこい!』
『ふっ……やはり、只者ではなかった、か……ぐふっ』
ネタすぎて、誰が何を言ってるのか分からねぇーよ!!
「きゅぅ!……? ……? ……! きゅぅ〜!」
出れた! ……あれ? ……あれ? ……居た! パパ〜!
と、脳内再生されたね! 僕を見つけて、幼い身体を使って僕の胸に飛び込んでくる。
「おお〜よしよし、よく頑張ったね〜偉いぞ〜スピカ」
「きゅぅ! きゅぅ!」
「そっかそっか。そんなにパパに会いたかったかぁ〜僕も会いたかったぞぉ〜我がむす……こ? め? まあ、いっか。我が子よ」
『おかしいわよ? 私にはきゅぅきゅぅ言ってるようにしか聴こえないのだけど……』
『私も〜レイン君が勝手に翻訳してるだけでしょ……ねみぃ』
『ライアちゃんライアちゃん、 この子白いね! 』
『はいっ! おめめもマスターと同じ黄金色ですしっ! 本当に親子に見えますぅ!』
そう。この子は純白な鱗と黄金色の蛇の瞳を備えている。
もしかしたら、僕の魔力だけを食い続けて、こうなったのかもしれない。
「よしっ! これから君は、『聖竜スピカ・ステラノーツ』だ! この国の守護竜として、人々を護っていくんだ」
「きゅぅ〜!」
「ははっ。そうかそうか。引き受けてくれるか!」
『ちゃっかり名前を付けてるわよ』
『お兄ちゃん、ずつと楽しみにしてたもんね』
『楽しみにしてた割には、よく落としてたけどね』
『私達はお姉ちゃんになるのでしょうか? それとも、お母さんになるのでしょうか』
『『『……』』』
『少しお話をしましょうか』
『そうだね! お話は大事だよ』
『うぅ……ライアのばかぁ……徹夜コースだよぉ』
『えぇーっ!? 私が悪いんですかっ!?』
なんだか騒がしいけど、どうでもいいか。
この可愛さの前ではね。
「明日は忙しくなるぞ〜スピカ!」
「きゅぅ〜♪」




