78話 おじいちゃんの付き添い
「のう。少し儂に付き合ってもらえんかのう」
朝早々に僕の自室を訪ねてきたおじいちゃんの一言だった。
手には花束と酒瓶を持ち、普段の豪快でやんちゃな雰囲気が身を潜め、少し儚げでもの寂しい表情を浮かべていた。
着替えも済ませ、おじいちゃんの後を追えば、神殿の前で待機していた馬車に案内された。
「場所は聖都の外じゃからな」
これが早かろうと僕を抱っこして馬車に乗り込む。抱っこされることに抵抗のある年頃なのだが、今回ばかりは素直にされるがままだ。
護衛は最小で、神聖騎士一人で馬車の御者を務め、僕の護衛はドロシー一人。何とドロシーはおじいちゃんが選択した。
「ドロシーの嬢ちゃんで良かろう」
と、一言だった。本来なら枢機卿のおじいちゃんでも、僕の私兵に対する権限は無いのだけど、僕は素直に従った。
その為、馬車の中では、僕とおじいちゃんとドロシー。御者をしている神聖騎士の四人になる。
こんな人数で聖都の外に出れるということは、安全な理由があるのだろう。
門をくぐり抜け、草木が生い茂る草原を馬車で走り抜ける。
その間、おじいちゃんは窓の外をじっと見ているだけで、僕には話しかけてこなかった。
ドロシーも自発的に話すタイプじゃないから、場には静寂に支配されていたが、不思議と居心地の悪さは感じなかった。
暫くして、馬車が立ち止まる。
「枢機卿、神子様、同着しました」
「あ、はい」
「うむ。お主はそのまま待機しておれ」
「はっ!」
「レイン。これを持ってくれまいか?」
「分かりました」
「それでは、行こうか」
神聖騎士を待機させて、僕とドロシーはおじいちゃんについて行く。僕が持たされたのは、二つのグラスだ。
小高い丘をおじいちゃんは確かな足取りで上がっていく。足元が草や土に汚れるが、気にも留めない。
丘の頂上。そこには小さなお墓があった。
おじいちゃんはその場にどかりと座り込み、隣を僕に勧める。
僕も腰を下ろして、お墓を見る。
「グラスを」
「はい、どうぞ」
手渡したグラスを花束と一緒にお墓のお供え台に置き、酒瓶を開け、琥珀色の液体、お酒を注ぎ込む。
二つのうち、一つを持ち上げ、僕に笑みを向ける。
「飲むか?」
「飲める歳じゃないですよ」
「くくく。お前さんは真面目じゃな」
声を噛み殺したような笑い方をする。
「それじゃあ、失礼して……乾杯!」
天に向けてグラスを持ち上げた後、グビクビと一息にお酒を飲み干す。
「この酒はのう、フレシア……儂の妻が好きだったものなんじゃ」
「奥さんが……やはり結婚していたんですね」
確証があった訳じゃなかったけど、何となくそうなんじゃないかって思ってた。そして、その話をこの場所で話すという事は。
「お前さんが思っておるとおり、この墓は、フレシアの墓じゃよ」
「……っ」
「ほれほれ、なにを泣きそうな顔をしておる? もう、結構前に亡くなっておる。今更ら流す涙も無いほどに、な」
「嘘です」
「なに?」
「大切な一人が死んで、時が経てば悲しくなくなる筈がない! おじいちゃんは、今も泣いてるよ……」
僕には普段の元気なおじいちゃんの姿しか見たことなかったけど、今日のおじいちゃんは、朝会った時から、心の中で泣いているんだ。
僕の言葉に、一瞬目を見開き、直ぐに優しい眼差しになる。
「そう、かのう。儂は……ははっ……そうか、泣いておったか……そうだのう」
おじいちゃんは顔を上に向ける。まるで涙がこぼれ落ちないように。
しばらくして、おじいちゃんは僕ではなく、ドロシーを見る。
「のう、嬢ちゃん。今、幸せか?」
おじいちゃんはわざわざドロシーを指定した。それはつまり何か用があった訳だ。それがこの質問なのだろうか?
ドロシーは一瞬考え込むが直ぐに答えを出す。
「ん……生まれて初めて、幸せを感じている途中?」
「がはは! そうか、幸せを噛み締めておる最中じゃったか……そいつは良かったのう」
「ん、私もそう思う」
何故、おじいちゃんはそんなことを聞きたかったのだろう? しかも、わざわざこの場で。
それは、次の一言で判明した。
「のう……ダグラスは元気じゃったか?」
「っ……!」
ドロシーの表情が強ばる。僕には分からなかったが、考えれば直ぐに分かった。
おじいちゃんとドロシーの共通の知り合いなどあろうはずがない。何故なら……彼女は少し前まで、暗殺者だったのだから。
「勘違いしてほしくないのじゃが、別に嬢ちゃんをどうこうしようとしているわけじゃない。……ただ、儂は彼奴はどうか聞いておるだけじゃよ」
その声には身を震えさせるには十分な殺気があった。だが、その殺気は僕でもドロシーにでも向けられたものではなく、ここに居ない人物に向けられていることが分かった。
「ダグラス……第一席と面積はほとんど……ない」
「そうか……」
第一席……月影会第一席か!
「のうレイン。不思議に思わなかったか? 儂に子供が居らんかった理由を……」
「それは……っ! まさか」
「そうじゃ、ダグラスはのう、儂とフレシアの息子じゃよ」
「「っ……!」」
月影会第一席がおじいちゃんの息子? ドロシーも知らなかったのか驚いていた。
「フレシアはのう……ダグラスに彼奴に殺されたんじゃ、神聖国の『鉄乙女』殺害を手柄に月影会に入ったってわけよ」
「親、殺し……」
前世でも、最も禁忌とされていた行為。
「レイン。もし彼奴に出会ったのなら……どんな手段も用いてもよい……逃げろ」
「え……?」
「お前さんでは、彼奴には絶対に勝てない。お前さんの優しい性格とか才能の差とかの話ではない。壊滅的なまでの相性の悪さよ」
おじいちゃんが断言する。まるで確信しているように。
「彼奴は儂やローの奴を恐れて、この国には近付かない。……じゃが、他国なら手を出してくる可能性が十分にある」
「あの……おじいちゃん。僕が絶対勝てないという、根拠があるんですよね?」
別に自惚れてなどいない。僕より強い人など幾らでも居る。
「あるぞ。彼奴の才能は異例中の異例……あんな能力があるなど今も信じられんぐらいじゃがのう……彼奴の能力は━━━━」
「っ! そんな才能が……」
僕は血の気が引いた。そんなのどうやって勝ても? 少なくても僕には勝ち目がない。
*
自室に戻ってきて僕はベッドに倒れ込んでいた。
「ドロシー。ダグラスさ……ダグラスはどんな人なの?」
傍らで待機していたドロシーに問いかける。
僕の質問に考え込むけど、ボソリと言葉を零した。
「分からない……でも、遠目から見ただけだけど、勝てないって本能的に分かった。どんな男も手篭めにする第二席の『悪女』すら避ける男だから……人間じゃないと思ってたけど」
「おじいちゃんの息子だもんね……」
「うん。あれは人の皮を被った怪物……だから、もし会った時は、全力で逃げて欲しい。時間は稼ぐから」
僕はその一言が不快に感じた。
「嫌だ。もしも逃げる時はみんな一緒、ドロシーも一緒だ」
「レイン……あいつはそんなに甘い奴じゃないと思う……私も何秒稼げるか分からない」
「それでも嫌なものは嫌なんだ。誰かを犠牲にして自分を生き残らせるなんて……ドロシー。君はもう僕の仲間で家族だ。だから家族を見殺しになんかしない。絶対にしない!」
「レイン……嬉しい。でも、だからこそ、私はあなたに生きて欲しい」
「生きるなら二人一緒! それ以外許さないよ」
「ん、分かった」
僕も出来る限り準備をしよう。勝てないにしても、みんなが生き残れる方法を。
「ねえ」
「なに?」
「今日、一緒に……寝てもいい?」
「も、もももちろんだともおおおぉぉ!」
不意打ちに甘えてくるのは、良いけど。
不意打ちな笑顔はやめて。
コロッと恋に落ちそうになる。
……いや、もう落ちてる可能性が微レ存。




