76話 メサイアの温もり
「最近、シュシュが見違えたように生き生きしてますが、何か知ってますか?」
「へ〜そうなんだー」
勉強に励んでいた僕の元に聖女のメアがやってきた。戦乙女を携えてやってくる彼女は改めて人々を導く立場にあるんだと実感した。浸しみやすいからついつい忘れてた。
「ふふっ。ありがとうございます。お陰であの子も前より楽しそうです」
「なんのことかなー?」
「うふふ」
棒読みではぐらかす僕に楽しそうに笑う。
「むむ……くんくん」
「な、なに!?」
正面に座ってたのに、いきなり立ち上がり僕の横に移動して、匂いを嗅ぐ。
「女の子の匂いがしますね……」
「そんな匂いするの!?」
確かにココ最近、ドロシーとスーと一緒に寝てるけども! 決してやましい事などしてないし、添い寝ぐらいなもんだよ!? そんなレベルで匂いが分かるの?
「否定はしないと……つまり身に覚えがあるということですか」
「しまっ……な、ナンノコトデスカ?」
「レイン。貴方は嘘が付けないようですね。そこが美徳であり、弱点にもなりえるのですよ?」
「うっ……はい」
嘘は苦手なんだよね。
「そこは、へへっ俺っちの匂いをあの雌に擦り付けたら逆に擦り付けられちまったぜ、ハハッ! ……ぐらいの演技をしませんと」
「うおぃ! そんな演技しねぇーよ!」
微秒に似ている声真似でゲスっぽいことを言われる。貴女、本当に聖女様ですか?
「会話を円滑にする為にも、多くの知識を要しますから」
「だからって、ゲスっぽい事を言わないでよ……」
「お気に召されませんでしたか? 殿方はこういう野蛮なやり取りがお好きと伺ったのですが……」
「下町の酒場ならアリかもだけど、僕はまだ子供だしそういうやり取りをするのは早いよ」
「ふふっ。そういう年齢に見合わない聡い反応をするので、てっきりもう大人になったのかと」
深い意味は無いんだろうけど、彼女が言うと何か深い意味も含まれているんじゃないかって、勘ぐっちゃうね。
「成人するまでは、僕は子供のつもりだよ」
「そうですか。ならば、子供なレインにはうんと甘えてもらうとしましょう……おいで」
「わっ」
反応出来ずに、されるがままに彼女の膝の上に頭を乗せる。
「どうです? 中々悪くないと思うのですが?」
「て、手馴れてるね」
照れくさくて、話を逸らしてしまう。
「昔はよくマミにしてたので……最近はこうさせてくれないのです……はぁ、成長というのはあっという間なんですね」
はぁ、とため息をつきながら、僕の髪を撫でる。その感覚がくすぐったいのと、彼女の落ち着くような匂いで少し眠くなってしまう。
「寝てもいいのですよ? 寝る子は育つという言葉もありますし……でも、大人になるのはゆっくりでもいいのですよ」
「う……ん」
彼女の放つ包まれるような暖かさから、眠気が身体を襲う。そのまま微睡みに身を委ねてしまう。
*
「ふぁ〜」
「おはようございます」
「ん。僕はどれぐらい?」
「小一時間ぐらいですよ? もっと長くても構いませんのに……」
「そんなに寝たら夜寝れなくなるよー」
僕が起きると同時にメアの膝から離れると、彼女は名残惜しそうに言う。
僕は整理でした頭で、そう言えば彼女に聞いてみたいことがあったと思い出す。
「メアも『神の秘跡』が使えるよね?」
「はい。使えますよ。それがどうしたのですか?」
「ちょっと使ってもらえないかな?」
そう言えば、僕は彼女や教皇様の『神の秘跡』を見たことが無いと思い至ったのだ。
だが、彼女は申し訳なさそうに言う。
「すみませんが、もう今日の分は使ってしまったので、魔力が残ってないのです」
そう言えば、彼女は朝一に、治療施設に赴いて、その時の一番状態が悪い患者さんを治すのが日課だったっけ。
「僕も手伝おうか?」
「大丈夫ですよ。欠損している方は今のところ居ませんので、担当の者たちで足りてます」
「そっかーいい事だね」
「はい。いい事です」
僕の申し出に嬉しそうに断る。大きな怪我をする人達が居ないのはいい事だ。
魔力が足りてないか……。ならば、まだ誰にも試してないけど、アレをやってみるか。
「メア。手を出して」
「はい。咥えるのですか?」
「なんでだよ!? 僕にそんな性癖はないよ!?」
「そうですか……」
残念そうにすな!
気を取り直して、彼女の手に触れる。
すべすべで、やはり冷たい。
「貴方はいつもそうやって、私に気をつかってくれますよね……でも、大丈夫ですよ。もう、この体には慣れてますから」
「慣れてるのと、何も感じないのは違うよ……自分を騙してるだけ……違う?」
彼女はその強力過ぎる才能故に、体温が存在しない。まるで時が止まったかのように。
「不老、か」
「羨ましいですか?」
「羨ましいね。だって、それがないと、いつかメアとお別れしなちゃいけなくなるから」
「っ……本当に、もう……貴方は……」
涙を堪えるように、祈るように俯く彼女を僕は小さい体で抱きとめる。
「僕も長生き出来るようになったら、メアも寂しくなくなるね」
「お止め下さい……人間は定命だからこそ、儚くて、かけがえのないものなのです……永遠など人に過ぎたものです」
「うーん。でも、エルフは長生きだし、ドワーフも倍ぐらい生きるよ?」
「それはその種族の在り方なのです。人間は短いからこそ、その間に全力を尽くす生き物なのですよ? 」
「強情だなぁ〜」
「こればかりは、実際に体験しないと分からないものですから」
「そうかな〜?」
「そうなのです」
彼女の頭を撫でながら、マナに呼びかける。
(マナさんやーい。ちょっとメアの魔力を回復させておくれ)
『よくもまあ、こんなただ甘な空間に呼び出したわね。どうせ無意識なのでしょうけど……いいわ』
無意識なもんか。自分がどれほど恥ずかしい事を言ってるぐらい分かってるよ。でも、言わないと後悔すると思ったから言ったまで。
「メアの魔力を回復させるね?」
「え……」
「魔力譲渡」
「っ……熱い。レインの……んっ……魔力がっ……はいっ、て……きます! あっ!」
「ちょ!? 変な声出さないでよ!」
「無理で……すよっ……これ熱い……私の体が……熱を……熱を発してます……ああ、これが人のぬくもりなのですね」
(マナさーん! 説明プリーズ!)
『身体に流れる魔力の管は、血管のように身体全身にあるので、逆立ちした時に頭に血が登ったり、手を上げ続けると血が引くのと同じ原理だと思います』
(とどのつまり?)
『失った血、もとい魔力を一気に魔力の血管を満たすほどに流したので、身体が熱くなるのかと……ほらあれよ、ギ〇2みたいなポンプ方式に近いんじゃない?』
(何となく分かったけど、例え!)
息も絶え絶えなメアは、頬を上気させて僕を見つめる。目も潤んでいて、すんごくエロい。
「はぁ……はぁ……レイン。これが貴方の魔力?」
「う、うん。初めてやったけど、上手くいってよかったよ」
精通してなくてよかったと今ほど思うことは無いよ。
「貴方の魔力もこんなに暖かいのですね……私、生まれて初めて身体が火照ってます。熱を感じます……ありがとう」
「それについては、予想外だけど……うん、喜んでくれで良かった」
彼女の手に触れれば、冷たい感触ではなく、人特有の暖かさ、むしろ少し熱いぐらいだ。
「ごめんね。これは多分一時的ものだから……」
「構いません。どれほど願おうが叶わなかった事が叶ったのです。それで十分ですから。ねえ、これからも時折このように魔力を注いでくれますか?」
「もちろん。出来れば変な声を出さないでくれると助かるんだけど」
「それは……努力します」
照れくさそうに微笑む、彼女は美の女神もかくやというほど、魅力的だった。
その後、彼女に『神の秘跡』を使ってもらったけど、黄金色ではなく明るい黄色の魔法陣が浮かび上がるだけだった。
もちろん、失った魔力をおかわりで注いだ。
彼女が部屋から出る時、戦乙女の人達がニヤニヤしていたのは、気のせいということにしておこう。
今度からちゃんと防音にしようと誓ったのは、内緒。




