68話 時間との勝負!
走りながら過大深化を込めたエリアヒールを発動させる。
みんなが倒れている血溜まりの下に魔法陣が浮かび上がる。
「取り敢えずこれで傷を癒……え!?」
『回復魔法が効いてないよ!?』
本来なら目に見えて再生する筈の傷が何ら変わらない。
絶望が目の前に押し寄せてきた。
回復魔法が効かない……つまり、みんなは死ぬ。
「ふざけんなっ! なんで効かないんだよ!?」
みんなの場所に辿り着き、血溜まり構わずその場に座り込む。
目の前で横たわる下半身の無いドロシーを抱き上げる。
「僕は……っ! 何も出来ないのかよ!!」
視界が歪む。抑えきれない涙が溢れてくる。
『違う……違うよ! これ! ほらこの黒いモヤが邪魔してるんだ!』
ヒナの言葉にはっ! と我を取り戻し、ドロシーをまじまじ見る。黒いモヤが回復の光を弾いていた。
「なら! このモヤを消せば! 」
僕は慌てて浄化を発動させる。
『ダメ! お兄ちゃん待って!!』
「……っ!」
発動仕掛けたところでヒナの声がかかる。
「どうしたの!?」
『これ……この黒いモヤ。みんなの命を繋ぎ止めてる』
「は!? だってこれのせいで回復出来ないんだよ? これを消さないとみんな死ぬじゃない……」
矛盾している。僕はヒナが何を言っているのか理解出来なかった。
『みんな致命傷だよね?』
「あ……そうだよ。明らかに死んでもおかしくないんだ……っ!? もしかして、もしかして……このモヤがみんなの命……魂を身体から離れるのを止めてる?」
『近いけどちょっと違うみたいだよ。正確にはこの黒いモヤはみんなの魂を食べる? 為に身体に魂を封じ込めているみたいなの。……だから食べ終わったらきっとみんな死ぬ……ううん。…………消える』
消える? 死ぬのではなく? つまり輪廻の輪に戻らず、僕みたいに生まれ変わることなく……消滅する?
「最悪じゃんか!?」
『最悪だよっ!!』
気が付けば、僕は爪を噛んでた。思考が上手くまとまらない。
「どうしよう。モヤを消せばみんな死ぬけど、輪廻の輪には戻る……よね。そして放置すればこのモヤを放置すればみんなの魂が食われて消滅する……どっち道僕はみんなにはもう会えない? ははっ……クソっ!」
八方塞がりだ! 血溜まりの地面に拳を打ち付ける。みんなの混ざった血が僕の顔に付着するが気に留める余裕はない。
『待って……厳密にはまだ黒いモヤは魂の外側……外殻? に防がれて魂を食らってない。でも、その外殻も長く持たないよ! 破られたら多分…………一瞬』
最悪なのかいい知らせなのか分からない。
でも、一つだけ分かることがある。
「つまり僕の頑張り次第でなんとかなる可能性が残っているわけだ……そうだろう?」
『うん! でもヒナは回復の精霊だからそれ以外は分からないの……だからお兄ちゃん……頑張れっ!』
「希望が残っていることが分かるだけで十分! ヒナ。僕は何者かな?」
『ん? えっと……神子様?』
案の定、予想通りの答えだ。でも、それだけじゃないんだよ、僕は。
「僕は間違いなく宝くじの一等よりも、隕石が真上に落ちるよりも低い確率の転生者なんだよ!!」
ゼロに近い確率をくぐり抜けて産まれてきたんだ! この程度の絶望……希望に変えてやらァ!
「時間はどれぐらいだ!」
『あと……10分もないよっ!』
「考えろ……考えろ……回復魔法が効かないんだ……それ以外の方法はなんだ? ……僕が打てる手段は? ……考えろ」
この黒いモヤは魔法を弾くのか? それとも回復魔法だけ弾くのか?
魔法を弾く存在なら知っている。僕の持っている卵だ。厳密には魔力を卵の意思で弾く。魔法はどうか知らない。
「試してみるか……アイス!」
氷魔法を発動させる。掌に浮かぶ氷をドロシーに近づかしてみる。
「弾かれるか! なら魔法を弾くのか……魔力は?」
魔力を掌から伸ばして彼女に触れる。
「魔力は弾かないか……それでも魔法が効かないとか……絶望的だ」
ヒナに止められなくても浄化は効かなかったことになる。
「選択肢が一つになったね……僕が何とかしなければ、みんな消滅する」
凄まじい重責だ。
『大丈夫? お兄ちゃん』
「意外と……吐きそう」
『だいじょばない!?』
「冗談はさてお……おえぇーー」
『吐いた!? ヒール! ハイヒール! エクスヒール!!』
「だ、だいじょうぶ……」
ヒナから連続で回復魔法を打ち込まれる。
「ねぇ、ヒナ。ヒナの使っているのは回復魔法だよね?」
『えっ……うん』
何を言っているの? と思っていそうだ。
「でもね、回復魔法以外にも一つだけ……回復する魔法があるんだ……ヒナも知ってるよね?」
『うぅん? ……あ、ああぁーー!! 『神の秘跡』!!』
「そう……あれは魔法に見えて、全くの別物……正しく神様の奇跡」
魔法開発もやっているマナですら解読不可と言わ示させた魔法もどきだ。
「あれを使えば黒いモヤを消しながらみんなを治せる……僕は確信しているんだ」
『うん……いける! いけるよ、お兄ちゃんっ!!』
ヒナがすごいすごい! と湧きたてる。
「でも、残念ながらあれは詠唱を破棄できないし、発動にも時間がかかる。……みんなを救うには時間が足りないんだ」
『そんなぁ!!』
ヒナの予想通りの反応に僕は口元を歪める。
『なんでそんなによゆうなの!?』
「ヒナ。僕にはすごいズルい力があるんだ……知っているだろう?」
『過大深化?』
「それもだけど、その力は『神の秘跡』には通じないんだ」
どんな魔法でも一時的に効果を大幅に増幅もとい深化させるけど、『神の秘跡』には意味をなさなかった。実証済みなんだ。
やはり、神様が女神様が授けた魔法だけあって、最高性能なんだろう。改良の余地無し! ということだ。
『そうだったね! ……じゃあもしかして』
「うん。もう一つの力」
運命改変を使う。性能を上げられないのなら、幅を帰ればいいじゃない。
『神の秘跡』は一人に対して発動するものだけど、それを運命改変で複数人に効果が及ぶように改変する。
『神様の魔法を改変するの? ……お兄ちゃん、身体持たないかも……よ?』
セカンの町で僕が血反吐吐いて倒れているから、ヒナの声が不安で震えていた。
まあ、間違いなくあの時以上の反動を食らうだろう。
「でもさ……みんなとまた笑顔で会えるんだよ? すっっっごーーーく、安い対価だと思わない?」
『思わないよ!? お兄ちゃんが痛い思い、苦しい思いをする姿を見て安いなんかヒナ全然……ぜっんぜん! 思わないもん! でも、止めない! どうせやめないんでしょ! なら、ヒナは倒れる予定のお兄ちゃんを全力で治すだけだもん! 絶対にお兄ちゃんを死なせない!』
「ヒナ……ありがとう……最高の妹だね!」
やっぱり妹は最高だぜぇ!
僕は両手を祈るように絡ませて目を閉じる。
詠唱開始だ。
「偉大なる我が神よ、汝の下僕たる神子レインが懇願する。欠けたる肉体を原初の姿に戻さんとせし神の奇跡を起こし給え…………『神の秘跡』!」
徐々に黄金色の魔法陣が出現する。周囲すら余波で浄化しきりそうなものだ。
発動仕切る前に、僕は次の手段に移った。
「待ってくれよ……『運命改変』!!」
黄金色の魔法陣に僕の魂を干渉させる。
触れた瞬間。凄まじい痛みが全身に走った。
「ぐぅああああああああぁぁぁ!!???」
脳が身体が燃やされ串刺しにされ圧縮され凍らせれ雷に打たれ捻られ切り刻まれ引きちぎられ…………痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
理性など簡単に吹っ飛ぶ。一瞬で廃人なる。
『お兄ちゃん頑張れ! お兄ちゃん頑張れ! お兄ちゃん負けないで! お兄ちゃん……負けるなぁーーーっ!!!!!』
「っ……あぁぐっ!! ……負けるかあああああああああぁぁぁ!!!!!!!」
這いつくばった身体を引き上げて、無理やり祈りの姿勢に戻す。
「女神様! どうか僕の願いを叶えたまえっ! …………『運命改変』ォォーーー!!!!」
黄金色の魔法陣に僕の魔力の色である月白色の魔力が混ざろうとする。だが、弾かれる。
弾かれる度に干渉を続ける。
そして遂に月白色の魔力が黄金色の魔法陣に受け入れられ徐々に色を変える。
紫色の……魔力……魔力なのか?
神々しい黄金色の魔法陣が紫色の魔法陣に上書きされる。その際に紫色の魔力が吹き荒れた。だが、僕にはそれが魔力には思えなかった。それ以外の……そう例えるのなら出会った女神様が発していた黄金色のオーラに近い。
紫色に変色した魔法が発動し、みんなの黒いモヤを消し飛ばしながら、身体を再生させる。
十数秒の時間が永遠に感じた。
「あ……ああ……良かった……おかえり……みん……な」
僕は完全に再生したみんなの姿に涙が溢れた。
『本当に無茶をするわね……ふふ。流石は私の眷属かしら?』
へへ……申し訳ございません……女神様。
意識が遠のく。




