67話 人型の何か
森の中を僕はキントに背負われて突き進む。
手っ取り早く二人に僕が広範囲に渡る探知魔法があると言い探索は僕に任せて兎に角森の中突き進んで欲しいと頼んだ結果だ。キントは体力が無尽蔵になる才能を持っている為、鎧を着込み僕を背負っても、一切スピードが落ちない。
お陰様で僕は魔力領域に専念出来る。普段は一キロ程の探知範囲を三キロまで伸ばしたところで頭痛がしたので、更にマナの手助けを受けて、五キロ範囲まで何とか伸ばすことが出来た。これ以上の距離は情報が処理しきれない。
「どうすっか? 隊長達は見つかったっすか?」
一切呼吸が乱れずそのまま走り続けるキントが尋ねてきた。走り続けて小一時間。そろそろ見つかってもおかしくない。
「見つかれば神子様が教えてくれる筈だ。黙って走れ」
キントの横をさらに重量級のタワーシールドを背負って走っていたカルスの一言だ。
「うぅーす」
キントが少しへこむ。でも焦る気持ちも大いにわかる。僕とてまだ見つからないのかと焦りが募る。
その時、魔力領域の探知範囲で北北東方面の端っこに強大で背筋に虫が這ったようなおぞましい感覚が全身を貫く。
「ほ、北北東に未確認の強大な魔力を確認! そちらにみんながいる可能性が高いと思います!」
「「はっ!」」
最悪な展開を予測した。明らかに人ではない何かがこの先に居る。そんな何かの所にみんながいる可能性。外れて欲しいという気持ちが高まる。
「二人とも。交戦出来る限り避けて、みんながいる確認を最優先に。居ない場合は即座に退避。……もしも居た場合は……時間を稼いで欲しい」
居たとしても無事では済まないかもしれない。そして死んでいる可能性すらある。
でも生きている可能性に掛けて、居た場合は二人にその何か相手に粘ってもらい、その間にみんな治して……その後に戦うかどうか考えよう。
「盾となり必ず!」
「時間稼ぎを最優先にするっすよ!」
「お願い!」
「「はっ!」」
距離が一キロを切った。
「な、なんなんすか!? この魔力っ!!」
「お、おぞましい……っ!」
二人も感じ取りその身をかたくする。
だが、歩は止めない。
距離が九百……八百……七百……六百……五百……四百……見えてきた。
周囲の木々がなぎ倒され、切り飛ばされ、抉られと明らかに戦闘の跡が残っていた。
(間違いない! みんなこの先にいる……!)
三百……二百……百……!
僕達はたどり着いてしまった。
そこには更地のようだった。厳密にはほんの数時間前までは木々が密集していた森の一部だったのだろう。
地面が抉られ、燃やされ、隆起し、水を吸い込み、爪痕のような跡が至る所にあった。
「みんなは……? …………っ!」
そこにはどす黒い魔力を纏った人型の何かが居た。
細身だが、この距離から推察するに二メートルを越える身長を持っている。
その人型には角が生えていた。恐らく二本だ。一本はほぼ無傷だが、もう一本は半分ほど欠けており、最初からそうなのか、今日欠けたのか分からない。
そんな人型が頭部をこちらに向けた。輪郭以外分からない。どす黒い魔力のせいだ。
そんな人型が声を出した。
「おかわりかぁ〜?」
おかわり?
その声は黒板を爪で引っ掻いたような、甲高くそして不愉快なものだった。
「あ、あ」
「……はぁ……はぁ」
カルスもキントも人型から目が離せないでいた。それ程までにその存在感は圧倒的だった。
『お兄ちゃん! アイツの足元っ!!』
ヒナの声に従い視線を人型の足元に向ける。
「あ……」
そこには血溜まりがあった。
下半身を失った青髪の無口の少女が倒れていた。
右腕と左足を失ってビクとも動かないお茶目なエルフの女性が倒れていた。
頭部以外の至る所に風穴を空けられた、優しき剣士の青年が倒れていた。
双子の姉を庇うようにおお被さった兄貴分なドワーフの男が倒れていた。
双子の弟の下敷きになり両手を失っていた面倒見の良いドワーフの女が倒れていた。
「あ……あ……あ……」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
身体から血が引いていき、全身が麻痺したように鉛のように重く、苦しい。
憎い。
憎い。
ニクイ!
「ごご……ろぉ……ずぅ……っ!!!」
一歩踏み出すだけで、地面がへこみ、周囲に暴風が吹き荒れる。
制御出来なくなった魔力が身体から際限なく漏れてている。
可視化された精霊達がこの場から離れていくけど、そんな事はどうでもいい。
「おお……ぅ? 面白い奴が来たかぁあ?」
僕にはもう奴を殺すこと以外考えられなくなっていた。
「……っ。神子様!?」
「はっ! な、なんすか!?」
二人が我に返るが関係ない。
僕は奴を殺せればいい。
『……な……さ……!』
もう一歩踏み出せば更に地面はへこみ、誰も寄せ付けない暴風が吹き荒れた。
『まち……さい!』
「おめえぇぇ〜強そうだぁなぁあ?」
奴の声が僕の神経を逆撫でする。
両手から魔力を放出して一気に固め、形を作る。
巨大な手が二つ出現する。
カルスとキントを拘束したものよりも遥かにデカくそして密度も高い。
僕はその巨大な両手を奴に向かわせようと手を少し後ろに引く。
「殺す」
手を前方に押したそうとしたその時。
『いい加減やめなさい!!』
「ぐっ!」
頬に衝撃が走った。
「何すんだよ!?」
僕は目の前に出現した小さな魔力で出来た手を睨みつけた。
マナが出した物に違いない。
『私は構わないわよ……貴方が好き勝手暴れでも……そのせいで目の前で救えるかもしれない命が救えなくなっても……!』
「…………へ? な、何言ってるの? だ、だって……みんな死んで」
『死んでないよお兄ちゃん! まだ、みんな生きてるよ!!』
ヒナの声に荒ぶっていた感情が収まっていく。
「死んでない? みんな死んでない!?」
『うん!』
ヒナには生物の状態を見抜く力がある。
そんな彼女が生きているというのなら、あの状態のみんなでも本当にまだ生きているんだ。
『でも……もうすぐ消えちゃう。あの変な黒いモヤにみんな食われちゃう』
「黒いモヤ……なんだよあれ」
今一度みんなの身体に目線を向ければ、確かに言われた通り、黒いモヤのようなものがみんなよ身体に纏わりついていた。
あの人型が纏っているどす黒い魔力に似ている。
『どんなものであろうと貴方のやりたい事は変わるの? 変わらないのでしょう? なら、動きなさい! 何もかも手遅れになる前にっ!』
そうだ。マナの言う通りだ。
救えるのなら救う。必ず救う!
みんなを助けるんだ!!
「カルス! キント!」
「神子様!」
「正気に戻ったんすか!?」
「話は後! みんな生きてる。僕はみんなを助けに行くから、二人は死ぬ気でアイツの足止めをして! 出来る!?」
「……同然っ!!」
「……もちろんっす!!」
僕の言葉に行動で示す。
先程まで人型に萎縮していた二人はもう居ない。
真っ直ぐと人型に駆け寄っていく。
『私とライア、澪の三人も足止めに加わるわ! ヒナはご主人様のサポートよ!』
『うん!』
『理解しましたっ!』
『任せてよ!』
「みんなお願い!」
マナが僕の魔力を使い鎧人形のようなものを生み出す。魔導騎士だ。
澪が氷魔法で氷の槍を生み出し、ライアが光魔法のレーザーを待機させ、人型の化け物に立ち向かうカルスとキントの援護に回る。
「みんなから退くっす!!!」
キントが水魔法を使い加速し、人型の化け物に肉薄する。
「イヒャ!」
人型の化け物が奇声を上げる。
振り抜かれたキントの拳を正面から受け止めた。
「そこから離れろ! 化け物め!!」
カルスがキントの背後から現れ、タワーシールドによるシールドバッシュを繰り出す。
「ケヒャ!」
それをキントの拳を受け止める手と反対の手で受け止める。
『ありったけよ!』
『吹っ飛べ気持ち悪いやつ!』
『汚物は光に抱かれて消えてくださいっ!』
キントとカルスの間から氷の槍と光のレーザーが化け物に突き刺さ……らない。どす黒い魔力に止められているんだ。
「足りないねぇ〜足りないよォ〜?」
『どんなに頑丈でも、質量には勝てないわよ!』
魔導騎士が、魔法の後に続きショルダータックルを化け物にかます。
「おお?」
化け物は驚いた声を上げて吹き飛ばされる。
『今よ!』
「うん!」
化け物がみんなの傍から離れたこのタイミングで僕はみんなに駆け寄る。
それに際して、キント達も吹き飛ばされた化け物の後を追う。
「神子様! なるべく早く頼むっすよ!」
「あとは任せます!」
二人は決死の時間稼ぎに挑む。
「二人をお願いね。マナ、ライア、澪!」
『任せなさい!』
『別に倒しても構いませんよね……マスターっ!』
『……余計なことしないようにね! フリとかじゃないからね!』
マナは力強い返事をして、ライアがボケて、澪がつっこむ。
みんなこんな状況だけど、声が明るい。僕だって、そうだ。
絶望に近いのは変わらないけど、それでも絶望では無いことは確実だ。
僕の、僕とヒナの活躍によっては、これは希望にすら変わるんだから!
「必ずみんなを救おう!」
『うん!』




