65話 村での心配事
「神子様、村に着きました」
「わかりました」
星騎士団副隊長であり、馬にて護衛を務めていたライオット様……って、もうダメだよね。ライオットが村に着いたことを知らせてくれる。
馬車の外からはザワザワと複数の人の声が耳に届く。
少し前までの僕なら間違いなく、緊張でカチコチになっていただろう。
ユリアさんの言う通り、今回の国内での旅は僕にかなりの経験を積ませることが出来た。
これなら、他国訪問の旅も何とかやっていけそうだ。
「準備が出来ました。お降り下さい」
「では、私が先に降りますね」
「お願いします」
万が一暗殺の可能性を考慮して、元Aランク冒険者であるスーニャが開かれた扉から、用意された踏み台て外に出る。その時、吹いた風により、スーニャのスカートか少しめくれて、太ももが顕になる。ガーターベルトを着用している真っ白な太ももを直視してしまい、ドキッとして、直ぐに目を逸らす。
「次、行く」
「あ、うん」
ドロシーはすっと、音もなく馬車から降りる。残念ながらチラ見せは無い。
「えっと、シリカ? 君の番だよ?」
「は、はひぃぃぃー」
テンパりながらも降りていった。隙の多い子だけど、意外とチラ見せは皆無に等しい。まあ、ロングスカートだしね。
「ふぅー降りますか」
慣れたと言っても、やはり緊張はするものだ。体が硬直せずに動けるだけ、成長はしただろう。
法衣を整えて、扉に向かう。差し込む陽射しに目を細めたくなるけど、ぐっと我慢して、多少目を下に向けるだけに留める。
ユリアさん曰く、多少目線が下を向いていても、奥ゆかしさがあり、あまり礼儀に反しないとか。
ゆっくりと裾を踏まないようにしながら、踏み台を降りていく。
「あれが神子様」
「えれぇ〜ベッビンさんだべぇ〜」
「神々しいんだぁ〜」
「おら、拝め拝め」
「女の子にしか見えないわ〜」
「え?! 男ってま?」
おい、1人だけ反応が異世界だぞ。
随分こういう視線にも慣れたものだ。
踏み台を降りきると、老人が一歩踏み出した。
「ようこそ神子様。ワシはこの村の村長を務めさせてもらっている者です。小さな村ですが、どうぞごゆっくりしてくださいませ」
若干の訛りはあるけど、礼儀正しい。きっと、僕が来る知らせがあった時から、頑張って練習したんだろう。
何故そう思うかって? だって、名前を名乗り忘れているのだもの。
「こちらこそ数日ですがよろしくお願い致します」
頭は軽く下げるぐらいに留める。年齢はあちらが上でも、立場は僕の方が上だから、軽々しく頭を下げるわけにはいかない。
あちらは深々と90度以上も腰を曲げているのにこちらは頷く時ぐらいの軽いもの。
うーん。やっぱりむず痒いな〜。
前世の感覚に、引っ張られて同じぐらい下げたくなるよ。
「では、神子様御一行がお泊まりする場所にご案内致します」
「宜しくお願い致します」
村長さんに案内されて、ゾロゾロと村の中を列にになって歩く。
その時、とある会話が耳に入った。
「……おい。ムギの奴はまだ帰ってきてないのか」
「まだなんだよ。早朝から狩りに出かけたってのに、もう昼だぞ? 神子様の為のご馳走が用意できないよ」
「仕方ない。前日に仕留めたイノシシの残りがあったよな? それで代用しよう……」
「ああ。本当は一頭のまる焼きを出したかったんだけどな」
どうやら、僕に出す料理の為の獲物を狩りに行ったムギさんがまだ帰ってきてないようだ。
何かあったのかな。ここら辺は危険な魔物は居ないはずだけど。
ムギさんの心配をしてたら、案内が終わっていた。
小さいけど、明らかに新しく建てられただろう家に入る。
僕の為に家を建てたんだ……。
相変わらず、この国の人達は神子という存在を特別視しすぎてる。過去の神子達ならまだしも、僕はそこまで凄い力は持ってないんだけど。
「少しお待ちください。直ぐに料理を持ってまいります」
「あ、少し待ってください」
「んだ? ……っ! な、なんでしょうだ!?」
家から出ようとしたタイミングに声を掛けたからか、テンパってる。申し訳ないです。
「実は先程の村人の方々のお話が耳に入ったのです。……なんでも、狩りに出かけた方がまだ帰ってこないと」
「は、はい。ムギはこの村の唯一の狩人で今回の神子様にお出しするメイン料理のイノシシのまる焼きの為、早朝から森に入って未だに帰ってこないんです。何時もなら戦果が無くでも昼前に帰ってくるんですが……」
嫌な予感がする。これが少し手間取っているぐらいならいいけど、もしも、最悪の可能性があるのならば……。
僕の為に狩りに出た人が死んだかもしれない。
背筋が凍った。可能性がどんなに低くても、ゼロじゃない。
僕ほ気がついたら、腰を下ろし、テーブルから立ち上がっていた。
「探しに行きましょう」
「え? いやいや! 大袈裟です! 神子様! ちょっと手こずっているだけだべ!」
「例えそうであっても、万が一があります。そして、もしかしたら、今向かえば助けられるかもしれない……なら、じっとしては居られません!」
人探しなら、得意だ。
何故なら、『魔力領域』があるから。
あれを使えば、人の一人見つけ出すのは難しくない。
僕の申し出にライオットが意見する。
「神子様。お気持ちは分かりますが、貴方が使うわけには行きません。ここは私達にお任せ下さい」
「で、ですが、怪我でもしてたら僕の回復魔法が必要になります」
「それはご心配なく。上級ポーションを用意しています。欠損は治せなくても、生きてれば、延命出来ます。その後、村に連れ戻した後に、神子様のお力お使いになるのが良いかと具申します」
「う……確かにそうですけど」
僕はポーションの効果をしっかり見たことがあるわけじゃない。だから、上級ポーションが死にかけても、命を繋ぐことができるぐらいの効能があると知識として知っていても、不安だ。
「神子様。私も賛成です」
「スーニャ……貴女もですか」
大抵の事は僕に無条件で味方するスーが犬猿の仲であるライオットに同意している。少ないショックがあった。
「私にとって神子様の安全が何よりも最優先です。今回ばかりは神子様に従えません」
スーニャの表情を見れば、苦しそうにしていた。彼女はよく僕に全てを捧げていると言っていた。それは一つの依存。
だけど、最近の彼女は盲目までに従うのではなく、本当に僕の事を思って発言するようになった。
そこには例え僕に嫌われようとも構わないという強い意思を感じさせた。
「神子は優しいのは知ってる。……でも、わがままはダメ」
「わがまま……か」
ドロシーも変わった。与えられた命令を真っ当するのではなく、自分で考えて行動出来るようになった。
「神子様さー。あたいらのことそんなに信じられない?」
「え……?」
一瞬、ミーゼが何を言ってるのか分からなかった。
僕の反応にやっぱりかと納得顔。
「無意識だったか。神子様は要するにあたいらだけじゃ、不安で不安でしょうがないんだろう?」
「そんな事ないよ! 僕はみんなが凄いのは知ってるよ! ……でも、怖いんだ。もしもが起きるのが」
ここはやり直しができるゲームでも必ず努力が報われる御伽噺でもない。
怖くて怖くて仕方ない。彼女達に何かがあったらって……思うと気が狂いそうになる。
「神子……過保護すぎ」
「ふふ。はい。そうですね。主様の方が年下なのに……心配のしすぎですよ」
「神子様。私個人としては、貴方の為ならこの身がどうなろうと構わない所存ではありますが……そうですね。そうすると貴方が悲しむというのなら、約束しましょう。必ず無事に帰ってくると」
ドロシーが呆れて、スーニャが嬉しそうにし、ライオットが堅苦しいまでにイケメンな事を誓う。
「オイラは長生きしてるんだぜ? ちょっとやそっとじゃあくたばらねぇ〜よ。ドワーフ舐めんな!」
「ドワーフは頑丈さね。あと、あんまり知られてないけど、案外逃げ足もはやいのさ」
「神子様。俺は盾です。生き延びることに掛けては誰よりも理解しています」
「自分もタフっすよ! 何せ疲れ知らずっすから!」
ロイドがミーゼが胸を張り、ロイドが真剣に語り、キントが力こぶしを作る。
僕はどうやら勘違いしてたようだ。心配など必要ないじゃないか。
彼ら彼女らは最高護衛で仲間なんだから。
「うん。分かった。分かりました。……みんなお願いします」
僕は託すことにする。この頼もしすぎる人達に。
みんな強く頷き返事を返した。
その後テキパキと探しに行くメンバーを決めていった。
僕とシリカを置いて、護衛全員で行くわけにはいかないからね。
残るのは必要最低限の二人。
守ることに長けたロイドと、そんなロイドと同じ神聖騎士だった為に連携が一番取れるキントだ。
キントは無尽蔵の体力の才能持っているから、探索に加わるべきなんだけどね。
如何せんほかのメンバーの方が適性があった。
スーはエルフでAランク冒険者だ。森のことならお任せあれ。
ドロシーは暗殺者としてかつて一ヶ月以上も森でサバイバルしていた経験者。
ライオットは元々庶民の出で小さい頃は森を駆け回っていた。
ドワーフは元々巣穴暮しなどしていた民族だ。自然での立ち回りは熟知しているだろう。それに双子は冒険者ではないけど、かなり長い旅をしていた経験がある。
その点、ロイドとキントは聖都育ち。平地なら待たしも、森での探索には少し経験が足りない。
以上が振り分け理由である。
ライオット達は見つかろうが見つかなかろうが、三時間以内には必ず戻ると約束させる。
ムギさんには申し訳ないけど、僕にはみんなの方が大切なんだ。だから、彼らに無理はさせない。
ライオット達が出発する。森に入るのに気負うことは無い。その足取りには自信があり、油断は無かった。
でも、やはり僕の嫌な予感は消えてくれない。
僕は両手を合わせて、祈りを捧げた。
……どうか、みんな無事でありますように。
約束の三時間が経っても誰一人僕の元には帰ってくる事は無かった。




