59話 セカの町5
翌日。
神殿は大いに混乱していた。理由は言わずもがな。
トップのネーティ司祭の人徳に反する行為が明らかになったのだ。
当然、町のほうには、昨日の夜に僕がブチ切れた余波を食らったのは、司祭が僕の怒りを買ったという話に留めた。シスターの人達がされたことを話すのは躊躇われる。
故に、箝口令がしかれて、神殿関係者は一切の詳細の説明を許可無く言うことは禁じられる。
当然、ネーティ司祭の悪事は、既に早馬で聖都のほうに情報を送っている。数日もすれば、捕縛隊がやってくるだろう。そして、代わりの人員も。
その間は、この町に滞在する旨を、行先の町や村に伝える早馬も送り出す。
深夜から働き詰めで、少し、いやかなり眠い。
現在、この神殿に居るトップは僕だから、みんな僕に情報を伝えに来る。でも、とこか怯えている人も居れば、崇拝に近い眼差しを向ける人も居る。
怯えている人は基本的に魔法の扱いに長けた人で、突然、僕の解放した魔力の余波を受けたのが原因だろう。
崇拝している人は、その後に、被害者のシスターの人達を集めて、その場で、『過大深化』を使った『範囲回復』で、シスターの人達のありとあらゆる傷を治したのを目撃した人だ。
シスターの人達には、涙ながらに感謝を言い渡された。
……でも、感謝を素直に受け取れなかった。
何故なら、彼女達は本来、不必要な苦痛を受けたのだ。しっかりとネーティ司祭のことを把握して適度に調査をしていれば、このような最悪な事態にはならなかった。
良くも悪くも、法律が緩く設定されている弊害だろうか。
確かに、この件が無かったら、僕は神聖国はどこまでも善人で溢れている素敵な国だと思っていたのだろう。
今回の事で、初めて、これ程までに、現実というものを感じたのかもしれない。
もうこのような事が起きないように、僕も何か出来ないか、ユリア姉さんに聞いてみよう。
「少しお休みなされた方が……」
スーニャが紅茶を差し出しながら心配そうに提案する。
「そう……だね。うん。僕が倒れたら立場上、不味いもんね」
「そういう意味では……私は、あなたが神子かどうかなど、どうでもいいのです。……私は、あなたに……レイン様にお仕えしているので」
「……ありがと」
スーニャは時折、不意打ち気味に胸が暖かくなることを言ってくれる。
「ならさ、一緒に寝てくれない?」
だからかな? 彼女にはつい、甘えてしまうのは。
僕のおねだりに、一瞬目を見開くが、すぐにはにかむように頷く。
「私で良ければ」
手を差し出すと、スーニャが優しく握ってくる。荒れた心が優しい繭に包まれたようだ。
スーニャに手を引かれて、寝室に誘われる。
*
「ご主人様……一体どうしたの? せっかく事件も解決して、もう憂いもなにもないでしょうに……」
「え? あ〜……うん。そうなんだけど、ね」
歯切れの悪い僕の言葉に、マナ達が首を傾げる。
場所は『精霊の箱庭』。一眠りして、スッキリした後に、ここに訪れたのだ。
なぜだか心のモヤが消えない。何かが足りない。シスターの人達も助けられたし、司祭も捕らえられて、もう顔を合わせることなど、連行される時ぐらいしかないだろう。
「わざわざここに来るということは、何か気になることがあるということでしょう? ほーら、キビキビ吐きなさい」
マナが心配そうに、しかし不敵な笑みを浮かべて命令してくる。
「そうだよ、お兄ちゃんっ! 雛達に出来ることならなんだって……するよ?」
僕の手を両手で包み込み、優しく話しかけてくる雛。これじゃ、どっちが子供か分からないなぁ〜。
「うじうじとしてると、女子に嫌われるよ〜」
澪は茶化すように、ニヤニヤしながら言う。
「そう言いながら、澪ちゃんは絶対にマスターを嫌ったりしませんよねっ……うふー。分かってるんですからっ!」
ライアが皆まで言うなと言わんばかりなドヤ顔を披露する。
「あんた! いい度胸してるじゃん! メイドの癖に!」
メイドの何が何が悪いの?
「うふふっ。澪ちゃん、知らないんですか? マスターはメイド服が大好きなのですよっ!」
何故知っている!
「そんなこと言わなくても知ってるよ!」
何故知ってる!?
「私は、光の精霊っ! マスターを包み込む光っ! マスターが最も興奮する格好をするのは、当たり前のことですよっ!」
確かに興奮するね! 自分の性癖を晒されたことに対してだけどね!?
「な……っ! ……そんなこと言ったら、レイン君のお気に入りの大半は、JKものじゃん……」
「違いますぅー! 大半はコスプレですぅーっ!メイド成分多めですぅー」
やめろ! もう、僕のライフはゼロだよ!?
「二人とも! 喧嘩はやめて! 」
いいぞ雛! その二人を止めて差し上げなさい。
「お兄ちゃんは、妹ものが一番大好きだもん!」
「グハッ!? ……バカな、お前も、敵だったのか……っ!」
凄まじいダメージに膝をついてしまう。
「メイドもの!」
「JKもの!」
「妹もの!」
三人の主張に心が折れかかる。
「……もう……やめてぇ……」
涙ながらに訴えるも、ヒートアップする口論により、掻き消される。
それを見かねたのか、マナが手を叩く。
「はいはい。じゃれ合いはおしまいよ。ほら見て、ご主人様がボロ雑巾みたいになってるじゃない」
ひでぇ!
「マナはいいの!? 誰が一番、レイン君の好みの格好をしてるのか!」
「そうですよっ! マナちゃんは気にならないのですかっ!?」
「マナちゃんもお兄ちゃんは、妹ものが一番よくじょうするって思うよね!」
雛よ……それは2次元のお話なのじゃ。
「うふふ。どうやら、彼を一番理解出来ているのは私のようね」
「……どういう意味?」
喜ぶマナに澪が尋ねる。
「だって……彼は、私たちが大好きなのよ? なのに、誰が一番か、なんで、全く意味の無い問題じゃない」
あっけらかんと言い放つマナに一同騒然。僕も含まれます。
「え……そうなの?」
今度は僕に質問を投げかける澪。
「あ……うん。みんな、差をつけられない大切で……すっごく大好きだよ」
僕一人じゃ、きっと何の役にも立たなかっただろう。神子にだって、なれなかったに違いない。
「マナに出会えて、魔法を使えるようになれた。雛に出会えて、回復魔法というみんなを癒せる力を手に入れた。ライアに出会えて、支えられているって分かった。澪に出会えて、みんなが僕にとってかけがえのない存在で……家族なんだって理解した」
僕から生まれた当然のように助けてくれる。無償でサポートしてくれる。今だって、僕のことで一喜一憂するんだ。こんなに愛しいことはないよ。
「……だから、みんな僕に出会ってくれて……生まれてきてくれて、本当にありがとう」
本心から気持ちを伝える。恥ずかしいけど、伝えなちゃって思ってたから。
「あ、あぅ……反則だよぉ〜」
「う……うぅ〜わだじもーマズダーにあえでぇ〜よがっだでずっ!」
「雛もね! お兄ちゃんに、みんなに会えて良かったよ! 大好きっ!!」
「……自分で仕掛けておいて何だけど……あ、暑いわね」
澪は黙り込み、ライアは号泣し、雛は伝え返してきて、マナが暑そうに手をうちわがわりに扇ぐ。
みんなの反応に、僕も照れてしまう。
と、同時に、何故僕がモヤモヤしていたのか分かった。
「そうか……シスターの人達は、大切なものを失ってしまったんだ」
体の傷は僕が治した。心のケアはすごく時間がかかると思うけど、いずれは癒えてくれると思う。
「でも……あのクズ虫に奪われた……純潔だけは取り戻せていない」
この世界において、純潔とは、結婚する相手に捧げるものという認識が一般的だ。
例外として、荒くれ者が多い冒険者や、水商売をしている人達は別だ。
冒険者は死と隣り合わせ故か、貞操に関するハードルは低いとスーニャが言っていた。もちろんその後に、自分は違うと主張した。
水商売の人達に関しては、生きる為にそれ以外の選択肢が無かったり、奴隷故に命令に従うほか無かったりと、かなり悲惨だ。
そういう人達を除けば、この世界の一般人は、恋愛イコール結婚イコール純潔を捧げる相手という認識だ。結婚は15歳ですることも多い世界ゆえに、最初の相手が最後の相手になるのも普通で、離婚と言う言葉すらマイナーなのだ。
そんな世界で、神職に務めるシスターの人達が純潔を失った……どんな理由であれ、必ずそれはマイナスになる。
……もしかしたら、僕に感謝をしつつも、もう結婚という選択肢を諦めているのかもしれない。
僕はこれに対してモヤモヤしてたんだ。
マナ達と一緒に居られるこの時間が何よりも大切だからこそ、シスターの人達がそういう時間を諦めているかもしれないと無意識に感じたんだ。
「……無理して、笑ってたんだ」
助かったと、ありがとうって、もう何も心配するのとはないと気丈に振舞っていたんだ。
……本当は、心の中で涙を流してたんだ。
「僕はバカだ……何が救えた、だよ……何にも救えてないじゃないか……っ!」
額に拳を打ち付ける。
じんわりと痛むが、全く持って足りなかった。




