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58話 セカの町4

夜分遅くに僕は、ソファに座り込みその時を待つ。


焦りがある。脳内の時計では、既に零時を過ぎている。シリカはもう寝ている。例え起きていても、連れていくわけにはいかなかったから、助かった。


部屋には、いつでも向かえるように、みんなが武装して待機していた。


これで、何も無かったから、どうしよう。


もちろん何も無いことに越したことはない。でも、今回に限っては彼女達を最短で救うには、何か起こってもらわないといけない。


犯罪者を捕まえるには、犯罪を起こしてもらうのを待つというのも変な話だけど。


もし、これで、本当に何も無かったら、彼女達に直接聞いて、強引に事を運ぼう。その場合は、一度、聖都に戻らないといけないなぁ。


「……動いたぞ」


ロイドさんが呟く。静寂が支配していた部屋ではその呟きでも十分みんなに聞こえた。


「神子様……やはり、我々だけに任さることは出来ませんか?」


ライオット様が僕に向き直り、考えて言葉を紡ぐ。


彼は僕の神子としての立場より、僕の一個人を心配しての発言だ。


「神子様は……レイン様は、まだこのような残酷な現実を受け止めるにはまだ時期早々だと……具申します」


わざわざ、僕の名前を呼ぶということは、本当に気が進まないのだろう。


年齢や僕の気持ちを鑑みて、それでも止めるべきだと判断したんだ。


その気持ちは嬉しく思う。でも、だけどね。


「ありがとう。でも、僕はもう年齢や私情を言い訳にやるべき事を他人に任せるべきではないんだ。……人の役に立ちたい。傷付いた人を治したい。苦しんでいる人を癒したい。……救いを求められなくても、心が救済を求める人達を救いたい……僕は、そんな神子で在りたいんだ。……わがまま言ってごめんね?」


「……っ……はぁ……私は神子様の剣です。あなたの思うがままに」


膝をつき、面接の時のように、僕の剣であろうとするライオット様に心から感謝する。


「ありがとう。僕は貴方が誇れる主人じゃないかもしれないけど、それでも……着いてきてね」


「はっ! 生涯御守り致します」


「生涯は不要ですよ? 私がその役目を代わりに引き受けますので、田舎にでも引っ込んで神子様が喜ぶ牛乳を作れるお牛さんの育成にでも励んでくださいな♪」


シリアスな展開が気に食わないのか、スーニャが横から茶々を入れる。


あ、相変わらず、エグいな。


それにムッとしたのか、立ち上がりスーニャを睨むライオット様。だが、直ぐに微笑みを浮かべる。


「それは魅力的な提案ですね。……ですので、発案者の貴女がひとまず先にお手本を見せて頂けませんか? ……そうですね、エルフならざっと100年ほど掛けて、じっくりとね。ああ、そうだ。その間の神子様の守護はお任せください。貴女の分までしっかり責務を果たしますので」


ライオット様も慣れたもので、即座に言葉を返す。


「うふふ。私の分まで……ですって? それはつまり主様の夜のお世話もするということになりますよ? うふふ……貴方に出来るので? お・と・こである貴方に?」


は? 夜のお世話? 何それ。誤解を招くようなことを言うな!


それに対して。葛藤しつつもライオット様は答えを出す。


「神子様が望まれるのならば……」


「望まないよっ!? ねえ! さっきの空気はどこに行ったの!? 僕の決意表明は!? スー! 場を和ませたいのかと思ったら、これだよ!! それに夜のお世話ってなに!? 1度たりとでもお世話になった事ないけどっ!?」


こんなに声を荒らげたの初めてかもしれない。


やり方は酷かったけど、お陰で力が抜けた。お礼は言わないけどね!


「すぅ〜……あっ。おかえり」


「……ただいま」


ドロシーが影から姿を表す。


「……どうだった?」


「……アウト」


「そっか……行こうか」


緩んだ空気も、ドロシーの一言で厳しいものに変わる。


扉の近くに待機してたカルスが扉を開けて、先にライオット様とスーニャが出て、僕が続く。部屋に出る前に1人だけ着いてこないミーゼさんに再度お願いする。


「ミーゼさん、シリカお願い」


「あいよ」


シリカを一人にするのも不安だったので、ミーゼさんには残ってもらう。


窓から差し込む満月の光は、どこか冷たさを感じた。……今日は少し肌寒い。





神殿の奥側、この神殿のトップであるネーティ司祭と限られた者だけが立ち入られる区域に向かう。


その際に神殿騎士に行く手を阻まれる。神聖騎士の活動範囲が国内全土なら、神殿騎士は配属された神殿とその町が活動範囲だ。


「み、神子様。夜分に如何なされましたか? ……司祭様に御用があるのでした、申し訳ないのですが、既に休まれておりますので……」


僕の存在と後ろに武装した星騎士達にビビりながらも、何とか義務を果たそうとする。その目には僕達に対する恐怖というよりは、緊張と疑問はあれど、後ろめたい感情は見てとれない。


……やはり、司祭の行動は非常に内密に行われていたようだ。


「神子として命じます。そこを退きなさい」


「か、かしこまりましたっ!!」


今回は時間との勝負だ。丁寧に説明する余裕など無い。慣れない命令を使って神殿騎士を退かす。


横の壁にくっつくように道を開けた神殿騎士を内心申し訳なく思いながら、表情は険しいものを維持する。今回ばかりは、神子として相応しい振る舞いを心がける余裕はない。


大理石の廊下を突き進み、ドロシーに場所を教えてもらいながら、ロイドさんの探知魔法で司祭とシスターが未だに一緒なのを確認する。


魔力領域(マナテリトリー)』は使っていない。今回は、みんなの力を貸してもらう以上は、そんな不義理なことはしない。


もちろん切羽詰まってたのならば、使えるものは何でも使うが、雛からシスター達の中で直ぐに命の危険がある者は居ないことが分かっているので、みんなの能力を信じることにしたのだ。


「……ここ」


「オイラの探知でもここだぜ」


そこはなんで事ない扉だった。


「……見せてもらった間取り的には、少し大きめな寝室になっていますね。たしか、普段は使われておらず、週に一度、司祭が持つ鍵を貸し与えられた者が清掃するぐらいです」


スーニャがいつの間にか間取りを見ていたらしい。さり気なく用意周到なのは冒険者の経験か。


「貸し与えられた者は……間違いなく修道女達のことでしょう」


ライオット様が苦虫を噛み潰したように言う。


扉を開けようとして、ドロシーに止められる。


「私が開ける」


「お願い」


罠はないだろうが、念には念をということだろう。元暗殺者として罠解除にも長けているだろうから、間違いなくドロシーが適任だ。


ドロシーが扉のドアノブに手をかけると、カルスとライオット様が僕の前に構えて、横でスーニャとキント、後ろでロイドさんが僕を護るように配置につく。


ドロシーがハンドサインでタイミングを出す。


……3……2……1……パタン!


扉を開けた瞬間に、カルスとライオット様が真っ先に部屋に駆け込む。続いてキントが続き、スーニャの背後に僕が着いていく。


「んなっ!? ……み、神子!?」


部屋に入って、まず感じたとは、むせ返るような甘ったるい匂い。吐きそうな程に強烈だ。


そして次に部屋の真ん中、ベッドではなく床の上で、裸の司祭が紐を握っており、その紐は裸で痛ましいほどの傷や打撲が見受けられるシスターの首に巻き付けられていた。


首を締められてか、まともに声を出せず、口の端に涎が垂れ流して、目を白目を向いていた。


そこで、彼女の顔を見て、思い出した。


……今日、僕達を案内してくれた人だということに。


仕事も丁寧で、職人の人達にも、フレンドリーに話していた真面目な印象を受ける人だ。


そんな人が目を背けたくなるような仕打ちを受けている。


僕の心が急激に冷える。脳が煮えたぎるほどの怒りに支配される。


「……なに、してる、の?」


一歩踏み出す僕に前に居たスーニャ達が横に逸れる。


どうやら僕に任せてくれるみたいだ。


「な、なにって……あ、いえ、その」


司祭……いや、クズ虫が言い訳にもならない言語を発する。


「聞いてる? 聞こえてる? ……僕は聞いたよ? 聞かせたよ? ……お前は何をやってんだ?」


僕はクズ虫に尋ねる。果たしてどんな言い訳をするのか。


「あ、ああ…………ふ、ふざけるなぁーーーっ!! なに、勝手に入って来てやがる!? ここは俺の城だ! 俺が王だ! お前は部外者だろ!? 神子? 救済の神子? 知らねぇーよ!! 勝手に人の城にズカズカ入り込んで、勝手に偉そうにしてんじゃねぇーーよ!! でめぇなんか、何も出来ねぇクソガキの癖によぉ!! 今すぐに出ていきやがれ!」


聞くに耐えない暴言にスーニャ達から殺気が漏れてる。


僕はそれを手で制する。


……不思議と何も感じない。


普段の僕なら間違いなく、心がざわつき、傷付くような暴言だ。


でも、何も感じない。


「それが僕の質問に対する答え?」


僕は、無感情に、冷たい声音で聞き返す。


それが気に入らなかったのか、紐を引っ張りながら立ち上がる。その際に、シスターの方から呻き声が漏れる。


そして、再度、クズ虫が口を開くより先に僕は行動を移した。


「彼女から汚い手を離せ」


言葉を発すると同時に、魔力を圧縮して、鎌鼬のように飛ばし、紐を持つ腕を切り飛ばす。


「え? ……あ? ……う、うわああああああああ!? う、腕があああああ!!」


腕を切り飛ばされた事に、一瞬理解出来ず、そして認識した瞬間、切り飛ばされた痛みに悲鳴が上がる。同時に切断面から血が吹きてる。……汚い。


飛び散ってきた血を、『魔気』を壁のように眼前に展開して防ぐ。


痛みのあまりに、後退りするクズ虫を冷ややかな目を向ける。


「どうした? 何か言ってみろよ。痛いのか? 苦しいのか? ……その程度で悲鳴を上げている癖に、彼女にはもっと酷いことをお前はしたのだぞ」


僕は、手を翳して、無詠唱で『大回復(ハイヒール)』を使い、傷だらけのシスターを癒す。


だが、治せたのは比較的新しい傷や打撲くらいで、既に古傷として身体に定着したものはそのままだ。


古傷などは後で治すとして、今は逃げ出そうとするクズ虫をどうにかしよう。


「は、はひぃぃぃ!! た、誰かぁぁ! ……た、たすけ……っ!? ああああああああぁぁぁ!!!!」


窓の方に駆け寄ろうとしたクズ虫の足を切り飛ばす。


切り飛ばされて前に倒れ込み、痛みに悲鳴を上げる。


「なぜ逃げようとするの? 逃げ場など何処にもないと言うのに」


僕の質問に一切反応せず、無事だった方の腕で切り飛ばされた足を押さえて、悲鳴を上げ続ける。


「ねぇ……うるさいんだけど?」


「ぁ……っ!? いぎゃああああああああーーー!!!」


足を押さえていた腕を切り飛ばしてみた。


黙るところか、もっとうるさくなった。


「……その足も切り飛ばしたら、大人しくなるかな?」


「……!?」


僕の言葉に、僅かに残っていた理性が反応する。


「……ぁ……ゃ……ゃめ……やめてぇ……ぐだざい」


顔をこっちに向けて涙と鼻水と血しぶきでグチャグチャなまま、床に顔を擦り付けて、懇願する。


流れる血の量からしても、このままだと数時間持たないだろう。その事に思い至ったからこその懇願だ。


僕は心底残念な気持ちになった。


「はぁ〜……。もしも、もしもだよ? ここでお前が彼女達にした事を謝罪してたのなら、もうこれ以上のことはしなかったよ……でも、お前なら出た言葉は、やめてください? ……は? 彼女達がその言葉を言った時、お前はやめてあげたのか? いいや。やめなかっただろうさ。それどころか、むしろもっと言え! と、狂ったように興奮したんだろ? 僕の前に、自分が傷物にした彼女達を接待に出すだけで、興奮しまくる変態なんだからさぁ!」


冷えてた心の防波堤が決壊したように、言葉が溢れ出す。


怒りが頂点に達する。


「ふざけるなぁーーーーーっ!!!」


僕の叫びと同時に、抑えてた魔力が漏れ出す。


溢れてた魔力が神殿を覆い、町全体すらも広がっていく。


魔力には物量はない。それなのに、魔力の放流が室内の全ての窓を叩き割り、室内の物を全て吹き飛ばす。


その余波で、神殿中の窓が割れて、それに気が付いた者たちから悲鳴が上がる。


「お前は……お前はぁ! 自分のしたことが分かっているのか!!!」


怒りのあまり、一切加減せず、魔力の塊をクズ虫に飛ばす。


「ぐぼぉ!? ごほっ……!」


壁に叩き付けられて、そのまま地面に落下する。


「……はぁ……はぁ……はぁ」


思う存分、叫んだからか、気持ちが落ち着いていく。


改めて、部屋の中を確認すると、カルスが障壁を張ってシスターを護っていた。


他の面々も特に怪我をしていない。


再度、クズ虫に目を向けると、白目を向いて泡を吹いていた。


「……お前を殺したりはしない。死などの、緩い罰など与えたりしない」


大回復(ハイヒール)』を使い、クズ虫の止血をする。


その後、みんなに向き直る。


「ごめん。やり過ぎた」


頭を下げた。


反省はしている。でも、後悔はしていない。


きっと、ここで我慢してたら、僕の中で何かが壊れる気がしたからだ。


取り敢えず、今駆け付けてくる神殿騎士や務めている聖職者達に対する説明をする必要があるか。


拡散した魔力を身体の内側に取り込みながら事後処理について考える。

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