55話 セカの町1
「ようこそようこそ。セカの町へ! 神子様御一行」
「お初にお目にかかりますネーティ司祭様」
北の町、セカに到着して、そこの代表である中年の横幅の広い男性。ネーティ司祭様が挨拶に出向いてくれる。頭部の反射が眩しいけど、その笑みは人懐っこい気がする。
そのまま、司祭様に案内されて、町の中心の聖都に似た造形の神殿に入る。その際に、町の人達が遠目に僕達を見やる。注目されているようだ。
大きな部屋に案内されて、僕のみが座り、護衛とシリカは僕の背後に待機する。シリカも本来なら座る立場だと思うんだけど、本人が頑なに断るんだよね。
今回の同行者にシリカは、予定になかったものだから、相手側には知られていない。言おうにも、シリカがお世話係でお願いしますと、涙ながらに懇願されたので、まあ、本人がいいと言うのなら好きにさせようとということになった。
聖女見習いは、聖女メサイアに連れられて、よく他国には赴くけど、本国ではあんまり認知度が高くないのが、幸いしてか、ネーティ司祭様は特に何かを言うことはなかった。
司祭様も正面のソファに座ると、コンコンと扉がノックされて、司祭様が許可を出すと、扉から数人の女性、修道女がトレイにティーポットを乗せて、運んできた。
「……ん?」
ほんの僅かな、違和感を彼女達から感じた。なんだろう。こう、嫌な感じだ。別に彼女達の容姿が気に入らないとかじゃない。むしろ美人揃いだと思うし、身なりも清潔だ。せいぜい手首まで覆われた袖と、地面につきそうなスカートの裾が、肌の露出を最低限にしている。顔も表面以外は、フードみたいなもので覆われている。それでも、分かるぐらいには顔立ちが整っている。
『お兄ちゃん……』
ん? 雛どうしたの?
雛から、泣きそうな声が伝わってくる。
『うぅ……後で話すね』
そう言って、気配が遠ざかる。
『雛ちゃんが何かを感じ取ったみたい。今、ライアを付けて様子を見てもらっているわ』
そっか……ありがとう。
マナにお礼を言って、紅茶を注がれたカップを持ち上げて飲む。
「……これは、美味しいですね」
深い味わいを感じる。
「ええ。今回の神子様のご来訪のために、遠くから取り寄せたものです」
司祭様が満足そうに言う。かなり気を使わせたようだ。でも、リサーチ不足だね。
僕は、紅茶より……ミルクティーが好きなのです!
「それは……お気遣い感謝致します」
「いえいえ。持ち帰り用にも都合していますので、帰り際にはお渡ししますね」
「有難い申し出です」
その後も、他愛ない雑談と、明日からの予定を話してから切り上げた。
さて、雛は何を感じたのだろう。
*
シスターに案内されて、これまた、豪華な寝室に案内される。至れり尽くせりだ。
シスターさんが去ったのを、感じた後に、みんなにも少し横になると告げて、シリカとドロシーを残して、残りは与えられた個室に荷物を置きに行ったり、扉の前の護衛に務める。
上着をシリカに脱がしてもらって、そのままベッドで横になると、すかさずシリカが毛布をかけてくれる。
……一瞬、ガチな世話係だと思ったのは内緒。
お礼を言って、目を瞑る。
久々の『精霊の箱庭』だ。
*
少し寒気さを感じる庭園に足を踏み入る。
小鳥の囀りや、小動物の掛け合いを横見にいつものオープンテラスに向かう。
そこには、具合が悪そうな雛とその後ろで雛の肩を掴んで、心配そうにしているライア。
マナと澪も湯気が出てるコップに手を付けず、雛を心配そうに見る。
「何か……って、あったよね」
苦笑しながら、席に着く。
「あ、お兄ちゃん」
僕に気が付いて、笑おうとして失敗する雛に、言いようもない辛さを感じた。この子がこんな顔をするのを僕は見たことがない。
「辛いかもしれないけど、教えてくれるかな? 雛が何を感じ取ったのか」
聞かずに済むなら、それに越したことはない。でも、聞かなかったら、雛は一人で抱え込むことになる。
僕のお願いに雛が頷く。
「あのね……あのお姉ちゃん達ね。……身体中がね、ボロボロだったの」
その言葉に、一瞬頭が真っ白になる。それと、同時に、僕があのシスター達に感じていた違和感の理由を理解した。
「ボロボロって?」
震えていたかもしれない声で聞く。
「首から下がね、鞭の痕とか焼き跡とか、骨折はしてなかったけどヒビが入ってたり、内蔵が弱ってたりしてたよ……ねえ、お兄ちゃん。……あれって、何をしたらそうなるの?」
「それは……」
言葉が詰まった。あまりにも衝撃が強すぎて、現実味が無くて。僕は今まで、とこかこの世界の出来事を夢のように感じていたのかもしれない。
「拷問? それとも、そういうプレイ? いえ、だとしても過激すぎるわね……」
マナがわざわざ言葉に出して整理してくれる。
他の子達も、言葉を失って放心気味だったのが、引き戻された。
「それって、虐待ってやつ? DV?」
澪が悩ましげに言う。
「で、でも相手は? シスターとは、神に身を捧げた人の事ですよねっ? 結婚はしてないのではっ!?」
「それは違うんだよライア。シスターだからとか、務める職で結婚しちゃダメというルールは神聖国には無いんだよ。神に捧げるのは、信仰心だけなんだ。それ以外はより良い世界になる為に己で考えて行動せよ、というのが教えなんだ」
「そ、それならあのシスターの旦那様が極悪人だということになりますっ! 許せませんっ!」
確かにそれで解決するなら、その旦那を締めあげればいい。でも、雛のあのお姉ちゃん達と言ったんだ。
「雛。質問だけど、何人だったの、ボロボロなのは」
「えっ。そ、それって、どういうことですかっ!?」
「まさか……」
「冗談キツいよ……」
みんなが僕の言葉に最悪を予想する。
「みんな……だよ。あのお姉ちゃん達全員ボロボロで立っているのもやっただよ……」
「そっか……」
シスターというのは、確かに立場は聖職者の中でも一番下に位置するが、だからってそうやすやすとそういう事を許すほど意識は低くない。
そんなシスター達にそういう事を行えるということはかなりの地位に居るということになる。
自ずと答えは出た。
「雛。最後に見てたらいいんだけど、ネーティ司祭はどんな感じだったの?」
僕の質問に雛は顔を強ばるが、直ぐに覚悟を決める。
「あのお姉ちゃん達がね、部屋に入ってきた時からね、心臓の鼓動が早くなって……その、一部が膨らんでたよ。……興奮してた」
クソっ! あの変態野郎!!
自分がめちゃくちゃにした女を人前に出して、バレるかバレないかで興奮してたってことかよっ!
それを、自国の最高権力者の一人である神子に対してするか!? そんなに狂っているのかよ!?
僕の激情を察してか、それとも同じぐらいに怒りを感じてるのか場には沈黙のみ。
そんな沈黙を破る者が現れた。
「そう言えば、ご主人様。夕食はあのゲスと食べるのではなかったかしら? ……どうするの?」
マナに言われて気が付いた。
そうだ、暫くしたら夕食に呼ばれるんだった。しかも呼びに来るのは、さっき僕達を部屋に案内したシスターの一人だ。
どこまで舐めてんだあのクズが。
「すぅーふぅー。出るよ」
「えっ!?」
「お兄ちゃん!」
「レイン君! 無理しないでよ……」
「そう……やっぱり」
ライアは驚き、雛は悲痛そうに、澪は心配して、マナは察していた。
「僕はね、神子なんだよ。果たすべき義務がある。そこに私情を含んではいけない。たとえ、相手がどんな腐れ外道だとしても」
僕の思いに、みんなが渋々頷く。
ここでの会話は全て、証拠の無いものだ。身体中がボロボロ? 大きな儀式の代価です。とか言われればお終いだ。言い逃れが出来ないように証拠を集めなければならない。
「大丈夫だよ。必ずアイツには報いを受けてもらうし、彼女達は必ず助ける。救済の神子レイン・ステラノーツの名に賭けて」
流れで『救済の神子』なんて、呼ばれるようになったけど、今はこの名が何よりも僕の目指す先を示してくれる




