50話 卵の正体
「魔物の専門家にお見せしたところ、今まで見たことない魔物の卵である事が判明しました」
判明してないじゃん。など言えるわけない。あれから数日経ち、ユリア姉さんに預けていた卵が手元に帰ってきた。
「そんなものを僕に返してもいいんですか?」
正体不明だ。普通なら預けたり、処分しようとするのが当然だろう。それなのに、ユリア姉さんは僕に返してくれた。
「専門家曰く、レインの話を聞いた限りだと、この卵には知性があり、レインを既に主として認識しているとのことです。もしくは親ですね」
僕が話したのは、魔力を流すと光ることと、触れると点滅して意思表示することだ。
「その根拠は? 知性があるのは、触れると嬉しそうに点滅するからだと思うんですけど、僕が主として認識してる根拠にはならないと思うんです」
「そこです」
「え? 何処です?」
「その、触れると点滅するところです」
「その言い方たと、僕以外点滅しないとか?」
全くの別の反応だったり、無反応だったりするのだろうか。
「答えは全くの無反応な上に、レインが仰った魔力を吸収する現象……あれは弾かれる結果になりました」
「弾かれる!? そんなことになるんですか?」
あの卵の魔力食い具合はかなりのものだ。比較対象が今までいなかったから、どれぐらい吸収してるのか分からなかったけど、ユリア姉さんやスーニャに初めから見せたところ、既に僕以外の人だと魔力が全く足りないレベルたということが判明している。
僕から三日も離れていたのだ。流石に満腹といかなくても、少しぐらいは他人から魔力を貰ってると思っていた。
「全く吸収しなかったんですか? 三日ですよ?」
「はい。レインの魔力を与えている光景を見て、ある程度魔力があるもの達も揃えて控えさせていたのですが、誰一人の魔力を吸収せず、弾きました。その結果、専門家からは、この卵には反魔力の性質を持つ貴重な物だと、譲って欲しいと言われる始末です」
かなり食い下がったのだろう。ユリア姉さんはかなり疲れた表情を浮かべる。少し前までならこんな表情すら見せてくれなかっただろう。あの一件以来、他者の視線が居ない場だと、砕けた態度を取ってくれている。
それにしても反魔力かぁ。そんなもの存在するのかな? この世界は、魔力で満たされている。生まれるものは等しく、体内に個人差はあれど、魔力を持っている。
魔物と動物の差は、体内魔力量の差しかないと言われているぐらいだ。
つまり、反魔力は架空のものとされている。
でも、知っちゃったからには、試してみたい。
マナの力を借りれば、擬似的に使えるかも。
現に、マナ達は、魔法消失なる物を研究中だ。最近大人しいのも、研究が難航している証拠だろう。
僕があの大会の後に、ボソッと、「魔法のある世界で定番なのは、魔法を消したり書き換えたりする魔法だよねー」と零したのが発端だ。
書き換えは流石に難しいらしい。結界などの常設系や長時間維持する系の魔法なら、魔力分析を使って魔法陣のデータを分析して、そこに僕の魔力の性質を、魔法を起動させた時に使った魔力の性質に変質させてから、上書きすることで効果を変える事が出来る。
当然、こんなこと、普通は出来ない。一人一人の魔力の性質はDNAレベルで違う為、似てても全く同じ性質は有り得ない。ましてや自分の魔力を弄るなど無理なのだ。
出来てしまうのが、魔力の精霊たる所以なのだろう。
そんな魔力の精霊曰く、出の早い魔法もデータが集まれば、書き換えたり、その結果を無意味にする……無効化に近いことも出来るようになるらしい。
そして、明らかに更に難易度の高い消失は本来なら今着手するものでは無いけど、ある程度、準備しておく事に越したことはないと、四人で『精霊の箱庭』の背景と化していたお城に引きこもって研究に明け暮れている。
呼びかければ答えるけど、あのテラスでお茶会をする余裕はない。
「ユリア姉さんも弾かれたんですか?」
念の為に聞いとこう。
「ええ。イメージとしては、押し返されている感じでしょうか。内側から別の魔力で満たされている? もしくは表面上にコーディングしているのかも知れませんね」
「なるほど……僕がやってみても?」
「はい。どうぞ」
ユリア姉さんの了承を得られたので、テーブルの上に置かれた卵を手に取る。
「凄いですね……眩しい」
ユリア姉さんの言う通り、卵がかつてないほどに輝き出している。凄く寂しかったという感情を感じた。
……ん? 感じた?
今、この卵から感情のようなものが。気のせいかな。
「魔力を流してみますね」
ユリア姉さんが視線を卵にロックオンする。一度見たけど、再度確認したいのだろう。
「おお……。普段より凄い魔力を吸ってきますね。余程空腹だったみたいですねー」
込めど込めどまだ足りないと言わんばかりに、吸い上げてくる。僕も久々だったから、普段より魔力を込める。
「くらってなるくらいの魔力ですね……本当に不可思議な卵ですよ。一体中身は何なのでしょう」
「ドラゴンだったりしてっ!」
「うふふ。流石にそれはないでしょう。ドラゴンの卵など、誰一人見たことがないのですよ?」
冗談にマジレス食らった。まだ、ユリア姉さんにボケにボケを重ねたり、ノリツッコミは早かったか。
「ドラゴンだったら、私は複雑ですね」
今まで後ろで背景になっていたスーニャが困った顔を浮かべる。
しまった! と、今更後悔する。
彼女は仲間をレッドドラゴンにより、失っている。そんな彼女の前で、冗談とは言え、言っていいことではなかった。
「ご、ごめんなさい。不謹慎でした」
「私も、配慮が足りませんでしたね……申し訳ございません」
僕とユリア姉さんが謝罪をする。当然、頭も下げる。
「や、やめでください! そもそも、これに関しては、私の個人的な気持ちで、主様にもユリアにも非などありません……そもそも、私が憎んでいるのはあの赤トカゲだけです。それなのに、同じ種類だからと差別するのは、犯罪者と一般人を同じに考えるのと同じじゃないですか」
スーニャが慌てて止めにくる。
彼女のこういう優しいところには救われる。
よ、よーし。こういう時じゃないと言えないから、言っとこう。この前のヤンデレ化には苦労したし、適度に優しくしよう。
「ありがと。スー。スーのそういう優しい所僕は……好きだなぁ」
は、恥ずかしい……っ! 面と向かって言えないから、卵に視点を固定して、ボソッと言うレベルだけどね。それでも、顔が赤くなっている自覚はある。
チラッとユリア姉さんを見ると微笑ましそうにしている。
うぅ……余計に恥ずかしくなった。
「主様ぁ〜」
スーニャが甘えるように、僕の隣りに座り込み、呼び掛けてくる。凄い色気を醸しながら。
当然、そんな危険な状態の彼女にこれ以上何か言ったら、押し倒されるかもしれないから、話題を変えねば!
「あ、ユリア姉さん。例のあの件。予定は決まったのですか?」
「うふふ。ええ。ある程度は決まりましたよ。決行は3週間後ぐらいですね。まあ、本番の予行練習だと思って気楽に楽しんでください」
僕の意図を察してか、乗ってくれる。
流石にユリア姉さんの手前、スーニャもボディータッチなどの過激な事は出来ないのか、ずっと横で、ハァハァ言っているだけど。
「楽しみですか? 国内巡りは」
「はい! 僕、結局、神聖国に来てから外出したのは、あの一度と、闘技場に向かう時ぐらいでしたから」
「ええ。各町と村の人達も神子様のご来訪には首を長くして待っていますよ」
「流石に早すぎるなぁー」
ユリア姉さんの冗談に僕もニコッと言い返す。
その間も、魔力を吸収するこの卵はきっと大物になれるよ。
名前の候補ぐらいは考えてこうかなぁ?




