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49話 思いやり

「……」


「……神子様?」


「あ、はい!」


現在、わたくしはユリアさんから絶対零度の視線を向けられております。非常に寒うございます。


向かいのソファに座り込むユリアさんの目の前には、テーブルの上に毛布に包まれたバスケットボールぐらいの卵。


現状に至ったのは他でもない、僕がユリアさんに卵のことをカミングアウトしたのだ。


結局、マミリアと司書さんに手伝って貰ったけど、この卵に関する情報は無かった。それに似た卵ならいくつも見つかったけど、全く同じものは無い。


流石に、断言出来ないのに、決めつけるわけにはいかなかった。その後、ミーニャと相談して、ユリアさんに都合してもらって、今に至る。


スーニャも同席しているけど、僕の後ろに立って待機だ。スーニャが護衛も兼ねている為、私室には僕含め3人と未確認の卵という状況だ。


「色々気になることはあります……ですが先ずは一つだけ。……何処で手に入れたものですか?」


やっぱりそこに触れるかっ!怖い! 卵以外にも僕が神殿を抜け出して、1人で森の奥地に足を踏み入れたことも言わなくてはならない。シャレにならないぐらい怒られる……っ!


「そ、それは……」


「ん? 言い難い事なのですか? ……なるほど、言い難い程の行為をしたということなのですね? ……と、なると。時期になる訳ですけど、少なくとも神子になる前は有り得ませんね。その後なら、とのタイミングになるのでしょう……ああ、一日だけ外出した日ですね? 確か、数分ですが聖騎士の二人が神子様を見失ったのですから、あの時に入手したという訳ですね?」


こ、怖っ! 一瞬でそこまで結論に至ります!? うまい具合に勘違いしてくれた! この波に乗ろう!


「は、はい……」


「入手する時期は分かりました。次にどのように入手しましたか? 確か、卵などの魔物関連の商売をする場合は、使い魔のカテゴリーに入りますので、冒険者ギルドと商人ギルドの両方に申請しなくてはいけない筈ですし、更にはどんなに見繕っても、魔物の卵は高価なものです。希少価値という意味でも、探検の助けになる戦力になるという意味でも……確か、あの時は、聖騎士の二人に財布を持たせてたはずです。預けた金額は金貨12枚と銀貨30枚と銅貨24枚……魔物の卵の相場は、金貨30枚が底値だった筈ですから、おおよそ50枚前後が平均相場になりますか……さて、どのように入手したのか、御説明願います」


一息に捲し立てるユリアさんに僕もスーニャも、カッチンコッチンに固まる。


「え、あ、そ、その……」


「ん? どうかしましたか? ありのままの事を言えばいいのですよ?」


言葉に詰まる僕のフォローにスーニャが声を上げる。


「あ! もしかしたら、神子様と気付いた販売者の方が記念にプレゼントしたかも知れませんよ!? ほら、治療施設で大規模な回復魔法を使って大勢の方を治したのでしょう? あの中の、身内の方だったのかもしれないですよ」


ないすぅ! ファインプレーだ! この波に乗るしかない!


「そ、そうです! お礼にって、くれたんです!」


うんうんと頷き、必死に肯定する。


スーニャにアイコンタクトで感謝をする。


スーニャもやり切ったのか、ニコッと微笑み返す。


「なるほど……確かに、辻褄は合いますね」


やったか!


「ですが、お忘れですか? 私は、神子様の帰還にいち早く駆け付けて、怪我をなされないお伺いしたのですよ? ……おかしいですね。あの時の神子様は手ぶらだった筈なのに」


嵌められた! スーニャも顔を青くしている。


「さてと。再度質問致します。……今度は、ちゃんと、嘘偽りなく、お願いしますね」


ニコリと微笑むユリアさんの眼鏡越しの目は全く笑っていなかった。







「……はぁ。まさか深夜に神殿の護衛網をすり抜けて、世界に誇る結界に探知されずに、強力な魔物はいないにしても、魔物はある程度生息している森林を駆けて、空から降ってきたであろう卵を持って帰ってきたと?」


ユリアさんは頭が痛そうに眉間を押さえる。


スーニャも初めて聞いたからか、口を開けて驚いている。


そうか、何気にスーニャにも詳しく言ってなかったか。


話し終えた僕は、縮こまる。


間違いなく怒られるだろう。それこそ、卵を隠してあたことなんか目じゃないぐらいには。


「色々言いたい事が増えましたけど、取り敢えずは、……無事で良かったです」


「……えっ」


怒られると思っていたのに、ユリアさんは起こるところか安堵するように、ソファに深く座り込む。いつも、背もたれに背を預けずに、背筋をピンと真っ直ぐにする彼女には珍しい。


僕の反応に苦笑して、優しい声音で話しかけてくる。


「神子というのは、本来なら自由な存在なんです。私たちが勝手に保護して、勝手に祭り上げて、勝手に不自由を強いているだけで……」


その言葉には、申し訳なさと、少しの寂しさがこもっていた。


「なので、本来なら神子様が望めば、何時どこに赴こうが、文句は言えません。初代の神子様がただの村娘でその善意で人々を助けたように、神子様もご自身が望むように振る舞うのが正しいのでしょう。『神の子は人とは違う視点を持ち、誰よりも人々を愛し、誰よりも孤独を嫌う。されと、我々只人がその好意に甘んじてなる理由にはならない。何故なら、神の子はそれ以上に自由を愛しているのだから』 ……これは、初代教皇が残した手記に記載されたものです。初代教皇は初代の神子と2代目の神子のお二人を誰よりも知る存在なのです。そんな彼がそのように思うのなら、恐らく間違いはないでしょう」


自由を愛している……か。僕も確かに神子になる前は、自由に世界を冒険してみたかったという夢があった。


もしかしたら、他の神子達も、僕と同じような夢を抱いていたのかもしれない。


人々を愛していたというのは、小っ恥ずかしいけど、確かに僕も人のためになら、頑張れる。


孤独を嫌うのも分かる。僕も前世では一人ぼっちみたいなもので、友達や恋人や、尊敬出来る先輩など渇望したものだ。


今生では、何よりも人と繋がりを持とうと思っていた。一人で出来ることなど、たかが知れているのだから。


「ですので、神子様が望むのから、望まれた通りにしてくださいませ」


深く頭を下げるユリアさんに、僕は何故か、捨てられてしまうのではないのか? という感情を抱いてしまう。


『怒られないのは、その人には期待をしていないことの裏返し』


何かで知ったその一言が脳裏に浮かぶ。


『叱られないのは、その人には何の興味もないことの裏返し』


それに似たような言葉も浮かぶ。


『好きの逆は嫌いなのではなく、無関心』


前世で、僕を空気のように扱っていた職場の人達を思い出す。


そして、それに甘んじていた僕自身も、また彼らに興味を抱いていなかったのだろう。


「い、いやぁ……」


気が付けば、僕はか細い声を零していた。


「神子様?」


ユリアさんが顔を上げて僕を見る。


その目に、僕が映っていないような気がして、恐怖を抱く。


「見捨てないでください。見放さいでください。興味を持ってください。叱ってください。怒ってください……お願いします。お願いします。お願いします。お願いします」


自分でも、何を言ってあるのか、分からなかった。


たた、恐怖が体を心を支配する。


必死に頭を下げる。土下座なら慣れている。


ソファから立ち上がり、土下座出来そうな空間に向かう。


「あ、主様!?」


「神子様!」


僕は、ユリアさんに向けて土下座する。


許しを乞う。


「や、やめてください! あなたは神子なのですよ!? 私なんかに頭など……!」


「ユリア! 違います! 恐らくは、主様は、貴女が叱らないことを、自分に対して、何の興味も示さないからと解釈したのです!」


「……なっ! そんなわけないでしょう!! 私がどれほど、神子様を心配で心配したのか!」


「ええ。それは分かっています。でも、それも伝わらなければ、意味が無いでしょう!? 貴女は、少し他人の感情に鈍いにも程があります! 主様は、神子様は、貴女を本当の姉のように感じていたのですよ! 今回のことだって、貴女に嫌われるのかもしれないと、どれほど悩んでいたか……」


「……っ。わ、私は、神子様に……神子様が望むのであるのなら……それを尊重しよう……と」


「それは貴女の表の感情でしょ!? 本当の、本当の貴女は、どうして欲しかったの? 主様が無茶したことに対して、上位司祭では無い、ただのユリアはどう思ったの! それを主様にぶつけなさい!!」


「そんなもの……そんなもの……決まっているでしょう? すぅーーー。このおバカァーーーーーーッ!!!!!」


土下座と謝罪を続ける僕を無理やり立ち上がらせ、涙を流したユリアさんが僕を睨みつける。


「どうしてそんな勝手なことをするのです!? 何故、いち早く、私に知らせなかったのです!? どうして私が神子様を嫌うと、思ったのですか!? ……そんなこと有り得るわけないでしょう!? 私があなたを、誰よりも大切にしていることなど、分かるはずでしょう!? 分からなくても、察してくださいよ!? あなたが私を姉のように思うように、私もあなたを誰よりも大切な弟だと思ってたに決まっているでしょう!?」


ぎゅうとそのままユリアさんに……姉さんに抱き締められる。


「あなたが、神殿を抜け出したと聞いて心臓が止まりかけ、結界を抜けたと聞いて、目眩がして、森林に足を踏み込んた事に、もはや気絶しかけたほどなのですよ……しかも、事後報告って……ありえないですよ。しかも話しているあなたは、楽しそうに話すし……」


「た、楽しそうでした?」


「ええ。とっでも嬉しそうに、ご自身の冒険を語られておりましたよ? 怒ろうとしましたとも、叱ろうともしましたとも、ですが、そのような行動をさせるほど、窮屈で息苦しい生活を強いたのかと、自分を責めました。ですので、望むのであるのならば、そういう行為も黙認するべきなのではと……それに、叱ったことで、嫌われてしまうと……ふふ、私、怖かったのでしょうね」


「僕がユリアさんを……姉さんを嫌うこと何か、絶っったいに有り得ません!!」


断言できる。天地がひっくり返ってもありえない。想像すら出来ない!


「ああ。……そうですね。あなたはそういう人でしたね。大好きですよ。レイン」


「……っ! ぼ、僕も大好きですユリア姉さん」


ユリア姉さんが更に締め付けるように抱き締めてくる。僕も答えるようにギュッと抱き締め返す。


心が満たされる。


マミリアに、家族がどうだか語っておいて、僕自身が、信じていなかったんだ。


血の繋がりが無くても、家族にはなれることを。


「……うふふ。うふふふ。……大好き。……大好きてすって……うふふ。……ワタシイワレタコトナイノニ……イワレタコトナイノニ。好きとすらイワレタコトナイノニ」


その後ろで壊れた人形のようになったスーニャを放置して。

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