48話 図書室で
「あれ? マミリアさん? こんなところで会うとは珍しいですね」
図書室に入室して僕の視界に入ったのは、司書さんではなく、机で幾つもの本を山積みにして、ふざけた名前をしてる眼鏡の『なんでも読める君』を掛けて、読書に夢中になっている聖女候補の1人であるマミリアさんである。
集中しているから、そっとしておくのがいいんだろうけど、さすがに後から神子を無視したとか、そういう面倒事に繋がりかねないから、声をかけることにした。
僕の挨拶に、マミリアさんは一瞬ビックリしたけど、直ぐに姿勢を正して、立ち上がり頭を深々と下げる。
「お久しぶりです、神子様。お恥ずかしい姿を晒して申し訳ごさいません」
あ、相変わらず、子供とは思えない落ち着いた態度だ。
聖女メサイアを誰よりも尊敬して、そして自分もそうであろうとしているだけのことがある。
「いえ。少し調べ物があっただけなので、お気になさらず。それに、勉学に励む貴女を恥じ入ることはありませんよ? 少なくても、僕は凄いと感じました」
チラッと見たけど、どれも経済やら領土やらと、子供が読みたくない本ベストにランクインしそうなやつばかりだ。彼女は才能もあるだろうけど、それ以上に努力家なんだと、本当に感心した。
僕の褒め言葉に少し頬を赤らめて、口元が緩むのを必死な抑えて、務めて真顔を維持して、再度、深々と頭を下げる。
「……勿体なきお言葉です」
本当に子供なの? 褒められて喜ぶのではなく、自分の中に押し込んで、冷静にお礼を言う。
すごい。すごいけど。
……なんかなぁ。
もう少し、子供っぽさがあっても、誰も咎めたりしないと思うんだけどなぁ。
価値観の違いなんだろうな。
村で無邪気に遊び回る子供たちを見ているからか、ほぼ年も変わらない彼女が酷く息苦しそうに感じた。
だからだろうか。不意に手が彼女の頭に触れた。
そして、自然と頭を撫でてた。
「もう少しぐらい、子供で居ても誰も責めたりしませんよ? それに、子供は過ぎたらもうなれたり、なる事も出来ないのですから」
改めて子供に転生という形でなれた僕だけど、間違いなく、心は子供の頃のようにはなれなかった。
本当に小さな頃は、全てが輝いて見えてたのに。
だから惜しいのだ。この子とて、世界の全てが輝いて見えるであろう年頃なのに、誰よりも、大人になろうとしている。
「あ、あうぅ……」
そして、頭を上げることも出来ずに僕になでなでされつづけることになった。
「少しぐらい甘えてくださいな。僕だと役不足にも程があると思いますから、メア……メサイア様に甘えたりしたらどうです? 彼女ならきっと喜びますよ」
基本的に子供好きだからね〜。特に目にかけている聖女候補の3人なんかむす……ゲフンゲフン、妹のように思っているだろうし。
おかしいな? 一瞬寒気がしたぞぉ?
「そ、それはあまりにも恐れ多いことです! わ、私など、メサイア様からしたら、未熟にも程があるのですから、甘えるなど、身の程を弁えない愚か者になってしまいます!!」
そんなことないと思うんだけどね。
この子からしたら、メアは育ての親であり、完璧な女性なのだろう。教会に拾われて育てられた孤児としての価値観は僕には、分からない。物心つく頃から親を知らず、家族がいない生活を送る……想像も出来ないし、理解してあげることも出来ない。
孤児など、色んなメディアで取り上げられ、ドラマ、小説にごまんと登場するありふれた存在だけど、実際に接すれば、彼女達の孤独が、思いがどれほど重く、深いか計り知れない。
聖女候補の中でも、彼女だけが孤児というのも、負い目? を感じているのかもしれない。ほかの二人は逃げる先に家族が居る。……でも彼女には逃げた先に家族が居ない。
だから必死なのだ。自分が無価値な人間にならないように、目をかけてくれたメアに見放されない為に、ほかの二人の何倍も努力して、それを当たり前だとこなす。
凄い子だと思う。僕が同じ立場として、これ程頑張れるものか……。
「マミリアさん……うんうん。マミ、メアはもちろんのこと、僕も君の事を見放したりしないよ。約束する。どんな事があっても僕は君の味方で……家族だよ?」
気が付けばそんな恥ずかしいことを言ってしまった。僕は彼女の事を何も知らないのに、言わずにはいられなかった。
でも分かって欲しかった。たとえ赤の他人当然である人でも、彼女の味方になり得る事を。接点が無いから、味方じゃないとかでは無く、接点がなくても、彼女が今まで努力してきたことを評価している人は必ず居る。
現に、僕が来たら何時も空気のように傍に出現する司書さんが、凄い遠くで僕達のやり取りを見守っている。あの人はマミリアの邪魔をしないように控えているのだろう。
「え? ……か、家族、です、か?」
僕の言葉が理解出来ない様子で、目を丸くする。
「そうだよ! アーケル枢機卿がおじいちゃんで、教皇様がお父さん、メアがおか……お姉ちゃんで、僕が同い年ぐらいだから、マミとシリカとシュシュで四つ子! あはは! 大家族だね!」
「ぶふっ!」
僕のたとえにマミが吹き出す。お行儀よく口を抑えて。
「血の繋がりが無くても、お互いが相手のことを思っているのなら、十分に家族と呼べるんじゃないかな?」
「ふふ……神子様の方が、子供みたいな事言うのに、何故か大人に感じてしまいますね……不思議です」
目元に涙を溜め込んでマミリアが微笑む。微笑みと同時に涙がこぼれ落ちる。
「四つ子というなら、少し先に産まれた私の方がお姉ちゃんになりますねっ!」
ニコッと嬉しそうに言うので、僕も微笑み返す。
「マミお姉ちゃん」
「〜っ! は、恥ずかしいですね! マ、マミでお願いします」
「オーケー。マミ。これからもよろしくね」
「はい! よろしくお願いします。そう言えば、図書室に来たという事は、何かお探しですよね? 私は良く通うので、良かったらお手伝いしますよね……わ、私はお姉ちゃんですからっ」
後半小声になっていたけど、ちゃんと聴こえているよ、マミお姉ちゃん。
「本のお探しなら、司書のおじちゃんもお手伝い致しますよ」
「「わっ!」」
くっ……油断した! ここ最近、驚かなくなったのにっ!
スっと、僕とマミの背後から声をかける確信犯の司書さん。この人、イタズラ好きにも程があるよ。
「そ、それなら、動物や魔物の中で卵を産むことを記載した本をお願いします」
僕のお願いに、マミが首を傾げ、司書さんが一礼する。
「かしこまりました。何冊かございますので、マミリアもお手伝いお願いできますでしょうか?」
「え、は、はい! 喜んで!」
マミリアの事も忘れずフォローするとは、相変わらず隙のない人だなぁ。
「あ、そうだ。また『なんでも読める君』を貸してください」
未だに、読める言語が増えてないから、ここでは必須アイテムになっている。
「……なんですか? その奇天烈なお名前の貸し物は」
何故かマミリアに突っ込まれてしまう。
何故、君が知らないの? 現にかけているじゃないか。
「何って、君がかけている眼鏡の事だよ?」
「え? これの名称は『解読図書眼鏡』ですよ?」
「はぁーっ!? 『なんでも読める君』じゃないの!? 司書さん!? ……って、いないしぃー!?」
あのやろうー! 騙したなぁーっ!




