47話 卵どうしよう
僕は満足感を感じながら、バスケットボール並の大きさの卵に魔力を流し込んでいた。
「いや〜意外と話せるもんだねぇ」
日が沈み、食事やお風呂を終えて、1人の寝室で今日の事を振り返る。
ドロシーとは1時間程だが、会話を楽しむことがてきた。と言っても、僕が質問して、それに対してドロシーが解答するという、半ば一方通行に近いものだったのだが。
それでも、これまで沈黙を良しとしていた少女が長時間喋り続けてくれたことは、嬉しい出来事だ。
「それにしても、君も大食らいになってきたね〜いつになったら僕に姿を見せてくれるの?」
持ち帰ったころは、数十秒程度魔力を流せば満足してくれたというのに、今では数分まで伸びていた。
このまま行けば、小一時間ほどになるのかな? さすがに勘弁して、羽化してもらいたいものだ。まさか、と思うが1年かかるとか言わないよね?
正体不明の空からの贈り物。
中身は如何に? 出来ればモフれたら最高だけど、この際だから、誰かを傷付けるような子じゃなければ良しとする。
そうやって、僕の魔力を吸収して嬉しそうに点滅卵を撫でる。ほんのりの温かみと、表面のサラサラした感触を楽しんでいると、窓から乱入者。
「本当に、君はなんでそんなにあっさり結界を抜けてこれるのかな?」
いつもの事ながら、苦笑して窓の方に顔を向ける。
「夜分遅くにすいません主様。つい、我慢できなくなって……来てしまいました。てへっ」
「はぁ〜まあ、いいけどね。いらっしゃい、スーニャ」
かなり頑丈で解除するのすら困難な結界を通り抜けてくるのは、ピンクのネクリジュを身に付けた、星騎士団の団長であり、エルフのスーニャだ。
(ドロシーの言う通り、万全の対策をしても、こうやって何食わぬ顔でやってくる人が居るわけだ)
お昼に警備の万全性をドロシーに説いたあとに、その穴をいとも容易く突破してくる奴が、ほぼ毎日来るんだから、複雑な気分だよ。
「うふふ、ご安心くださいませ。結界は万全ですよ? 張った本人を素通りする設定にしているだけですので」
そう、なにを隠そう部屋に張ってある結界は、目の前のエルフの魔法なのだ。本人の言っている通り、彼女だけは素通り出来る設定してある。
1回、イタズラで設定を変えてやろうかと思ったけど、そうしたら大騒ぎになりそうだから大人の対応でやめた。
それに、彼女が僕に会いに来るのは、何も僕をからかうことが目的では無い。
「今日は酷そうだったの?」
「はい……かなり和らぎましたけど、それでも無くなったわけではありません」
彼女は僕に救われる少し前に、Aランク冒険者として活躍していた。その際に、長くパーティを組んでいた仲間たちと人間未踏の奥地に竜の国があると噂される竜霊山の浅い麓に、レッサードラゴン退治の任を受けて、討伐しに来ていた。
本来ならAランクで固められた実力と確かな実績から誰もが、問題なく討伐を終えて帰ってくると思っていた。
だが、違った。
帰ってきたのは、全身を溶解して、辛うじて人の形状をしていた、スーニャだけだった。
竜霊山の麓にはレッサードラゴンでは無く、人間の歴史で討伐記録が存在しない上位種であるレッドドラゴンが彼女達を地獄に叩き落としたのだ。
スーニャも本来ならその場で死ぬはずだった。
だが、そこに神子候補であった僕を見定めにきたユリアさんがレッドドラゴンの強大な魔力を感じ取り、更に町で、過去に幾度と出会ったスーニャのパーティがレッサードラゴン討伐に向かった事を知ったユリアさんは、聖騎士を引き連れて、竜霊山に向かった。
そこで見たのは、凄まじい熱により、ガラス化した大地とそこに横たわるスーニャだけだった。
スーニャが原型を辛うじて留められていたのは、ひとえに彼女が水と風、そして土の3属性の魔法を防御の一点に集中させて、更に周囲の精霊達が手を貸したからだ。
本当に、奇跡に奇跡を重ねるような、幸運で一命を取り留めて、神の秘跡ですら治せるか分からないレベルの損傷を、治すことができる僕に出会ったからだ。
もちろん幸運だと言ったのは、助かったことだけであり、レッドドラゴンに出会ったことは、それらを帳消しにしてしまうほどの不幸なのだけれど。
スーニャは救われた……ように思われた。
だが、違う。彼女は目の前でレッドドラゴンによるブレスにより溶けながら消えてった仲間達の姿が脳裏から消えず、そして唯一助かった自分を責めた結果、彼女は絶え間なくかつての仲間達の悲鳴や憎悪のこもった罵倒が鳴り止まない日々を過ごす羽目になった。
僕に再開するまでは、まともに寝る事も出来ずに、常に限界まで精神と肉体をズタズタにしながら気絶して初めて、僅かな休息を送れる日々を過ごしていた。
そんな彼女だけど、僕の傍にいると、不思議とそういうフラッシュバックや幻聴などが止むらしい。
「そっか。なら……おいで」
僕はソファから立ち上がり、ベッドに座り込み、彼女を誘う。
「お言葉に甘えます」
僕の傍に座り、そのままベッドに倒れ込んだ。
顔色は悪い。何度見ても、胸が痛む。
少し息苦しそうにしてある彼女の額に手を当てて、回復魔法を発動させる。
淡い緑色の光が彼女を包み込む。
「暖かいです……」
顔色がある程度良くなるのを見届けて、手を離そうとすると、がしっ! と、手を掴まれて、頬ずりされる。
「……毎度、飽きない? この流れ」
「飽きません。飽きる訳ありません。むしろキますね……すごく……キます」
頬を赤らめて、目をウルウルさせて僕に甘えるような視線を向けてくる。
「……ていっ!」
「あう! 」
手の拘束を解除して、即座におでこをベチンと引っぱたく。
「ううぅ……主様が最近冷たいです〜」
別の理由で涙目になったスーニャを無視して、卵に魔力を込める作業に戻る。
おでこを抑えてジト目を向けてくることが、背を向けていても分かる。
なにせ、これも毎度のことなのだから。
「それにしても、その卵は凄まじい程に、魔力を吸収しますね」
僕が構わないと判断したのか、ケロッと表情を変える。
「うん。この子の種族はなんだろうね? 少なくでも普通の魔物じゃないよね?」
「私には分かりかねます。魔物に関しては、これでも冒険者でしたので、かなりの知識がありますが、魔物の卵は専門外ですので」
「だよね〜。うん。今度、図書室に行って調べてこよう」
早速明日のお勤め後の午後にでも、行こうかな? 明日の護衛は、確かライオット様とロイドさん、引き続きドロシーだった筈だ。
明日の予定を決める僕に、スーニャが諭すように、言葉をかける。
「あの、主様? さすがにいい加減、ユリアには卵の存在を明らかにしないと不味いと思います。彼女の事ですから、怒りはしても懇切丁寧にお願いすれば、捨てるようなことはしないと愚考しますが?」
「ぐっ……そうなんだけど、ね。やっぱり不味いよね。得体の知れない卵をこのまま羽化させるのは」
「間違いなくアウトですね」
ですよねー。迂闊にバレてはいけないと、他人に聞くに聞けないから、図書室で自ら調べようとするぐらいだ。
正直、最初の頃は、あんまり考えてなかった。
その頃は、とにかく目先のことを何とかこなすのが精一杯だった。
今、余裕が出来て初めて、卵の事が不味い部類に入る事だと気付いたのだ。
スーニャが黙認していたのは、ひとえに、てっきりユリアさんが既に承認していたと勘違いしていたからだ。
まあ、僕も彼女の前で堂々と、卵を取り出して、魔力を込め始めたからね。勘違いするのもしょうがないといえる。
その後、何の種族ですか? と聞かれて、知らないと言ったら、ユリアに確認していないのですか? と聞かれたから、話してないと言って、彼女を盛大に驚かせたからね。
その後は、忙しくて、お互いなあなあにして、今に至るという訳だ。
「も、もう少し、そうだ……せめて、種族が分かってから報告しよう。うん。そうしよう」
ユリアさんを怒らせるとか、怖すぎて、結果先延ばしという下策に出る。
「それで、羽化してしまって、ユリアが怒髪天がつくようなことにならなければよろしいのですが……」
「……」
考えただけで、血の気が引く。
「と、図書室で調べて、ダメだったら、ユリアさんに話そう。そうしよう。なあ! スーニャ!」
「え、ええ。それがよろしいかと!」
2人して、顔を真っ青にして、頷き合う。
「と、取り敢えず、寝よっか」
「あ、はい。そうですね。もう夜も遅いですし」
二人並んでベッドに潜り込む。
当然慣れた手つきで卵を隠すことを忘れない。
「それじゃあ、おやすみスーニャ」
「はい、おやすみなさい主様」
目を閉じて眠りに入ろうとして、手に感触を感じた。
スーニャが手を握ってきたのだ
もちろん甘えてる訳では無い。
僕に触れていると、悪夢を見ないからだ。
僕も握り返して、そのまま眠りに入る。




