46話 一月後
それから面接と閉会式はつつがなく終わりをむかえた。
面接では7人が選ばれた。
ドワーフのロイドさんとミーゼさん、神聖騎士のカルスさんとキントさん、元暗殺者のドロシー、元ルノワール王国の騎士であるライオット、そしてエルフのスーニャである。
他にも優秀な人達は居たけど、見送った。
ユリアさん曰く、本人の素質や才能、人格以上に、僕自身の直感で選んでくれと言われたので、傍に置いても息苦しさやストレスを感じないことを基準に選ぶことになった。
ここまで頑張ってもらって、最後の最後で神子の直感で合否が決まるとか、申し訳なく思う。
ダメだった人達には、神聖騎士の試験を受ける権利を与えられている。所謂救済処置と言うやつだ。
本来、神聖騎士の試験は、神聖国に住まう民のみに参加資格があるので、これでも十分な対価とも言える。
面接に受かった7人にはそれぞれ、制服と鎧一式が与えられる。
面接の翌日には直ぐにお披露目と閉会式を兼ねているため、最低限の礼儀をユリアさんが教えて、そのままお披露目を迎えた。
7人はそれぞれ、男性用と女性用の鎧を身に纏う。
聖騎士の黄金や、戦乙女の銀とは、違う青い鎧を身に纏った彼らはかっこよくて美しかった。
そこで騎士団の名が教皇様から告げられる。
命名は勿論、僕だ。
その名は……“星騎士団“ 夜空に煌めく小さな光たちを表す。
僕は、歴代の神子のようにみんなを照らすような太陽になれるとは思えないから、その代わり、 みんなを静かに支え、見守るようなお月様でありたい。
そしてそんな僕を支える小さな星たち。
それが僕が彼らに求める役割だ。
個人の場合は星騎士になる。
名乗りは、星騎士団所属の星騎士となる訳だ。
因みに、僕も名前が変わった。変わったと言うよりも、追加された感じ。庶民は名前しかないけど、貴族や大商人には名字がある。
それに伴い、僕もただのレインから、レイン・ステラノーツになった。
これも僕自身が考え抜いたものだ。
星や惑星の意味を持つステラ。ムーンとかも候補としてあるけど、どうせなら同じ星繋がりがいいかなと。ノーツはうろ覚えだけど、確か奏でるという意味だっけな? 音ゲーだった筈。
星を奏でる。星を癒す。雰囲気は似ていると思う。
観客と各国も盛大な拍手を送ってくれて、これて本当に後に引けなくなってしまったよ。
そんな出来事が一月前にあった。
日課のお勤めをお昼すぎに済ませて部屋に戻る。
僕の後ろに本日の護衛であるドロシーも部屋に入り、扉を閉める。
ガチャりと鍵もかける。……別にこれから暗殺されるとかじゃないよ?
鍵をかけることをキーに部屋を囲む結界が張られるだけ。
7人しかいない星騎士だからね。
基本的に室内の護衛は1人。扉の前に2人。他の4人は非番か訓練。
団長のスーニャだけは特別で、彼女が護衛の1人を務める時だけ室内になる。
……間違いなく個人的な理由で団長権限使ったね。
治療施設である程度の重傷者を治し、神殿の方で参拝に参られた信徒の人々と触れ合う。
これが僕の、神子として本格的に動き出したこの一ヶ月の日常だ。
一目で高級だと分かる沈みまくるソファに腰を下ろす。
魔力を抜けば、年齢通りの体力しかない僕には、それなりの疲労がたまる。
ソファの柔らかさに、危うく眠りこけそうになりつつ、扉の前で直立不動で、なんの感情も窺えない少女に目を向ける。
青を基調に、金のラインが控えめにした、前世ならブレザーと呼ばれるものにほぼそっくりな服装。男性ならネクタイ。女性ならリボンを付けて、男性ならズボン。女性ならズボンかスカート。
ドロシーは幸いなことに、スカートを選んでくれた。
スカートとハイソックスの間の太ももに青い線……ガーターベルトが真っ白で肉感を感じる太ももを少し締め付けて、直視することを躊躇われる。
日にチラ見すること数え切れず、スーニャは周りに誰もいないのなら、軽くスカートをつまみ上げるイタズラをするけど、ドロシーは、僕の視線の行先を知りながら何も反応らしい反応をしない。
因みに同じ女性であるドワーフのミーゼさんはズボンだ。
本人曰く、スカートを履くような年齢だそうだ。
ならスーニャもじゃんと思ったけど、口には出さない。拗ねられてズボンにでもなったら、あのほっそりとしながら、しっかりと厚みを感じさせる太ももを拝めなくなるからね!
ドロシーは星騎士団の中でもトップの脚力を持っているのか、同じ女性であるスーニャとミーゼさんより、太ももが太い。太いと言ってもアスリート並に太いのではなく、目を凝らさないと分からない程度だけどね。
そういう訳だから、ドロシーの太ももが一番、チラ見をしてしまう。
唯一の比較対象であるスーニャより3割増チラ見している。
ソファに座り込み視線が低くなった今では、視線を真正面に向けるだけで、丁度ドロシーの神々しい太もも様を拝めてしまう訳だ。
さすがに本人が気にした素振りもしないとはいえ、これ幸いとガン見をする度胸は僕には無い。
なので、何とかするために彼女に提案してみる。
「たまには一緒に座らない?」
手を僕の隣の空間に向ける。
そこにはドロシー二人分ぐらいの空きがある。
現在、年齢的に一番近いドロシーには、出来ればもう少しフランクに接して欲しい。もちろん他者の目がある所では締めるところは締めてほしいけど、こうやって2人の時ぐらいは少し羽目を外してもいいと思う。
スーニャなんか、許可する前から僕より先に座って、自分の太ももを叩いて、「さあ、主様お座り下さい!」 なんか言うぐらいフランク……フランク? なのに。もちろん、少し距離を開けて座ったさ。
いくら僕が幼子だと言え、人の太ももの上に座るのはハードルが高い。
アーケル枢機卿ことおじいちゃんが僕を乗せたことに対抗心だと思うからいずれ言わなくなると思うけどね。
「……疲れてないから、いい」
ドロシーが素っ気なく言う。
この一ヶ月間、彼女の番になる度に同じ言葉を投げかけて、同じ回答が帰ってくる。
ギャルゲーなら間違いなく非難殺到案件だろう。エロゲーなら出会って1ヶ月も経たずに、あれな展開になるものを嗜む人なら、ディスクを叩き割って、開発元にクレームの手紙を付けて送り付けるだろう。
現実は甘くない。会話をするだけで仲良くなれるなら、世の独身貴族は絶滅危惧種認定されるだろう。
僕自身、別にドロシーをそういう対象として見ているわけじゃなくて、純粋に友人……は無理でも、もう少しぐらい他愛ない会話が出来る関係にはなりたいものだ。
普段の僕ならここでそっかと諦めるだろう。
だがいい加減1ヶ月だ。もう少し踏み込んでもいいだろう。
ドワーフの2人とか初日にずかずかと座り込んだし、ライオット様も3度目には苦笑しながら座ってくれたし、元神聖騎士の2人は、僕の命令には絶対服従レベルだし、命令じゃないんだけどね。
後、落ちていないのはドロシーだけだ。
くくく、今日こそ君を落としてみせるよ。
悪役くさいなあー。間違っても堕ちるでは無い。それを使ったら取り返しのつかないことになるそうだし。
「そんなこと言わずにさ、他のみんなも座ったんだよ? ドロシーだけなんだよねー座ってくれないの」
多数決で色々決まる元日本人お得意の、‘“みんな“ってやつだ。
今回は嘘はついていない。現にドロシー以外のみんなが座ってくれたからね。
さあ、どうだ。
「……座ったら護衛にならない。それに座る理由がない」
そりゃあそうだけどさあ〜、寂しいじゃん? 1人でふんぞり返って落ち着いて過ごせる程、僕の神経は図太くないんだよ。
「ここは神聖国の中心で部外者立ち入り禁止の司祭以上及び許可された者しか立ち寄れない区画だよ? もしも侵入者がいても扉の外にはミーゼさんとカルスさんも居るんだし、部屋には複雑な防御結界も張ってあるから、安全はこの上なく確保されてるからさ、座ろう?」
問題点などどこにもないではないかと、再度座ることを促す。
「……どんな才能を持った暗殺者が居るか分からない。もしそんな暗殺者が来た時に私が腑抜けてたら、神子を危険に犯す。それは許されない」
「ぐ」
それを言われたらお終いだよぉ。ドロシーはあくまでも万全を期するために手を抜けない。そしてその理由が僕を守る為ときた。
それなのに護衛対象がゴネて、本当に危険な目にあったら、責任は全て護衛に移るのだから、これ以上の無理強いはダメだ。
正論を言っているのはドロシーであって、僕のは我儘でしかない。
元暗殺者のドロシーだから、暗殺者の危険性を誰よりも理解しているのだろう。
それでも残念だ。
彼女ともう少し仲良くなりたかったのに……。
「分かった……無理言ってごめん。本当はドロシーと仲良くなる口実だっんたんだ」
僕がこうして特定の人と二人きりになれるのはこういう時ぐらいで基本的には複数人が傍にいる。
「……私と仲良くなりたいの?」
ドロシーが分からないと言わんばかりに首を傾げる。
「うん。だって聖女候補の子達は忙しいし、その上僕を聖女や教皇様と同格に扱うから、同年代だけど、友達とは言い難いだろう? その点、ドロシーは僕を仕える主人以上に何も感じないんだよね?」
聞く人が聞けば、問題になりそうな理由だけど、僕は別に尊敬とかされたい訳じゃないから、むしろありがたいぐらいだ。
「……神子は私の主人だけど、私は自分の感情がよく分からない。だからどう接すればいいか分からない」
表情のない子だけど、その時だけは寂しそうな気がした。
ドロシーはこの一ヶ月、1度も表情を変えていない。というよりは出会ってからだけど。
彼女は人を殺す道具として育てられた。殺すことを疑問に思わないように、躊躇わないように感情を徹底的に潰されるような拷問紛いなことをされたそうだ。
本人から聞いた限りでも、表情を少しでも動かせば、鞭が飛んできたり、ご飯を与えられなかったり、気絶するまで走らされたりと幼い少女が耐えられるようなレベルを遥かに凌駕している。
それを耐え抜いたとしても、既に感情そのものを失っている暗殺者の出来上がりという訳だ。
……胸くそ悪すぎる。
「別に理由はどうであれ、僕を特別に思わないドロシーだからこそ、友達になりたいんだ」
「……友達?」
「うん。……ダメ、かな?」
「分からない。でも……嫌じゃない」
「そっかぁー。ならゆっくりでいいから、少しづつ友達になっていこうね!」
嫌じゃない……か。ドロシー、そう思っている時点で君には感情がちゃんとあるんだよ? 君は人形でも、道具でもない、今は普通の少女なんだ。
僕にどこまで君の心を開かせられるか分からないけど、決して見捨てないことだけは誓うよ。
「……座る」
「え?」
決意を新たにした、僕の横まで移動したドロシーはそのまま腰を下ろす。
「ど、どうしたの? さっきまで座りたがらなかったのに……」
「……疲れたから」
「え? 疲れたの?」
「うん。……だから座っていい?」
「そ、そりゃあもちろん」
というより、もう座ってるし。
距離もこぶし一つ分ぐらいしか空いていない。
ドロシーの存在が、匂いがダイレクトに伝わってきて、ドキドキしてしまう。
未だによく分からない子だけど、悪い子では無いのは確信持って言える。
「それじゃあ、せっかくだし、少しお話しよっか?」
「……分かった」




