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37話 模擬戦開始

『この場に残った君たちにはその覚悟があると考えよう。では、入団試験第4試験模擬戦開始!』


おじいちゃんの言葉をひぎりに歓声が闘技場を包み込む。


おじいちゃんが舞台から離れると同時に、進行役のユリアさんがアナウンスを務める。


『それでは、第一試合を行う選手以外の方は控え室にて待機してください』


さすがに彼女は、声を拡張する魔法を使っている。


地声で会場に響き渡る声量を持っているおじいちゃんの方が異常なのだ。


舞台から観客席との間に不可視の魔法障壁が展開される。この障壁があればどんな攻撃も僕達には被害が及ばない。その上、各国のお偉いさん達の個室にも障壁が張られている。僕の座るどこにも同様に。十分なセキリティを持って万全な体制で挑む。


舞台に一試合目を行う2人の男が残る。


どちらも屈強な肉体を持っており、武器もそれに合わせてグレートソードと大斧だ。


武器を構えてお互い睨み合う。


『それでは……開始っ!』


ユリアさんの開始の合図。


それぞれの武器を撃ち合い雄叫びをあげる。


その一斉を聴いた僕は密かに思った。


━━あんな暑苦しい人達は遠慮したい。





試合はどんどん消化されていく。


一試合10分ぐらいだろうか? 午前中の9時頃から始めて休憩を2時間おきに30分挟んで、その間に間食したり、不備がないかチェックしたりとして、約八時間の長丁場。


約四十試合が終わりを迎えた。その間、ドロシーやスーなどの知り合いの試合は無かった。


まあ、百試合ぐらいあるんだからしょうがない。


その代わり、僕からしたら、子供に見えない2人の少年少女の試合があった。


教皇様やメアは2人の試合を見て珍しいと言っていた。


戦闘スタイルじゃない。彼らの種族がだ。


なんと彼らはドワーフだったのだ! 髭もじゃをイメージしてた僕からしたら、そっちか! と思わず叫びかけた。


合法ロリと合法ショタとか、そういう趣味嗜好の方々には堪らないだろう。


少年……と言っても、恐らく僕よりは長生きのドワーフの男性は、片手斧を使う近接戦を繰り広げる。時折、茶色の魔法陣……土魔法を、相手の足元に展開して動きを妨害したりと、技巧派なようだ。


それに際して、女性の方は、とにかく火力押し。赤い魔法陣の火魔法から無数の火の玉を浮かべては相手に発射してゴリ押し豪快な戦闘スタイル。


それにしても、他種族も受け付けると言ったものの、スー以外に参加する人が居たとは。


1度決めたら、死ぬまで信仰対象を変えないのが、凡その種族の決まり。


つまり、彼らはその決まりを破ってまで、この場に立っているのだ。生半可な覚悟じゃない。


そうやって入団試験四日目にして、模擬戦一日目は無事に終わりを迎えた。





入団試験五日目にして、模擬戦二日目。


今日は初っ端から、知り合いの試合だ。


「ええっと、無所属(・・・)ドロシーと無所属バンの試合だね。それにしても若い子だね」


教皇様が手元の資料から読み上げる。


「将来有望というわけですね」


メアがほんわかと答えるけど、僕からしたらあの子はそんな生易しいものじゃない。


スキンヘッドの大柄な男が剣と盾のオーソドックスなスタイルで漆黒の短剣を右手にぶら下げるように持つフードを深く被ったドロシーに話しかける。


『おい、嬢ちゃんよぉ。悪ぃことはいわねぇ。辞退しな、お前じゃあ俺には勝てねぇ』


一見身を案じての提案のように思えるけど、男の表情をドロシーを見下していた。


相手にならないと言わんばかりに。


おバカ! 君の相手はめちゃくちゃ強いんだよ!? そんなこと言う暇あるのなら全力で首とか急所を守れ! 多分一瞬だからさ。


『どうでもいい……早く始めて』


そんなドロシーの答えは簡潔で抑揚のない声だった。


その態度が癇に障ったのか、男の輝く頭に血管が浮かび上がる。


『後悔すんじゃねぇぞ、小娘!』


その怒鳴り声を受けても素知らぬ態度で、自然体だ。


『それでは、第四十五試合目……開始っ!』


ユリアさんの声で、男が盾を構えてドロシーに突進する。


『へへ! 吹っ飛びなぁ!』


ドロシーに迫る盾。それに対して彼女は一切の動きを見せない。


観客席からは悲鳴が上がる。


シールドバッシュを繰り出した男は勝ちを確信する。


『オラァ! ……は?』


繰り出した盾になんの衝撃が無いことに、素っ頓狂な声をあげる。


『ど、何処にいやがる!?』


男が周りをうろちょろしているがその姿が確認出来ない。


だが確認出来ないのは男だけで、会場に居る人達はみんな彼女の姿をしっかり確認していた。


盾が直撃する瞬間に、上に飛び上がって宙返りになった彼女は男の頭上にて漆黒の短剣を振り切る。


刃のない方で振り抜かれた短剣は、彼女を探していた男の眉間に直撃する。


バシッ! 音が響いたあとに男はゆっくり倒れる。


うわぁ、痛そう。


会場は歓声に包まれる。


あまりにも呆気なく、そして優雅な闘い方に、みんな魅力されたようだ。


「凄いね。直撃するギリギリまで躱さない度胸と、必ず躱せるという自信が無ければ出来ない闘い方だね……かなりの経験を積んでいるようだね。あの若さで大したものだよ」


そりゃあ、暗殺者してましたもん。僕、狙われましたもん。


などと口が裂けても言えないけどね。


歓声に包まれても特に気にせずその場を立ち去ろうとするドロシーが一瞬立ち止まり、僕の方に振り向く。


フードから覗く2つの眼光が僕に突き刺さる。


口元が少し動く。


読心術など無いのに何故か言葉が分かった。


『待っていて』


そんな背筋も凍ることを言った気がした。


もしかして詰んでいたりします?





ドロシーにガクブルしていたら、半日程、経っていたでござる。


今度も知り合いだ。


「騎士様……」


騎士様が、舞台にあがる。以前見た鎧姿ではなく、最低限の防具を身に付けた身軽な姿になっていた。


その腰には以前、1度だけ見せてくれたルノワール王国の紋章が刻まれた物ではなく、何の変哲もない片手剣だ。


一見、弱くなったように伺えるけど、その覇気は僕にも伝わってくる。


全てを掛けている男の姿が。


騎士様の気迫に気落とされてか、対戦相手の冒険者の男性が冷や汗をかく。


騎士様と同じ片手剣のようだ。


『それでは、第七十試合目……開始っ!』


ユリアさんの合図に、冒険者の男性が飛び出す。


『先手必勝っ! オオラァ!』


『ふっ!』


真っ直ぐに振り下ろされた剣を、騎士様は剣先を軽くぶつけるだけで軌道がズレて、地面に振り下ろされる。


『まだまだぁーっ!』


横薙ぎ、振り上げ、刺突、タックル。


冒険者らしい、使える物はなんでも使う為、技が途切れること無く繋がっていく。


それを騎士様は最低限の動きで捌き、躱していく。


『ちょこ……まかとぉ! 』


全てをいなされている為か、冒険者の方のイライラが溜まっていく。


「上手いね。ただひたすら基本を繰り返した者にしか辿り着けない極地とも言える」


教皇様は、指に顎を乗せて興味深そうに試合を見つめる。


正直僕も魅入っていた。


何気に、初めて騎士様の闘いを見るけど、その闘いは流麗で無駄が無い。


今思い出したけど、騎士様はBランクに位置する魔物であるオークキングを倒しているのだ。弱い訳が無い。


『くそっ! なんで! 当たらないっ!』


イライラが限界に達したのか、大雑把な攻撃になる冒険者。


それに対して、騎士様はここで初めて口を開く。


『貴方の剣は確かに鋭く重い……ですが、それは攻めることしか考えていないからこその戦術。貴方に神子様を護ることは出来ない。ですので、私は貴方に負けるわけにはいきません……終わりにします』


そう言い終わると否や、今まで防戦一方だった騎士様が初めて攻め出す。


『かっ……くっ……うっ』


形勢逆転? いや、そんな次元じゃない。


冒険者が繰り出そうとする技の全てが、繰り出される前に潰される。


それに焦った冒険者は、大きく1歩飛び退き、形勢を立て直そうとするが、それが仇になった。


それに、まるで未来が見えるのか追随した騎士様が、冒険者の剣を弾き飛ばす。


剣を失った冒険者の首元に剣先を突きつける。


『俺の……負けだ』


俯く冒険者に剣を鞘に納める騎士様。その姿はまるで英雄譚の1幕のようだ。


そして、今日1番の歓声に包まれる。


騎士様は僕の方に向き直り、一礼をして去っていく。


カッコよすぎる! ようやく絞り出せたのは賞賛の言葉だった。


そして、模擬戦二日目は無事に終わりを迎えた。

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