31話 聖室
1ヶ月後に入団試験を控えたとある日。
教皇様に連れられ、神殿の中でも、教皇と聖女そして神子しか立ち入られない場所に向かった。
護衛は少し前の階段で待機だ。
「本来ならもっと後でも良かったんだけどね。君が思った以上に成長が早かったから」
前を歩く教皇様は僕に向き直りながらニコッと微笑む。
全てを包み込むかのような優しい笑みだ。
「まさか上級魔法すら初見かつ無詠唱で行使するとは、いやはや最近の子供の成長というのは身が見張るものがあるね。うちのユリアもね、それはそれは優秀な娘でね〜」
最近、発覚したのだけど、教皇様はことある事に娘のユリアさんの自慢話をする。
しかもわざとユリアさんの前で言って、反応を楽しんでいる。
今は僕しか居ないけど、それでも止まることのないユリアさんトークが続けられる。
「それでね〜ユリアがなんと言ったと思う? 『魔法を使える人が魔法使いじゃない。魔法を使えこなす人が魔法使いです』だよ? あはは、あの子の着眼点にはいつも驚かされるよ」
半分聞き流していたから一体なんの話かわからないけど、幼かった頃のユリアさんは以外とやんちゃみたいだ。
「あの子なりに、魔法という存在を理解出来てたのかもね。魔法を使えるからと言って、強いわけじゃない。現に魔法一択の魔法使いより近接戦をこなす魔法使いの魔法のほうが練度が高いから」
「魔法の練度ですか?」
「そうだよ。魔法は使う者により威力も範囲も品質すら変わるんだ。魔法使いに体力は必要ない。必要なのは優れた頭脳だという者も多いけど、実際に戦いで強いのは近接戦をこなせる魔法使いさ。彼らは、とにかく魔法を使いこなすことに秀でているんだ。ほらアーケル枢機卿がその例だよ」
言われて納得する。
遠くから魔法のみを撃つ典型的な魔法使いは確かに脅威だ。
でも、遠いからこそ発動までの間に距離を詰められたり、対策をされる。
その分、近接戦が得意な魔法使いは、相手と剣の打ち合いをしながら、僅かな隙に魔法を使うので対策が難しい。
遠距離型魔法使いが魔法を"扱う"のなら、近接型魔法使いは魔法を"使いこなす"ことに秀でている。
「魔法のみなら確かに、魔力が膨大で強大な魔法を扱える、いわゆる賢者スタイルは魔法が使える者たちにとっての理想系さ。でも、こと対人戦、魔獣戦に置いては、小さな魔法しか使えない代わりに、研鑽してきた剣術や槍術を織り交ぜた魔法戦士スタイルは冒険者に絶大なる人気を博するのさ」
魔法特化の賢者スタイルと、魔法と武器術を扱う魔法戦士スタイルか。どちらもかっこいいものだ。
「君はどっちなのかな? ちなみに僕は賢者タイプだよ。アーケル枢機卿は魔法戦士タイプだよ」
言われて初めて、自分の戦闘スタイルが確定していなかったことに気付く。
「まだ、分かりません」
素直に答える。そもそも、戦闘など、回復魔法しか使えなかった狼戦と、ひと月前に対峙した暗殺者ドロシー戦しかない。
「7歳児に何言っているんだろうね、僕は。ごめんね? 君が物分りがよすぎるから、ついなんでも話してしまうよ。まだ十代ですらないのに」
「いえ! タメになる話ばかりですごく勉強になります!」
教皇様の話はどれも興味深い。
と、言っても僕は半分も理解できないけど、マナたちが代わりに理解してくれているから問題なかったりする。
『ご主人様の戦闘スタイルね。遠距離で蹂躙か、近距離で蹂躙の違いしかないわね』
おいこら、なんで蹂躙する前提なんだよ。
僕にそんな殲滅力はないぞ?
『そうだよー。レイン君はどちらかというと、氷魔法を使って相手を無力化して罵るタイプだよー。蹂躙したら罵しれないじゃーん』
罵らないよ!? ドMの次はドSかい?
『お兄ちゃんはどこでも皆を助けるスーパーマンだもん! 困った人を放っておけない正義の味方!』
正義の味方か……さすがにそんな度胸はないかな? わざわざ悪い人たちを懲らしめに行くのは僕のお仕事じゃないんじゃないかな?
『ご主人様はご主人様ですっ! ご主人様らしくご主人様をしていれば、皆様もご主人様をご主人様だとご理解出来るかとっ!……パパン!』
ご主人様のゲシュタルト崩壊だ! 相変わらず適当なこと言って会話に参加しようとしているな。
「さあ、着いたよ。いやはやいつ来ても神々しいね」
円形の部屋の中心に台座があり、そのまわりをお墓のようなもので囲われている。
「ここは聖室と呼ばれる代々の教皇、聖女、そして神子が眠る場所だよ」
本当にお墓だとは。
「僕が21代目教皇。メサイア様が18代目聖女。そして君は7代目神子になるね」
「7代目になるんですね」
「常に居る教皇と聖女と違い、神子は自然と埋まらないからね。三大聖者が集うのは100年振りのことさ。僕は運がいい」
入口で立ち止まっていた教皇様が中心の台座に向かって歩くので、ついて行く。
「台座には、聖典が置かれているんだよ。最も有名なのは『神の秘跡』かな」
聖典! 神聖国にのみ存在する秘匿された魔法書。
台座に辿り着くと、そこには枕ほど大きい白を基調に縁を金で統一された、美しい本が置かれていた。
建国の時から存在すると聞いていたからもっとボロボロだと思ってたけど、新品同様だ。
「聖典にはね、初代神子様が神から授けられた魔法の数々が収まっているんだよ。人によっては神代の魔法と呼ぶこともあるね」
「神代の魔法……」
教皇様が聖典の表面をなぞる。
「教皇や聖女が次代にその席を譲る時は、次代が聖典に収められた3つの魔法のどれかが使える素質がある時だけなんだ」
「その3つの魔法とは?」
「1つ目は回復魔法最上位『神の秘跡』。2つ目は魔法付与最上位『加護』。ちなみに『祝福』は下位互換になるね。3つ目は光魔法最上位『聖域』」
「1つ目と3つ目は単属性だから、比較的簡単だけど、2つ目は光と回復の2つの魔法適正がないといけないから難易度は高いね。君なら全て扱えると思うよ。メサイア様も3つ全て扱えるから、僕たちの世代は恵まれているね」
使えること前提で話が進んでいる。
使えなかったら気まずいぞ。
「まあ、君の場合はその1つである『神の秘跡』を取得しているようなものだから。それでも一応覚えてくれると嬉しいな」
「はい、是非覚えさせて頂きます!」
僕のは裏技みたいなものだから、やはり正規の魔法もしっかり使えるようにならなければ!
「聖室は好きな時に来るといいよ。聖典は持ち出し禁止だからね。それじゃあ、僕は業務に戻るね」
「はい。お世話になりました」
頭を深々とさげて教皇様を見送る。
目の前には、聖典だけだ。
「ワクワクするね」
『そうね! 早く見ましょう。教皇の言い方的にもっと無数の魔法が記載されてあるでしょうから!』
『神聖魔法だって! ライアちゃん!』
『私たちの合体パワーをお見せ出来るのですねっ!……ワクワク』
『…………』
3人が盛り上がる中、沈黙する澪。
「どうしたの? 澪」
『だって、私は氷魔法じゃん? 数百年前までは不遇扱いのさ。聞いた感じだと、聖典には氷魔法は乗ってないだろうし。私には関係ないなーって思って』
そんなことー。
「澪君! それは違うよ!」
『へ? どゆこと?』
凹んでいる澪に自信満々に答える。
「逆に考えるんだ! 開拓されていないということは、君はどんな属性の魔法よりも可能性に秘めていると! そしてそんな君をサポートしてくれる頼もしい仲間達が居ることを!」
『そうだよ! 澪ちゃん! 雛たちと新しい魔法見つけよ?』
『不詳、このメイドめも澪さんのお役に立たせて頂きたい所存ですっ!……どどん!』
『私は魔法の源である魔力の精霊なのよ? 魔法の1つや2つぐらい作って上げるわよ。期待してなさいな』
『みんな……ありがとう』
照れたように澪は感謝を述べる。
「そんじゃ聖典の魔法全て覚えてしまおうかな♪」
僕達は期待いっぱいに聖典を開いた。




