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30話 暗殺者

ルンルン気分で観光を堪能する。


「そう言えば、そろそろ時間ですよね?……あれ?」


聖騎士(パラディン)さんに訪ねようとして後ろを振り向くとそこには誰もいなかった。


「だ、誰もいな……い?」


周囲を見渡しても人っ子一人いない。確かに聖騎士(パラディン)さんの行きつけのお店は一通りの少ない場所にあると言ってはいたけれどもこんなに居ないものだろうか?


2ヶ月後に入団試験が控えているために、観光客が引き締めあっている筈なのに。


それに僕の護衛を務める聖騎士(パラディン)さん2人が任務を放棄したとは思えない。


「迷子……じゃないよね? 嫌な予感がする」


何かまずいことが起きようとしているのではと周囲を見渡す。


『ご主人様、大変よ。この一帯に人避けの魔法が発動しているわ。しかも効果が適用されないのは一定の魔力以上の者……つまりご主人様を狙い定めた魔法よ! 早くここから離れましょう!?』


珍しくマナが焦っている。彼女が焦る様なことなんだ。僕も焦燥感にかられる。


「わ、分かった! 直ぐに離れよう!」


来た道に振り返って駆け出そうとした時前方からフードを被った全身真っ黒な外套を纏った小柄な人が立っていた。


「だ、誰ですか? そこを退いてもらえると嬉しいのですが」


明らかに普通じゃない気配を纏っている。


死の気配だ。


僕の言葉に反応したのか黒い人は僕の方に1歩踏み出す。


何気ない1歩。だけど全身から警報が鳴る。


逃げろ。殺される。


僕は慌てて逆方向に走ろうとした時黒い人が視界から消える。


「……へ?」


さっきまで数メートル先に居た黒い人が触れられる距離まで近寄っていた。


『『魔気(まき)』!』


マナが咄嗟に僕の身体を覆う『魔気(まき)』を発動させる。


次の瞬間、キーンと金属音が響く。


黒い人が振り抜いた漆黒の短剣が僕の首元を通過する。


「…………防いだ?」


黒い人がボソリと呟く。女性の声だ。しかもまだ若い。少女と言っても差し支えない。


黒い少女はバク転の要領で僕から距離を取る。


「……っ、はぁ!」


気が付けば僕は膝をついて深呼吸を繰り返していた。


息を止めていたようだ。


身体中から汗が湧き出る。


今、殺されそうになった? 咄嗟にマナが『魔気(まき)』を発動してくれなかったら死んでた?


狼に殺されそうになった時よりも遥かに上回る恐怖が僕を支配する。


震える僕は辛うじて顔を上げて黒い少女を視界に収める。


「な、なんで……?」


なぜ殺そうとした? 僕は人に恨まれるようなことをした覚えはないのに。


「…………? 任務だから?」


黒い少女は首を傾げてにべも無くボソリと言う。


「任務? なんだよそれ!? 任務なら人を殺してもいいのかよ!?」


僕は叫ぶ。理不尽だ。訳の分からない理由で殺されてたまるか!


「……殺さないと、殺される……だから……ごめんね?……『幻影舞踏(ファントムダンス)』」


黒い少女が地面に出現した黒い魔法の影に沈む。


『『魔気(まき)』全開よ! ご主人様早く逃げて!』


マナが叫ぶ。 さっきより密度を増した『魔気(まき)』が僕を覆う。


次の瞬間。


キーン! キーン! キキキキキキキキキキキキキキーン!!!


視界を埋め尽くす金属音と漆黒の斬撃が襲う。


「う、うわぁー!!」


両手で顔を覆う。


両手の隙間から絶え間なく斬撃が繰り返される。


魔気(まき)』がごっそり削られていく。


『ご主人様! 私の扱える魔力には限度があるわ! だから手を貸して頂戴!』


マナが必死に叫ぶ。


でも僕には聞こえなかった。


脳裏に埋め尽くす死のヴィジョンに思考が支配された。


何も考えられない。


目から流れる涙。震える身体。凍える魂。


死が目前まで迫る。


終わるの? ここで僕は死ぬの?


嫌だよ。嫌だよ。


「嫌だああああああああ!!!!!!」


コロサレルノナラコロサレルマエニコロス。


魔力を一瞬で手の形に圧縮する。


それを薙ぎ払うように振り回す。


ブォン! と暴風が吹いたような音が鳴る。


「……っ!」


当たったのか両手を前にガードして黒い少女が吹き飛ばされる。


僕は不可視の『魔力の手(マジックハンド)』を黒い少女に向けて放つ。


「っ! ……でたらめ!」


黒い少女が迫り来る『魔力の手(マジックハンド)』を躱す。


「はぁ……はぁ……」


黒い少女が離れたことでようやく意識が正常に戻る。


『ご主人様、大丈夫!?』


『お兄ちゃん!』


『ご主人様っ! お怪我はありませんか!?』


『良くもレイン君を攻撃したね! 絶対に許さいんだから!!』


皆が心配してくれている。


澪が勝手に氷魔法を発動させようとしている。


魔法陣からして、『氷槍(アイスランス)』だろう。


「やめて……澪」


僕は澪を制止する。


『でもっ! ……分かったよ』


見えない彼女を見つめると魔法を解除してくれる。


美しい薄い青色の魔法陣が消えていく。


僕の為に怒ってくれるのは嬉しい。


普段、素っ気ない彼女が本気で怒ってくれるのは珍しい。


「ありがとう、澪。みんなも心配かけたね」


『ふん! 君がどうなろうと関係ないけど、私まで巻き添えを食らうんだから気をつけてよっ』


『貴方が無事で良かったわ……本当に良かった』


『お兄ちゃんに何かあったら嫌だよぉ〜ぐす』


『ご無事で何よりですっ! ……ホッ』


思考がクリアになる。


立ち上がるとまだ身体がふらつく。


何とか踏ん張って『魔力の手(マジックハンド)』を躱しきった黒い少女に向き直る。


「引いてくれないかな? 僕は君を殺したくない」


務めて冷静に言う。


もしかしたら声が震えていたのかもしれない。


落ち着いたけど、未だに心臓はパクパクいっている。


僕の言葉に動きを止める黒い少女。


分かってくれた? 『魔力の手(マジックハンド)』を手元に引き寄せる。


黒い少女は首を横に振る。


「……ダメ。任務失敗は絶対に……ダメ!」


そう言って黒い少女は人間離れしたジャンプをする。


上空から短剣を持つ右手を引いて、左手を前にかざす。


「……『暗弓の必撃(アサシンペネトレイト)』!」


左手に小さな魔法陣が浮かび、漆黒の弓が形成される。


右手に持った漆黒の短剣が矢のように伸びる。


それを僕に標準を合わせて、弓を構える。


「……これを受け止めれたら諦める」


黒い少女は矢を射る。


漆黒の帯びを纏った矢が僕目掛けて飛んでくる。


「っ! 『魔力盾(マジックシールド)』!!」


手形の魔力を瞬間的に盾の形に変えて、矢の軌道上に配置する。


漆黒の矢が『魔力盾(マジックシールド)』と衝突する。黒い衝撃と白い衝撃がせめぎ合う。


『ダメよ! 足りないわ!』


マナの言う通り、『魔力盾(マジックシールド)』にヒビが入る。


「1枚がダメなら2枚だ!」


僕は一息に魔力を圧縮してもうひとつの盾を形成。


それをヒビの入った『魔力盾(マジックシールド)』の後ろにくっつける。


と、同時に1枚目の盾が破れて、2枚目に突き刺さる。


『威力が低下! これなら防げるわ!』


よし! これで死ぬ可能性が消えた。


安堵したその瞬間、悪寒が身体を走った。


「…………『暗弓の必撃(アサシンペネトレイト)』!!」


背後から微かな声。


咄嗟に左手に『魔気(まき)』を集中させて、後ろにかざす。


「ぐぅ……っ!」


圧縮が中途半端なのか、『魔気(まき)』の表面を漆黒の矢が蹂躙していく。


右手側の漆黒の矢は継続して『魔力盾(マジックシールド)』で防ぐ。


『お兄ちゃん! ……『回復(ヒール)』!』


左手が切り裂かれボロボロになっていくのを雛が癒してくれる。


『まずいわ! このままでは左手の矢が貫通してきてしまうわ! ご主人様、『過大深化(オーバーアップグレード)』を『魔気(まき)』に使用して!』


そうか、その手があったか!


「すぅー、はぁー」


気持ちを落ち着かせる。


魔法に込める魔力を何倍にもするというのは『過大深化(オーバーアップグレード)』にとっての副産物。本来は魔力暴走により、魔法を不安定にさせて、ありえない効果を引き起こすチート(いんちき)技だ。


だけど、今回はその副産物を利用する。


「『過大深化(オーバーアップグレード)』!」


左手を纏った魔力に際限なく魔力を注ぎ込み、更に圧縮していく。


不可視の魔力が、可視化されて顕現される。


「……『魔装(マギカ)』!」


月白色の小手が左手を覆う。


なおも追撃してくる矢を弾く。


「はあぁ!!」


弾かれた矢は魔法の効果が解除されて、漆黒の短剣に戻る。


弾かれた漆黒の短剣は黒い少女の頬を掠め、そのまま後方の地面に突き刺さる。


その勢いで、黒い少女のフードが後ろにめくれる。


現れたのは、真っ白な肌に、星空を彷彿させる青髪のおさげ美少女だった。年齢は13、14歳ぐらいだろうか。


少女が座り込むのと同時に、右手側の矢も効力を失い、漆黒の短剣になり、地面に落ちる。


「はふぅーはふぅー」


めぐるめぐ展開に精神が削られる。魔力はそこまで使っていないのに、身体が気だるい。


「……失敗した……任務に……失敗……終わった」


少女は無理に魔力を使ったのか、魔力欠乏状態で、息も絶え絶えに、虚ろな目で地面を見つめる。


「うん。お終いだよ。もう、僕を狙わないでね」


少女に話しかけるけど、反応はない。


悪いけど、もう帰りたいので、放置して帰ろうかと踵を返すと、後ろから魔力の反応。


「まだ、懲りてないの!?」


魔気(まき)』を発動させて手を翳すと、特に追撃とかは無く、座り込む少女の首に紅く輝く鎖の刺青が浮かび上がる。


「うっ……くる……い」


紅い鎖が少女の首を締め付けているようだ。


「ちょ……」


急な展開に少女に駆け寄る。


『別に放っておいてもいいんじゃない? 君の命を狙ったわけだし、じごーじとくだよ』


澪が素っ気なくいう。余程怒っているようだ。


『お兄ちゃん……』


雛は回復の精霊ゆえなのか、治してほしそうだ。


『ご主人様に委ねますっ!』


ライアは相変わらず主張がない。


『サポートするわ』


マナは1番付き合いが長いためか、僕の選択を既に察していた。


少女の傍に駆けつけて、首に手を触れる。


「……がっ……?」


苦しみながら、僕の行動に疑問を抱いているようだ。


僕は少女に微笑みかけて、話しかける。


「僕は神子だからね。……どんな人でも救えるのなら、全身全霊を持って助けるよ」


少女の返答を待たずに、『魔力分析(マナアナライズ)』を使う。


複雑に絡まった魔力パターンを記憶していく。


『手伝うわ』


マナの手伝いもあり、魔力パターンを記録して、僕の魔力の波長を合わせる。


絡まった糸を解すように、魔法を解除していく。


『随分とひどい魔法ね。本人が任務に失敗したと認識した瞬間から発動するようになっているわ。しかも、御丁寧に、魔法を無理やり解除しようとしたら、本人を媒介に大爆発のおまけ付き……外道ね』


「ば、爆発!? だ、大丈夫なの!?」


『ええ。無理やりでは無いもの。言わば、この魔法を発動させた人物の魔力に波長を合わせているのだから、魔法側からは、発動させた人物が解除しようとしているように認識するから問題ないわ』


なるほど。良かった。正義感かざして、一緒にお陀仏とか洒落にならない。


少女の首から紅い鎖が消えていく。


残ったのは締め付けられた痕だけだ。


「……はぁ……はぁ……なぜ?」


息も絶え絶えに、僕に問いかける少女。


「わた……しは、あなた……を……殺そう……と」


「そうだね。はっきり言って、死ぬぐらい怖かったよ。……でもね、僕は人を救う為に神子になったんだ。だから目の前で苦しんでいる君を見たら助けなちゃって、思ったんだ。……だって、それが僕の存在意義だから」


少女の目をしっかり見つめて、言う。


「りかい……できない?」


少女は首を傾げる。


「あはは、しょうがないよ。僕と君は違う人間なんだから」


確かに理解出来ることでは無いのかもしれないね。


少女は俯く。


「わたし……は、ころし……しかやって……こなかった……だから、わからない」


無表情の少女だけど、なぜだか悲しそうに感じた。


「なら、なら今度は人を助ける人になればいい。……君のやってきたことは消えないけど、償うことは出来る……と思うんだ。7歳児が何偉そうに言っているんだと思うだろうけど」


頭をかく。随分と小っ恥ずかしいこと言ったと思う。


少女に殺された人達はふざけるなと思うだろう。


でも、だからって、じゃあ死んで詫びなよとは、僕には言えなかった。


「ひとを……たすけるひ……と?」


「うん」


しばらく沈黙する。


「わからないけど……やってみる」


「うん!」


僕は少女の言葉に嬉しくなる。


「でも、やり方わからない」


「そっかー。ならこれからゆっくり学んでいけばいいよ」


既にやり切った僕は気楽に言う。


「分かった。貴方の傍で学ぶ」


「うんうん。それがいいよ…………え?」


「貴方が私の新しいマスター」


「ふえええぇーーー!!!!!」


『じごーじとくだね』


『お兄ちゃんらしいね!』


『あわあわ、ご主人様に新しい下僕が! 負けませんっ!……メラメラ』


『いつものパターンね』


皆他人事だと思って!!


『『『『他人事だもの(だもん)(だよー)(ですっ)』』』』


ひでぇ!


「若様ーっ!! どこにいらっしゃるのですかぁーっ!!」


「若様ーーーっ!!!! 居たら返事してくださいーーっ!!!」


遠くから聖騎士(パラディン)の人達の声が。


助かった。


「こちらでーす!!」


大声で呼ぶ。


「さあ、君も早く隠れるなり、逃げるなりしないと捕まっちゃうよ!!」


はよ、いけ! 急かす僕に少女は首を傾げる。


「それは任務? 期限はいつまで? 目的は?」


「え? いや、このままじゃ、捕まるよ?」


何言ってんのこの子。


ああ、ほら遠目に聖騎士(パラディン)の人達が見えてきたよ。


「ちゃんとした目的がないと動けない」


今まで命令のみで生きてきたから、どうすればいいか分からないみたいな感じ?


『ご主人様、なら丁度いい任務があるわよ、2ヶ月後に』


「2ヶ月後?……ああ、そっか!」


僕は少女に向き直り、口を開く。


「任務期間は2ヶ月後、目的は神子の専属騎士団の入団試験にエントリーして、合格すること! 分かったね!」


命令口調で言うなんで初めてだ。


少女は目を瞑り、内容を反復しているのだろう。


「……分かった」


ひとつ頷き、立ち上がる。


「ではまだ2ヶ月後に会おう!」


僕の言葉を聞いてその場から立ち去ろうとする。


僕はふと思い出す。名前聞いてない。


「そう言えば君の名前は?」


2本の漆黒の短剣を拾い上げ、フードを被り直す少女が背中を向けながら答える。


「月影会第五席『幻影』ドロシー」


言い終わると目の前から消えた。


「……随分と長い名前だね」


僕のボケは誰にも反応されなかった。

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