2話 魔力とかいう不思議パワー
転生してはや数ヶ月。
食っちゃ寝食っちゃ寝を繰り返しておりますは、見た目はラブリーな赤ん坊。
中身は前世で根暗なリーマンをしておりました25歳独身、彼女なし、友達なしの小心者です。
小心者は焦っておりました。
赤ん坊のお仕事は?と聞けば大勢がスクスク育つことと仰るでしょう。
ええ。僕も同意見です。
ですが見た目は赤ん坊であっても、中身は成人男性。
気分は両親の脛をかじってニートしている気分です。
働きとうございます。
前世では絶対に言わなかったセリフ。
仕事くれ。
なんでもいい。
仕事を!仕事を頂戴!な、なんでもするから!
禁断症状が出ております。
働いた後に飲む炭酸飲料とポテチのコンボはまさに、このひと時の為に生きてると言っても過言ではない。
その後に趣味のゲームに洒落こんだり、ゆったり湯船にうつつを抜かしたり、ベッドに横たわりながら読書したりと、何気ない小さな至福のひとときを我々、現代社会人は所望しております。
ようは、仕事しないでゴロゴロしたら罪悪感ぱないのです。
仕事くれ。くれないとニートするぞ。
壁ドンするぞ。ネットの掲示板で似非高給取りを気取って特定待ったナシだぞ。
パパ様は畑を耕しに、ママ様はそのサポート兼赤ん坊の面倒。
その赤ん坊は家でゴロゴロ。
本来の村人の生活なのだろう。
電気が存在しない部屋の天井を眺めては、ボーとする。
天井のシミを数えてればなんとやらとはどこの悪役貴族の言葉か。
飽きました。
お世辞にも柔らかいとは言えない薄っべらい赤ん坊用のベッドが我がテリトリー。
四方には檻のように木の壁が囲む。
最初の頃こそ、転生でテンション爆上げしてたけど、いざ考えてみれば、赤ん坊が何をなせるのか。
無力な赤ん坊は親の庇護下にある。
そして赤ん坊は時間の流れが早くても、中身の小心者は時間の流れがゆっくりでる。
例えるのなら、アルバイトで一通りの仕事を小一時間で済ませた後の、3時間の暇に近い。
仕事したくてもやることが無いのは、中々堪える。
世の中には定時まで居なくてはならない契約もある。
定時までどれほど暇で無意味でも、帰ってはならない。休憩に行ってはならない。携帯をいじってはならない。座ってはならない。
その中でいかに仕事を見つけて、率先して働けるかで、暇な時間を潰せる。
小心者は不器用でした。
アルバイトは出来るだけ無口で働ける場所と選んだ結果が工場でした。
工場は発注がなければ、ビックリするぐらい暇なのだ。
仕事がある時は逆に帰させてくれない。
伊達に学生時代の休日をアルバイトで潰していない。
暇な時の、時間の潰し方は心得ている。
なら赤ん坊でも出来る時間の潰し方はなにか。
簡単だ。
妄想。
これに限る。
妄想で俺TUEEEEすればいい。
それでいくらでも時間が潰せる。
だが今回に限り妄想より優先されることがある。
ここは異世界。
オタクが目指し恋焦がれた、幻想郷。
異世界に行ったのならばやることなんざ決まっている。
魔法!剣!冒険!
ワクドキイベントがこの先の未来で待っております。
冒険は赤ん坊には荷が重い。
剣は赤ん坊には重い。
魔法ならいけるかもしれない。
だが問題浮上。
魔法の存在を確認出来ておりません。
両親が魔法を使いません。
村人には魔法を使うことが出来ないとかでしょうか。
貴族限定オプションでしょうか。
詫び石案件である。
それが小心者ベイビーを焦らせる。
もしかしたら、異世界風なだけで、実はファンタジーしていないのかもしれない。
この数ヶ月、両親の寝室が僕の世界である。
外には1歩も出られない。
立ち上がれるまでは成長してない模様。
首を動かし、体を転がし見れる窓の外は、青空。
ドラゴンが飛んでたり、太陽が2つあったりしない。
魔法使いたい。剣振り回したい。冒険者になって酒場で厳ついおっさん達と、乱闘騒ぎ起こしたい。
ドラゴンスレイヤーしたい。ドラスレしたい。
魔法が確認出来ないけど、あると信じるしかない。
ならある前提で、僕は1つのことに取り掛かることにした。
魔法があるなら、それを操り、エネルギーになる魔力が存在するはず。
魔力がこの赤ん坊の体に流れているのなら、間違いなく魔法は存在する。
ふぅ…………。
深呼吸して、目をつぶる。
これならママ様が来ても、寝てるだけに見える。
意識を体内に向ける。
前世になくて今世にあるものを探す。
…………なんも感じないっす。
初めて小一時間で早くも心が折れそう。
例えるなら、当たりが入っているか分からないクジを引き続けるのに近い。
正解はあるのか?存在しているのか?
不安と焦りが小心者を襲う。
0歳にして、人生生き急いでいる。
魔法が無くでも、知識があるなら何とかなるんじゃないか。
と、無かった時の防波堤を建設。
そうだ。
何を焦る必要がある。
今の僕はなんだ?
転生者だ。
不可思議の塊だ。
魔法がないわけが無い。
絶対にある。
信じる。
いや、確信する。
今度は意識を更に体の奥底に集中させる。
気の長い作業だ。
でも、達成した時の喜びを想像すると、不思議にやめようとは思わない。
努力は人を裏切るけど、精神を成長させてくれる。
躓いても、過去の努力を思い起こせば、何のその。
思い出せ。
数回会話しただけの武田くんと同じ高校に進学する為に、死ぬ気で頑張った頃を。
それで受かったではないか。
名前が乗ってた時の気分を味わえるのだぞ?
ならやるしかないではないか。
ちなみに武田氏は落ちて私立に行ったよ。
高校はボッチの日陰者として過ごした。
身の丈に合わない高校なんざ進むから、地獄を見たぜ。
オシャレさんと、意識高い系しかいなかった。
根暗の居場所ねぇーからという現実にお腹を痛めた。
ふつふつと過去の辛いことを思い出していく。
それを乗り越えて今の自分がいる。
なんか誇らしい。
死んだけどね!
きた!
なんか体の中心からパワー的な何かを感じた!
いける!いけますぞ!
もっと意識を集中させると。
…………プツン。
意識が消し飛んだ。
*
気が付けば、辺りはオレンジ色に染まっていた。
夕方だ。
体が揺れている。
ママ様が僕を抱っこしている。
「!…………」
なんか言ってるけど未だに分からない。
でもママ様が次に上半身の衣服を着崩したのを見て理解した。
夕食です。
恥ずかしいとか、そんなのとっくに卒業しました。
だって、飲まないとママ様とパパ様が、泣きそうになって、あわあわと慌て出すんだもん。
そうして赤ん坊の前に柔らかい桃さんが現れる。
…………いただきます。
チューチュー。
*
眠くて寝ておりました。
おはようございます。
翌日です。
ママ様とパパ様に行ってらっしゃいのちゅちゅをされた小心者の赤ん坊の目はレイプ目でござる。
愛されているのは分かるけど、さすがに毎日は堪えます。
これなら、両親が目の前でイチャイチャしてくれた方が幾分かマシ。
気を取り直して、昨日のように体の奥側に意識を向ける。
深い海に体を委ねているようだ。
そうして少し時間が経つと、昨日感じた仮定魔力を感じた。
ここからだ。
意識が途切れないように慎重に意識を傾ける。
…………プツン。
意識が消し飛ぶ。
*
目を覚ませば、まだ太陽が天辺あたりに鎮座している。
その後は、ママ様からお昼チューチューをいただく。
ママ様がパパ様と畑仕事に戻った後に、再度チャレンジ。
意識を向ける。
スムーズにスイスイいく。
今回は半時程で到着。
慎重に、今度こそゆっくりと進む。
前々回と前回より少し進んだ。
大きな進歩です。
…………プツン。
お決まりのプツンを味わいました。
*
気絶するのが癖になりそうな末期な赤ん坊でございます。
あれからさらに数ヶ月。
今、わたくしは床に這いつくばって正面5メートル程離れた両親に見守られております。
何をしているか。
ええ。虐待を受けております。
…………嘘です。
立ち上がる時です。
人類にとって小さな1歩でも、赤ん坊にとって、パパ様ママ様にとっては、大きな1歩なのです。
さあ、立ち上がろうか!
唸れ我が右足よ。
その1度も使っていない未使用の足裏を床に、地面に接続するのです。
根を張る木々のように、さあ!
両手を床につけて、動かしずらい赤ん坊の右足を操る。
ラジコン操作している気分だ。
もどかしい。
中々足首が言うことを聞いてくれません。
先っぽが広がった糸のように、真っ直ぐになりませぬ。
「レインちゃんがんばって!」
「レイン!パパママが見てるよ!」
ようやく理解した異世界語です。
応援されています。
上司が言う君には期待しているとは次元が違います。
立ち上がる勇気が力がみなぎる。
滾ってきたー!
さあ!踏み出せ!ガイアのアースにクエイクするのだ!
ビタ!
可愛らし音と共に、我が右足の足裏は大地に根を張った。
達成感でいっぱいです。
「その調子その調子よ!」
「ほら、もう少しだ!がんばれ!」
だが両親は非道にも、片膝付けた小心者にさらなる課題を与えます。
ええ。今度は左足です。
がんばれ!我が左足よ!
1度出来たのなら出来るはずだ!
覚束無いが、右足よりもはやく足裏を地面に接続。
心無しか、左足が右足にドヤ顔した気がする。
「やったわ!あなた、レインちゃんが立ったわ!」
「ああ、そうだね。レインが立ったんだ!」
大喜びする両親にわたくしも嬉しゅうございます。
「レインちゃん!おいで!さあ、ママはここよ!」
「こっちだよレイン!」
…………ふう。
歩けと?
見えないの?
このプルプルした小鹿の足を。
だが期待されたら、頑張っちゃうのは小心者の性。
期待を裏切ると許されざる所業。
いざ参る!
不詳、小心者ベイビーは1歩踏み出します。
レインいっきまーす!
1歩踏み出し、足裏を地面に付ける。
圧倒的達成感。
出来た。
歩けたよ。
だからね。
だから…………もう。
ゴールしてもいいよね。
もう一歩踏み出そうとしたらバランスを崩しました。
分かってた。
でも踏み出したかった。
結果は。
ゴン!
痛い、痛い、痛いでございます。
おでこが痛とうございます。
「レインちゃん!」
「レイン!」
ママ様パパ様が駆け寄ってくる。
2人して必死の形相。
大丈夫です。
おでこを打ち付けただけです。
ご心配お掛けしました。
僕的には痛いけど、達成感が凌駕している。
心地よく眠れそうだ。
「アレックおじさんの所に連れていきましょ!」
「う、うん。そうしよう。おじさんならレインを助けてくれるはずだよ」
なんか大事です。
子の気持ち、親知らずとはまさにこのこと。
子的には大したことない事でも、親にとっては血の気が引いる出来事。
罪悪感ぱないです。
向上心よりも、両親を心配させない方向に今後は心がけましょう。
そうして、パパ様に抱っこしての、初のお外!
罪悪感がなければ素直に喜べたのに。
例えるなら、発注ミスを発見して、密かに修正したら、発注ミスの方の書類を発見されて、てんやわんやされて、修正しておきましたと言えない状況に似ています。
僕も親になったらこんな風に、焦ったりするのかな。
不謹慎だけど、両親が自分の為に必死になってくれているのは、嬉しい。
村を突っ切る。
仕事を終えた村人さん達とすれ違う。
みんな驚いたようにパパ様ママ様に話しかけるけど、両親は短く説明して走り抜く。
他の村人さん達はそれに声援を送る。
気分は聖火ランナー。
程なく走り、1つの建物に辿り着く。
我が家と何ら変わらない木造の家。
僕を抱えるパパ様に代わり、ママ様が扉を叩く。
「アレックおじさん!お願い助けて!レインちゃんが頭を打ったの!!」
ママ様の必死な声音に小心者ベイビー、罪悪感でお腹が痛いです。
家の奥から慌ただしげな足音が聴こえてくる。
暫くして扉が開く。
「どれ。儂にみせい」
出てきたのさ白髪のおじ様。
賢者みたいな見た目してて、渋くてカッコイイ。
パパ様が僕をおじ様に見せる。
おじ様が僕をじっと見つめる。
反射的に、じっと見つめ返す。
両親をKOしたラブリー光線だ。
暫く見つめ合っていると、険しい顔をしたおじ様がふと、表情を和らげる。
「大丈夫じゃ。何ともない」
「ほ、ほんと!?」
「良かった。本当に良かった…………」
安堵する両親。
ベイビーも一安心。
これで、もう助からないとか言われてたら、さすがに焦ってた。
申し訳なくて、日本語の遺書を残すところだった。
「まあ、念の為に回復魔法を使っとくかのお」
え?なんかファンタジーテイストな単語が。
「…………『小回復』」
!?
おでこから痛みが引く。
そんなことはどうでもいい。
そんなことより、おじ様の手のひらから、手のひらサイズの緑色の魔法陣が浮かび上がっているではないですか!
ま、魔法!
ま、ま、ま、まっほーう!!!
いやっほーい!!!
来ました!来ましたね!
魔法ですよ!
立体投影技術ではありません!
宙に魔法陣が浮いているのです!
見知らぬミミズのような模様が何らかの法則でくまれている魔法陣は凄くカッコよくて、綺麗だった。
脳内に、魔法陣の形と詳細を保存する。
連射である。
普段HDDばりの脳みそをここぞとばかりに、SSDにチェンジである。
高速な引き出しの中に大量の魔法陣データを敷き詰める。
魔法陣が消えるまでのほんの数秒の間だが、僕にとっては、数年分の時間であった。
両親は安堵。ベイビーはご満悦。おじ様ニコニコ。
皆ハッピー。
さて、魔法の研究と洒落こもうか!