28 改めて再開
「おはようございます。ユリアさん」
「おはようございます。神子様」
ユリアさんに挨拶する。
場所は神殿で働く者しか通れないホールのような場所で、多くの聖職者の人達が世話なく動く。
ここはステンドグラスが設置されておらず、純度の高いガラスの窓を使われている為、陽の光が暖かくホールを包み込む。
少し前はユリアさんが寝室まで呼びに来てくれたけど、他の人達の嫉妬が凄いから、少しでも姿を見せてあげて欲しいと頼まれて以来、この場所で挨拶することになった。
僕の寝室がある場所は、普通の聖職者の人達は許可がないと立ち入られない特別な場所だから、人通りが少なくて静かだったけど、いっぱい人がいるここに来ると、集中する視線と、跪く人達でビクビクしてしまう。
「いい加減に慣れてください、神子様」
「はい……」
怒られてしまったよ。
「今日は合わせる方が居ますので、食事はその後になります」
「分かりました」
スーのことだろう。
それ以外の人だったら驚く。
「案内します」
ユリアさんの後ろをついて行く。
聖騎士の人達もいつも一緒だよね。
僕の行き来がないと、扉の前でずっと立っているだけだから退屈だろうし、申し訳ないよ。
ごめんよ、インドアな神子で。
でも、これからはアウトドアな神子になれるかもだから、もう少し待ってね。
案内されたのは、沢山ある待合室の1つ。
聖騎士の人達は外で待機だ。
「失礼します」
コンコンとノックしてユリアさんが扉を開ける。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
開かれた扉に入ると、そこには直立して待機するスーの姿。
朝あった時のラフな服装ではなく、たしか戦乙女の人達に近い服装だ。
部分的な装甲が胸と両手、両足に付けられており、比較的軽装な装いだ。
男性は全身鎧なのに対して軽装なのは、女性特有のしなやかさと素早さを損なわないようにだろう。
非常に似合っている。
スカートではなくズボンなのが、少し残念。
「お久しぶりです、神子様」
そう言って、深々と頭を下げる。
久しぶり? 朝ぶりなのに?
「彼女は、見覚えがあると思いますけど、神子様が治療を施した元A級冒険者にて、今は神聖国所属の神聖騎士のスーニャさんです」
「神聖騎士スーニャと申します! スーニャと気軽にお呼びください!」
ユリアさんの説明に、右手を胸に置く神聖国流の敬礼をする。
スーと呼ぶんじゃないのかよ。
それとも、プライベートではスーと呼べということ?
「お久しぶりですスーニャさん」
ちなみに、神聖騎士とは、聖騎士でも戦乙女でもない、神聖国の基本的な戦力だ。
教皇様でも聖女のメアでも、僕でも基本的に高位の聖職者なら命令権がある。
他国にとっての、兵士だね。
神聖国には兵士は居らず、武装するのは神聖騎士からだ。
神聖騎士も誰でもなれる訳じゃなく、厳しい試験を受けて、合格した者だけがなれる。
基本的な素養、知識、礼儀、そして一定の戦闘力が必要になる。
戦闘力は、魔法オンリーでも剣術オンリーでも良くて、ようは戦える手段があるならいいのだ。
これは差別はしないを信条とした神聖国ならではの方式。
神聖騎士になったら、街の巡回や魔物退治など、他国の騎士などがやることもこなす。
練度は桁違いだとおじいちゃんが自慢してた。
経験を積んだ者には、さらに上の位である男性なら聖騎士、女性なら戦乙女になれる試験が受けられる。
聖騎士や戦乙女は、選ばれし者だけがなれるエリート集団で、他国においての将軍や騎士長クラス、A級冒険者に匹敵する実力者揃いだ。
間違っても子守りをする存在じゃない。
「お陰様で私はこのように傷1つ残らず、生きながらえることが出来ました」
そう言って笑顔を向けてくる。
朝のことがなかったら本心から言っているように感じるよ。
「立ち話もそこそこにお座りください」
「私とした事が、つい嬉しくて……失礼しました」
「僕は気にしてませんよ」
そう言って僕から座る。
そうしないと誰も座らないからだ。
一応は教皇様やメアと同じ地位の神子だからね。
こういうのは面倒だと思うけど、逆の立場なら自分より地位の高い人が座らないと、自分が座るなどできないからね。
ユリアさん、スーの順番で座る。
神聖騎士は基本的に、助祭と同じぐらいの位で、上位司祭より昇進して、司教になったユリアさんの方が遥かに偉い。
聖騎士や戦乙女は司祭ぐらいの位だ。
低く感じるかもしれないけど、司教より上は数えるぐらいしかいない。
「では再開の挨拶と済みましたことですし、本題に入りましょう」
「本題ですか?」
なんだろうか。
「以前お話させて頂きました、神子様の専属の騎士のことです」
「あ! その話ですか!」
色々あって、頭からすっかり抜けていた。
「その話をここでするということは、スーニャさんは……」
「はい。私は神子様の専属の騎士に立候補しに参りました」
朝とは別人みたいにしっかりした受け答えで答えるスー。
仕事が出来るユリアさんと、遜色ない凛々しさを感じる。
「彼女が神聖騎士になった理由でもありますし、冒険者時代の評判も非常によろしい。そのことを踏まえて、私は彼女を神子様が設立する騎士団に相応しい人材だと断定出来ます」
以前に、彼女の気持ちを受け止めて欲しいと言った時の話だ。
「話は分かりました。僕も断る理由はないので」
「ありがとうございます!」
「良かったですね。スーニャ」
「はい。ユリア様のお陰でございます。本当に色々面倒を見て頂きありがとうございました」
「これは貴女が努力した結果です。私は少しだけ手助けをしただけですので」
ユリアさんがスーに優しい。
わざわざスーの命を延命して、僕の神子認定試験を使ったぐらいだ。
もしかしたら、昔からの知り合いなのかもしれない。
「お二人は、昔からの知り合いなのですか?」
気になったから聞いてしまう。
そう尋ねると、2人が顔を合わせる。
「そうですね。以前から何かと、彼女のパーティと会う機会が多かったですね」
「ユリア様が神子様の情報の真意を確かめて大陸中を飛び回っていた時に、よく依頼先で会ったんですよ」
「凄い偶然ですね」
「スーニャのパーティは、依頼を受けたら何処にでも向かうことで有名でしたね。二度あることは三度あるという言葉を現実で理解するとは思いませんでした」
「私のパーティのリーダーは、冒険好きでしたので、面白そうなら何処にでも行きましたよ」
2人は昔話に花を咲かせる。
でも、ユリアさんの顔が曇る。
「スーニャ。パーティの事は残念でした」
「もう過ぎたことです。それにクヨクヨし過ぎると、みんなに叱られちゃいますからね」
そう笑うスーは無理しているように見えた。
というより、今もなお苦しんでいるんだ。
昔から知り合いのユリアさんには心配をかけないように取り繕っているんだ。
「ほら、湿っぽい話はやめましょう! それより、神子様の騎士団の話です! どのように人員を集めるのですか?」
スーが気を使って話題を変える。
「それに関しては神子様に一存するつもりです」
「へ?」
聞き間違いました?
「ユリアさん。聞き間違いですか?」
「いえ。神子様に一存すると申したのです」
「いきなり言われても、僕にはどうすればいいかわからないですよ」
神子歴2ヶ月未満の7歳児に、人を見る目があると?
「神聖国に古くから残る1文に、神子の騎士団には、神子自身が選定するべし……と、歴代の神子様方も自身で騎士団を集めていったようなのです。理由に関しては、他者から与えられた仲間より、己で集めた仲間の方が強い絆で結ばれると、2代目の神子様が決めた取り決めのようで」
「2代目の神子様が決めたことなのですね」
「2代目の神子様の時代は、裏切りが日常的に行われていた戦乱の世だったようで」
「裏切られないように、自分で仲間を吟味したわけなのですね」
スーが納得したように言う。
僕も歴代の神子達が乗り越えてきた課題なのであれば、文句は言えない。
「近々、神子様の騎士団に入る入団試験が行われます」
「それって、つまり……」
「はい。それの試験により、神子様のお眼鏡にかなう方がいれば、入団になります。これは、教皇様からのささやかな祝いです」
入団試験がささやかなプレゼントなんだ。
「この試験の参加条件が神聖騎士及び、国に無所属の方、つまりは冒険者を主に対象にしております。これは神子とは全ての種族、人種に平等だと知らしめる為の処置です。また、他国から多くの貴賓が来られます」
「僕を見に来るのですね?」
「お察しの通りです。聖女様はその事も踏まえて他国の訪問に向かっているのです」
「そうだったんですね」
何も知らなかった。
というより、既にあのタイミングでこの入団試験は開かれる予定だったことに驚く。
何せ神子になって三日目には決まっていたのだから。
もしも、僕が神子を辞める選択をしてたら、神聖国は窮地に陥っていたのかもしれないのに。
本当にみんな僕のことを信じていたんだ。
「現在は、アーケル枢機卿が準備に勤しんでいます」
「最近忙しそうにしていたのは、この為だったのですね……なら、ユリアさんも?」
「私は、勝手に入団試験の準備責任者になった枢機卿の仕事を代わりに処理しておりました」
おじいちゃん……孫の為にがんばるぞいと、言っている姿が浮かぶよ。
「なんか、すみません」
「いえ、私もしたいからしたまでです」
「ユリアさん……本当に世話になりっぱなしですね。もしも、僕にお姉ちゃんが居たらユリアさんみたいな人がいいです」
美人で気配りで優しいとか最高の姉だろ。
「……っ! わ、私などが神子様のお、お姉ちゃんなど、恐れ多すぎます! 」
手が震えて、眼鏡の位置を治そうとして、失敗している。
こんなに動揺するユリアさん初めて見た。
僕も驚いていると、スーが気配無く横まで近づいてきた。
「主様、ユリアお姉ちゃんと言ってあげてください」
小声で提案してくる。
「で、でも嫌がらないかなぁ?」
「うふふ。嫌がる訳ないじゃないですか。ほら、言ってあげてください。すごく喜びますよ」
本当かよ。でも、スーが嘘を付くとは思えないし。
よし、やってみよう。
「ユ、ユリアお姉ちゃん……」
な、何これ!? めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!?
「ズキューン! そ、そう言えば、まだ終えてない仕事がありました! 私はここで失礼しますっ!」
「えっ、ちょ、ユリアさん!?」
ユリアさんが飛び出して行ってしまった。
「ね? 大喜びでしたでしょう?」
「あれって、喜んでたのかなぁ……」
「主様って、以外と鈍感なんですね」
「え? なんの話?」
「いえ、何も。さあ、二人きりですよ! 好きにしてもいいのですよ! さあ、飛び込んで来てください!!」
「なんでだよ! 飛び込まないよ! 凶変しすぎ!」
「あーん。主様のいけずぅ〜」
「さっき凛々しいと見直した僕がバカでしたぁ!」
そう言えば、入団試験の日程聞くの忘れた。
後日聞きたいけど、なんか会うの恥ずかしいぞ。
さすがにお姉ちゃんは無いか。
せめて姉さんぐらいにしとけば、こんなことにならなかったかな……。
ユリアさん、怒ってないといいけど。




