25話 氷の魔法と少女
寝室に戻る。
もちろん聖騎士の人達の護衛はあった。
直ぐに本を開きたい所だけど、お風呂に入って居ないし、そろそろ食事の時間でもある為、そちらを済ませた後になる。
お楽しみはやる事を終えた後に。
*
日が沈み、月明かりが差し込む。
必要以上の明かりは消して、ロウソクの明かりだけにして、本を開く。
「氷魔法の魔導書……基本的に他の属性と同じなのかな? 性質が違うだけで」
氷魔法は希少中の希少な属性だと、記されている。
その為に、氷魔法を扱える者は限られ、研究が著しく遅れているとも書かれており、基本的な魔法以外は、作者の苦悩が記されていた。
『どうか、この本を手に取った氷魔法を扱う後輩よ。この魔法の可能性を追求してくれ。私にはもう時間が無い』
その1文が最後のページに書かれていた。
「……ふぅ」
読み終えて、得た物は多かった。
氷魔法を扱う者は、悪魔だと呼ばれていて迫害されていたそうだ。
氷魔法は、その理解の出来なさから多くの者に敬遠され、4属性の魔法使い達には嫉妬から危険な魔法だと情報を流され、何処に行っても冷たい扱いをされたと言う。
氷魔法は可能性に溢れていた。
魔法戦に使えば、相手の動きを封じたり、武器に造形して多彩な戦闘を行えた。
中には氷の人形を生み出して、戦わせる方法もあったそうだ。
それを、4属性の魔法使いにパクられて、逆に氷の魔法使いがパクッたと言われ、石を投げられたりと涙無しでは語れない本だった。
もはや魔導書より、氷の魔法使いの不遇の扱いの歴史をダイジェストでお送りされたものだ。
記されていた日付は100年以上前だから、今は違うのかもしれない。
司書さんも特に氷魔法に対して、思うことはなかったみたいだし。
「とりあえず、『精霊の箱庭』に行こうか。多分、居るんだろうなぁ。氷の精霊が」
目を閉じて、意識を飛ばす。
*
箱庭は様変わりしていた。
氷の要素が加わったからか、特定の箇所で雪が降ったり、氷が張った池などが現れた。
「あ、白うさぎ」
何気に見かけなかった白うさぎが駆け回っていた。
間違えなく、氷の精霊は生まれたね。
どんな子なんだろう。
テラスに向かう。
そこには1人だけ異質な少女が居た。
僕と同じ銀髪はロングヘアであり、頭部には水色の氷のアクセサリーが付いたカチューシャが乗せられていた。
そこまではいい。
「でも、何で制服?」
女子高生のブレザーにしか見えない制服を着ていた。
リボンと中にはセーターも着ている。
明らかに女子高生そのまんまだ。
僕が近づいて行くと、マナ達の雰囲気がおかしい。
「どうしたの、みんな。それに君は氷の精霊だよね」
「そうだよ。君が生み出した氷の精霊だよ。よろしくねー」
僕に笑顔を向けて挨拶してくれる。
でも作り笑顔に感じてしまった。
「あ、うん。それはいいけど何かあったの?」
「ううん、別に。彼女達が馴れ馴れしくするから、シカトしてただけー」
「なーんだ。そうなんだ。シカトしただけかぁー……ん? シカト!?」
「そうだよー。いきなり初対面で、頑張っていこー! なんて言われてもねー。私はやるべき事をやるだけだし、馴れ合いは要らないんだよねー勝手にやれば? って感じ」
見た目の可愛らしさと違って、毒舌だ。
雰囲気も今時の女子高生みたいに感じる。
携帯があったら間違いなく弄っているだろう。
「まあ、君の精霊だし。やることはやるよー。んじゃね」
そう言って、そのまま立ち去ってしまう。
残ったのは戸惑う僕達だけだった。
正確には、マナは1人落ち着いて居たけど。
「あの子冷たいよ!」
「同意ですっ! ご主人様に対しても先輩達に対しても失礼過ぎますっ!……プンプン!」
「そう? 普通じゃないかしら」
1番に怒りそうなマナが涼しげだ。
「とりあえず、貴方は座ったら? ほら、ライア紅茶の準備」
「あ、うん」
「はっ! そうでしたっ! 直ぐに用意しますっ」
座るとライアが紅茶を淹れてくれる。
「ありがとう、ライア」
「いえ! メイドとして同然ですので! ……デレデレ」
普通に嬉しそうだ。
「何でマナちゃんは怒らないの! あの子、ヒナ達と仲良くする気ないんだよ!」
珍しく憤るヒナ。
紅茶を啜るマナ。
「彼女の心境を知れば、怒れないわよ」
「どういうこと?」
心境? 生まれたばかりの彼女に?
「例えばだけど、もう出来上がった仲良し空間にいきなり放り込まれたらどうする?」
「え? いきなりそんなこと言われでも」
「うーん。仲良くする! 」
「自分は、自己アピールをして、その空間に入れてもらえる努力をしますっ!」
「そうね。ヒナはその元気さと無邪気さがあればどこでもとけ込めるわね。ライアも、自分の存在価値を示す事で、相手に必要と思われる努力をするから好感度は高いでしょう」
そう言って悲しげに俯く。
「あの子は、私やご主人様に似ているのよ。そうやって直ぐに馴染めるようになる方法を知らないの……心当たりあるでしょう?」
僕に向けられた言葉だと理解する。
「うん。そう、だね。人と仲良くするのは難しい。ましてやみんなは和気藹々としている中に、踏み込むのは勇気が必要だ。僕にはその勇気が無かった」
伊達に前世友達ゼロな訳じゃない。
人との関係や距離とは難しいものだ。
それ以外踏み込んでいいのか? 自分には取り柄はないし、共通点がないし、仲良く出来そうにないと勝手に決めつけたり。
1人で居た方が気が楽だから。
1人で生きることを選んだら最後。
もう、他人に期待しなくなる。
「マナは、彼女の気持ちが分かるんだね」
言って意地悪な質問だと気付いた。
だけどマナは優しい笑みを浮かべる。
「そうね。何せ私は貴方が生み出した最初の精霊だから。根っこは貴方に近いわよ。この世界で1人で過ごすことに不満は無かったわ」
最初は僕とマナだけだったからね。
「でもね。ヒナやライアが来てくれた、案外賑やかなのも悪くないって」
「マナちゃん……」
「マナ様……」
マナは僕の目をじっと見つめる。
「あの子は生まれたばかりだから、知らないのよ……人の暖かみを。教えてあげて? 私のご主人様」
「うん!」
僕は彼女を追いかけて駆ける。
今追わなかったら、きっと心を閉ざしてしまう。
頑なに拒絶してしまう。
本当は仲良くなりたいのに、意地を張って、自分を苦しめてしまう。
後悔は一生残る。
彼女にはそんな思いをして欲しくない。
生まれたからには幸せになって欲しい。
いや、してみせる!
駆けると、さっきのような綺麗な歩き方ではなく、覚束無い歩き方だ。
どう見ても、やっちゃったーと思っているだろう!
「待ってよ!」
「え? あれ、君どうしたの? 何か忘れ物?」
「こんな所に忘れ物あるわけないだろう」
「それもそうかー。で、何用?」
やっぱり突き放すような態度だ。
「そんなもん決まっているよ。君を連れ戻しに」
「は? 意味わかんない。私、言ったよね? 馴れ合うつもりはないって」
「嫌だ」
「なんでよ!」
「僕が君と仲良くなりたい。あの子達が君と仲良くなりたいから」
「だーかーらー。私はそのつもりはないの!」
やっぱり手強い。
でもね、君は僕に似ている。
だから、分かるんだ。どうすればいいのか。
「問答無用! 連行しまーす!」
彼女の手を握り、引っ張る。
「ちょ! 触んないで! セクハラ!」
何か言っているけど、その気になれば振り払える程度だ。
それをしない時点でお察しだよ!
「僕ね。友達が居なかった」
「え?」
「1人で生きてきた。何もなかったよ。後悔ばかりだった」
「……なに、いきなり語りだしているのよ……気持ち悪いよ?」
「あはは。そうかも。でもね、苦しかったよ? 本当は友達欲しかった。何かを語り合える友達。何も無い日に集まって、適当にぶらつく友達。夜に家に来て、勝手に漫画を読み出す友達。対戦ゲームでハメ技決めて、ゲラゲラ笑う友達」
「…………」
「だけど、どんなに願ったって、僕自身が変わらないと手に入らなかったんだ。だって、そうだろう? 根暗で何考えているのも分からないやつに話しかけて友達になろうとするやつ何で居ないさ。居ても、きっと僕の所には来ない」
「私にも変われって?」
「違うよ。君はそのままでいいんだ」
「何それ……」
「だって、僕達が勝手に君を引き入れるんだから」
手を引く彼女に笑いかける。
人に笑いかけることなんか、一生ないと思っていた。
「ぷっ……あははっ! ほんっとうに、何それー」
「笑ってくれたね! よぉし、もっと笑わせるぞー!」
「そんな簡単に笑わないし!」
「なら勝負する?」
「いいよ! 負けたら言うこと聞いてあげるよ」
「言ったね! 澪!」
「……澪? それが私の名前?」
「氷は零のイメージがあるだろう? レイとも呼べる澪ならいいかなって」
「うわー。安直ー」
「気に入らなかった?」
「さーてねっ! ほら、笑わせてみてよ。" "君!」
「前世の名前やめーい!」
「あはは」
「笑ったね?」
「あ……今のはノーカン!」
「いーや! 笑ったからカウントですー」
「鬼! 悪魔! 人でなしー!」
「ふはは! 勝てればいいのだよ、勝てれば!」
本当はね、レインをもじっていたりするんだよ。
レイとレイン。似てるだろう?
似た者同士の僕達にはお似合いだと思うんだ。
*
「みんなー。連れてきたよー」
「うぅ……ノーカンだって言ったのに」
「おかえりなさい」
「おかえりー」
「紅茶を用意しますねっ!」
みんなさっきの事は何も無かったように接してくる。
分かってやがる。
対人が苦手な人はやらかした後の雰囲気が嫌で逃げるから、何も無かったように装えば、罪悪感は残るけど、逃げることは選ばなくなる。
「その……さっきはごめん。私、言い過ぎた」
何も無かったことにした意味!
マナさん? 僕と似てないよ?
僕なら空気を読んで、すっとぼけるもん。
「本当はね、羨ましかった。みんな楽しそうに話すけど、私には何も無かったから」
「澪……」
「今更だけど、みんなと仲良くなりたい! だから、ごめんなさい!」
頭を深々と下げる。
ええ子や。
「澪と言うのね」
「あ、うん。さっき、付けてもらった」
「いい名前じゃない。ほら、顔をあげてちょうだい」
「うん! 澪ちゃん、これからはお友達だよ! よろしくね!」
「自分もよろしくお願いしますっ! 何かお困りならこのメイドに仰せくださいっ!……わくわく」
みんなの言葉に照れくさそうにする澪。
「そ、そのありがとう! 私、頑張るね!」
「おおー!」
「一緒に頑張りましょう!」
「ええ、よろしくね」
みんな仲良くなれて良かった。
少し離れた所で、娘の成長を見守る親の気分だ。
少し疎外感を感じてたら、澪が近づいてきた。
「ほら、なに突っ立ってんの? 行こっ! レイン君!」
今日1番の笑顔を向けられたら断れないわな。




